09.がんばります
思ったよりも良い情報が手に入ったとホクホク顔で魔法具店から出たセルディは、後ろから付いて出てきたレオネルを振り返って満面の笑みを見せた。
「とっても勉強になりました。素敵な場所を教えてくれて、ありがとうございます!」
素直に礼を言うセルディの顔に、先ほどまで見せていた淑女の仮面は見当たらない。
「……あの口調はなんなんだ?」
「お母さんの真似です!」
「なに?」
意味がわからないと言いたげだったレオネルは、少し考えた後に理解したのか納得したように頷いた。
「そういえばフォード子爵の奥方は商人の出だったか」
「そうです!」
セルディは大きく頷いた。
セルディの母シンシアは、身内が言うのもなんだが美人である。
しかし平民で顔がいいというのは良い事ばかりではない。噂になるほどの美人はすぐに性質の悪い貴族に目を付けられてしまう。
母も、そんな貴族に目を付けられてしまった不運な一人だった。
ある日突然、評判の良くない貴族から愛人になれと脅されたのだ。
貴族に対抗できるような大きな商人の娘であったなら逃げ出せたかもしれないが、実家は平民よりは多い収入があるものの、貴族に逆らえるような権力も財力もない。
そんな母を助けたのが、当時もやはりお金に困っていたフォード家の元当主、つまりセルディの祖父だった。
彼は、跡継ぎであるゴドルードの妻にする代わりに、扱っている商品をちょっと安く売ってくれないか、と交渉したのだ。
シンシア自身も、愛人などという立場になるよりはマシだろう。と、その結婚を了承した。
そして婚姻を結ぶに当たって顔合わせをした際、想像していたよりも何倍も顔が良く、更に不器用ながらも優しく接してくれた父に、母は惚れた。
そんな母は没落間近の貧乏貴族になってしまった今も、献身的に父を支えている。
「うちには母の縁で商人が結構くるんですけど、対応はあんな感じなんです」
「……商人の娘だったよな?」
そうなのだが、母は恋のために頑張るお人だった。
惚れた人の妻になれるという事で、貴族のマナーや勉強をものすごく頑張ったのだそう。
隣領の領主夫人とも仲良くなって、良い商品を紹介してあげたりできるようにまでなってしまった。
「その噂を聞きつけて、貴族に商品を売りたい商人がくるんですけど」
まぁ、全員が全員まともな訳がない。
むしろ粗悪品を持ってくる輩もいるくらいだ。
だが母は、自身が元商人の娘なんていう素振りは少しも見せず、商人達を持ち上げ、情報を聞き出し、自領の肥やしにもしつつ、本物だけを買うという手腕を見せつけている。
貴族としては間違っているかもしれないが、そんな強かな母をセルディは尊敬していた。
ちなみに、王都に仕事に来ている母方の伯父は、母が積み上げた人脈をあっという間にモノにして、近々王都に支店を構える予定だったりするのだから兄妹揃って商売の才能に溢れている。
「そうか……。母親の真似とはいえ、セルディ嬢はすごいな」
「えへへ、ありがとうございます!」
なんだか呆れられているような気もするが、褒め言葉は素直に受け取ろう。
セルディは笑顔でお礼を返した。
「他に見たい場所はあるか?」
「そうですねぇ……。領地に持って帰れる、そこそこなお値段の物って何かありますか?」
「土産か。それなら……」
それからもレオネルには色々な店を案内してもらった。
王城で食べさせてもらったようなクッキーを作っている菓子店。
フェルナン老よりもグレードは落ちるが、そこそこの品を扱っている魔道具店。
剣や盾などの武具が売っている店も見せてもらった。
そうしてあちこちを歩き回り、セルディの足が疲れてきた頃。レオネルはホテルへとセルディを送ってくれた。
「今日はありがとうございました!」
「もう一人で勝手に出歩くなよ」
「はい……」
セルディは神妙に頷いたが、今後の事も考えてたぶんという言葉は飲み込んでおく。
そんなセルディの様子にレオネルは苦笑した。
「顔に書いてあるぞ」
「いでっ」
太い指で額を小突かれ、セルディは突かれた場所を手で擦りながら誤魔化すように笑った。
「え、えへへへへ」
「ったく。王都なら、俺の手が空いてる時は一緒に行ってやる」
「え?」
「だから、一人では絶対に出歩くな」
頭に手を乗せられ、優しく撫でられる。
セルディは嬉しくて、嬉しすぎて、なんだか泣きそうになった。
今日一日買い物に付き合ってもらって、楽しかった。楽しすぎた。
(アイドルには、お触り厳禁、なのに……)
そのアイドルが、また一緒に出掛けてくれると言う。
本当はわかっていた。レオネルが、アイドルと呼ばれる役者や、本やテレビと呼ばれる絵の中の人のような、遠い存在には出来ない相手だという事は。
でも、だからと言ってこの関係がどうにかなる訳でもない。
(だって、相手は公爵家の次男で、王族で……)
貧乏な子爵家には手の届くはずのない相手なのだ。
今構ってもらえているのも偏にセルディが子供だからだ。
わかっている。わかっているが……。
なんだかとても、切ない気持ちになった。
「わかったな?」
「は、はい……っ」
「よし」
犬猫のように頭を撫でられ、セルディは俯く。
そして、決意を新たにした。
この手のぬくもりを、笑顔を、あの絵のようには絶対にしない、と。
――ハッピーエンドの隣に、自分の姿がなかったとしても。
「レオネル様、私、がんばりますからね!」
「ん? ああ、領地の件か? 小さいとはいえ、あそこは辺境地で戦があった場合の補給地点の一つだからな。復興すれば陛下も喜ぶだろうよ」
「え、そうなんですか」
それは知らなかった。どうりで敵国があんな何もない場所を狙った訳だ。
「……それなら、上手く行ったらご褒美とかもらえたりします?」
「褒章は出るだろうな」
そんな重要な拠点がきちんと使えるようになったなら、もしかしたら……。
セルディはゴクリと唾を嚥下した。
「レオネル様からは……?」
「俺から?」
そんな事を言われるとは思いもしなかったレオネルは呆けたような表情でセルディを見つめた。
緊張のあまり声が出なかったセルディはその顔を見ながら何度も頷く。
レオネルは特に何も考えずに笑って返した。
「ははは、そうだな。もし領地が復興したら、俺からも褒美をやってもいいぞ」
「本当ですか!?」
「おい、そんなに食いつくなんて、一体何が欲しいんだ?」
「……うふふ、秘密です。私、がんばりますからね! 約束ですよ!」
「お、おう」
早まったか? なんて事をレオネルは苦笑しながら言っているが、セルディは気にしない。
セルディが欲しいのは物ではないからだ。
もしも――。
(もしも、領地を復興させることが出来たら、私とお見合いくらい、してくれますか?)
セルディは、今まで自ら触る事のなかったレオネルの手をぎゅっと握り、微笑を浮かべた。
「私、その言葉をずっと忘れませんからね!」
レオネルと別れ、浮かれながらホテルの部屋に帰ったセルディはその後、帰ってきた父親に土産を見つけられ、二時間ばかり正座をさせられたのだった。