03.ヤニクと話します
朝食を食べた後、セルディは一度部屋に戻ってレオネルに出す手紙をしたためた。
掌ほどの小さな紙に、先ほど思いついた砂糖大根に加え、ビーツと呼ばれる野菜の特徴を書く。
どちらかに似たものがあればフォード領だけではなく、寒くて野菜が育てにくい地域の特産にできるかもしれない。
「あとは封蝋をしてっと……」
くるくると紙を巻いた後に紐と取り付け、その上に蝶が描かれた封蝋印でしっかりと封をする。
「いつ見てもこのスタンプは可愛いなぁ」
これはレオネルから贈られたセルディ専用の封蝋印だ。
小さいサイズと大きいサイズの二種類があり、大きいサイズには薔薇と蝶が描かれている。
それは初めてレオネルに贈られた髪飾りとよく似た意匠となっており、セルディはしばらくの間その封蝋印を眺めて過ごすくらい喜んだ。
小指サイズの封蝋印を改めてうっとりと眺めた後、セルディは少し名残惜し気にへこみのある箱の中へ丁寧にしまう。
「……よし」
セルディは気合を入れて立ち上がった。
「チエリー、ちょっと手紙を出してくるから」
「わかりました。何かあればお呼び致します」
チエリーのお辞儀に見送られ、セルディは小さくなった庭へと向かった。
***
「ヤニク……、いる?」
庭に出たセルディは、井戸の傍で誰もいない空間に向かって小さく問いかけた。
この瞬間は謎にいつも緊張する。
セルディは今日こそ、とばかりに気合を入れてあたりをキョロキョロと見渡す。
「どうしたっすか~?」
そんなセルディの努力を知ってか知らずか、ヤニクが音もなく背後から現れた。
「ひゃあ!!」
「ぶっ……! ひゃあって……」
ヤニクは吹き出し、口元を手で覆いながら肩を震わせて笑っている。
セルディはそんなヤニクを見て頬を膨らませた。
気配なんて何もなかった場所から話しかけられるのだから普通は驚くだろう。
「もう! 突然声をかけるのはやめてって言ってるでしょ!」
「いやー、もう癖になってるみたいっす~」
「ぜったい、嘘!!」
一般人に紛れる事もあるという闇ギルドの人間がそんな失敗をするはずがない。
ヤニクが影の護衛に付いてから似たような事を繰り返していたのだから、わかる。ヤニクはセルディを驚かすのが楽しくてやっているのだ。
(くそぉ……、今日こそはと思ったのに!)
セルディは歯噛みする。
驚かされないために、セルディはなんとかヤニクがいるであろう場所に注意を払うのだが、今日もまたダメだった。
どこに忍んでいたのかさえ見当がつかない。
最初の頃は井戸に建設された雨除けの屋根の上かと思っていたが、そんなところからヤニクが現れた事は一度もない。
可能性としては二階の屋根だが、そんな場所から音もなく降りることなんて出来るのだろうか。
「ぐぬぬ……」
「あはは、それで、今日もレオネル様にお手紙っすか?」
「うん、そう」
セルディが頷き、手に持っていた小さな手紙を見せる。
ヤニクはこの手紙を鳥を使って王都にいるレオネルまで届けてくれるのだ。
普段の手紙のやりとりはキャンベル商会経由で届けられるが、緊急性が高いものの場合には伝書鳥が使用される。
本来は落としてもバレないように暗号を使うらしいが、セルディにそんなもの書けるわけがない。
セルディは伝書鳥を前世で言うメール感覚で使用していた。
アイディアを載せる事は絶対にダメだと言われていたが、野菜の有無くらいならいいだろう。
セルディはいつも通りに手紙を差し出し、ヤニクもいつも通りに手紙を受け取るために手を出してきた。
だがその手が、今日はなぜだか怖くて――。
「……あっ!!」
「おっと」
後ずさった勢いで倒れそうになったセルディの腕を、ヤニクが掴んだ。
「どうか、したっすか?」
じっと観察するような視線。
その視線すら今はセルディの恐怖を煽る。
セルディは夢と混同しそうになるのを堪え、頬を無理やり吊り上げた。
「いや、な、なんでもない! ちょっとびっくりしちゃって!」
「ははは、そんな怖がらなくても大丈夫っすよぉ」
バレてる。
ヤニクはあっさりセルディの腕から手を離してくれたが、セルディは気まずさに目を逸らした。
どうも夢で見たヤニクと思われる男の姿がチラついてしまう。
「……ヤニクには休日とかないの?」
それはちょっとした思いつきだった。
ヤニクはいつ呼んでも現れるが、休みの日くらいはあるだろう。
今後手紙を託す日はその日にすればいいのでは、と。
「今のところ交代する気はないっすね~」
交代しろなんて言ってないのに、セルディはどきっとする。
「そ、そんな事言ってないでしょ!」
慌てて言い返すが、どもってしまった。
これは怪しまれても仕方がない。
セルディは一度咳払いをして、気持ちを切り替える。
「……つまり休日はないってこと?」
「そうとも言えるかも?」
「ブラックじゃん!」
「黒?」
思わず出した前世の言葉に首を傾げるヤニク。
セルディはヤニクの疑問を無視して話を続けた。
「えっと、それは働きすぎだと思うの」
「でもまぁ今の仕事は趣味みたいなもんなんで~」
「え? 趣味?」
セルディは混乱した。
護衛が趣味だなんて、また嘘を吐いているのではないか。
他に何か思惑があるのかもしれない、なんて。夢の影響か、そんな疑いまでかけてしまう。
「それはどういう……」
意味なのか。
そう問おうとした声は庭に近づく足音によって途中で途切れた。
「お嬢様」
チエリーがやってきたのだ。
ヤニクに手紙を渡す際には近づいてこないのに、珍しい。
セルディはよほどの緊急なのかと思い、チエリーへと近づく。
「チエリー、どうしたの?」
「先代様方がお帰りになられたようです」
「え! お祖父ちゃん達が!?」
「お祖父様、でございますよ」
「そうそう、お祖父様……」
つい癖で出てしまった庶民の呼び方をもごもごと口を動かして訂正する。
「先触れはなかったわよね?」
「はい」
「もー、いつも突然帰ってくるんだから」
セルディが生まれてから、祖父達が貴族らしい行動をとったところなんて見たことがない。
毎度の事ながら呆れてしまうセルディは、ふと手紙の存在を思い出した。
持っていたはずの手紙がない……。
「チエリー、先に行ってて。すぐに追いつくから」
「……わかりました」
しょうがないですね、と言わんばかりの声色でそう返したチエリーはスタスタと屋敷へと戻っていく。
チエリーの姿を見届けた後に振り返ると、すでにヤニクはいなくなっていた。
「ヤニク?」
手紙は届けてくれる。
その心配はしていない。
ただ、セルディの胸にはなんとも言えない罪悪感が広がっていた。
夢に影響されてヤニクを疑うなんて……。
「ごめんなさい……」
セルディは空を見上げて小さく呟いてから、庭を後にした。




