02.朝食を食べます
「お嬢様、今後は一言お声がけしてから動かれて下さい」
「ハイ……」
朝の支度を手伝ってもらいながらチエリーを見ると、セルディが駆け出したのに合わせて慌てて付いてきてくれたのだろう、少し髪が乱れている。
申し訳なく思いながら返事をすると、小さく溜め息を吐きながら背中のホックを止めてくれた。
セルディが前世を思い出しながらアイディアを出し、伯父が作ったこのホックは今や服飾店で大人気商品となっており、紐を使わない新しいドレスを作るためにデザイナー達は精を出しているとマグガレの手紙に書いてあった。
伯父にはスナップボタンの話もしておいたので、そちらの方もそのうち作られるだろう。
聞くところによるとファスナーの制作には苦戦しているようだが、是非頑張って欲しい。
(まぁ一人で着られるようになっても貴族は一人で着替えとかしない方がいいんだけど……)
セルディとしては全部一人で出来るようになって一人の時間をもっと増やしたいところなのだが、権力を持つ人間になったのだから諦めろ、とレオネルからの手紙でも言われてしまった。
貧乏を経験したセルディとしては雇用人が減るのは経費の削減になるのでは、と考えてしまうのだが、貴族が金を使わずにどうやって経済を回すんだと言われると、それはそうだな、とも思う。
貴族女性が一人でいる、というのは外聞も悪い。
侍女も雇えないほど困窮しているのかと疑われるのは、キャンベル商会の後ろ盾をしている身としてもよくない。
伯爵令嬢になったからには侍女がチエリーだけ、という訳にもいかなくなるだろう。
(今のチエリーも休みがほぼないブラック勤務状態だし、諦めて私が慣れるしかないよねぇ)
前世の楽だった一人の時間を思い出し、つい死んだ目になりながらセルディは朝の支度を終えた。
***
「この日の食事が出来る事に感謝を……」
「感謝を……」
食前の挨拶をした後、給仕された朝食に手をつけ始める。
以前よりも広くなった食堂で家族三人での食事だが、給仕をしてくれるのは最近雇ったばかりの若い従僕だ。
伯爵となったフォード家には雇用人が増えた。
今のフォード家に必要なのは即戦力になる使用人だろうという判断の元、セルディの婚約者レオネルの実家でもあるダムド家から斡旋して貰った人達。
父の執務を手伝う執事、母の補佐をする侍女長に、下働きの下女が二人、執事の補佐として従僕が一人、料理人一人と、護衛としてジュードの下に更に二人。
人数が増える事を想定して屋敷は改築がされており、フォード家に帰ってきた時は以前の屋敷の原型は消え失せ、二階建てになっていた上に庭は井戸の周辺を残してほぼなくなっていた。驚きである。
最初は慣れなかった屋敷と人だが、最近ではセルディも少しずつ慣れてきた。
「うん、今日もシエロのご飯は美味しい」
とろとろのオムレツを飲み込んだセルディがそう言うと、サラダを食べていた父も満足気に頷いた。
「私はこのチキンのサラダが気に入ったな、白いソースの酸味がいい」
「そうねぇ、私は何より食事を作る時間が減ってとても助かっているわ」
「シエロが我が家に来てくれてよかった!」
セルディが新しく入った使用人の中で一番仲良くなったのは、料理人のシエロだ。
シエロは実は罰金刑を課せられた犯罪奴隷。
セルディも巻き込まれたダムド領での事件で、小火騒ぎを起こしたのがこのシエロだったらしい。
そんなシエロを雇う事になったのにはもちろん理由がある。
最初はレオネルからの提案だった。
元々雇っていたとはいえ、犯罪奴隷になってしまった使用人だ。かなり言いにくそうに、もしよければ、と話をされた。
さすがのセルディも犯罪奴隷とは関わったこともなかったので、ものすごく迷った。
両親も迷っていたが、時間をかけて話し合った結果、雇うことにした。
シエロに責任がないとは言えないが、彼が犯罪を犯した根本的原因はギャンブル依存症だ。
フォード領にはカジノなどないし、領民も日々の生活が忙しすぎてギャンブルなどの娯楽に手を出した事はない。
大人でもやる遊戯と言えばもっぱら競争系などの身体を使うものが主だ。
最近は行われていないが、王弟の反乱前には冬が近づくと、一番多く薪を割った者には大きなチーズの塊が贈呈される薪割り大会のようなものが行われていた。
割られた大量の薪は領民に均等に分配され、冬を越すために使われる。
領民は大会の応援に駆け付けるついでに各々食事を持ち込み、バイキング形式で振る舞われ、セルディも美味しいものをたくさん食べた。セルディは薪割り大会が大好きだった。
今年はまだ難しいかもしれないが、来年は領民のためにもまたやりたいと父も言っている。
そんな大会が娯楽になるような領地だから、シエロの再出発にはいいのではないかと両親も考えたようだ。
もちろん契約書などはしっかり書かせたし、レオネルがシエロの身元保証人もしていて、新しく入った護衛の一人はシエロの動向の監視も担っており、その護衛の給金はレオネル持ち。
ここまでされた上、試しに作らせたレオネルが大好きだというコンソメのスープはとても美味しかった。
セルディはシエロの腕を使って前世の料理を作らせる事にした。
最初は断られたものの、一緒に料理を始めてみればシエロはさすが公爵家に雇われていただけあって腕が良い。
コンソメスープの味を堪能した後、お礼に前世譲りのちょっとしたレシピを教えてあげると、驚くほどの速さでそれを習得していった。
フォード領に移動した最初の頃はギャンブルが出来ない精神的ストレスから不眠になってしまい、監視の護衛が薪を割らせたり、訓練に付き合わせたりして体力を削って無理やり寝かせていたようだが、セルディがレシピを少しずつ教えるようになればそれが作業療法となったのか、シエロの顔色も最近では大分よくなっている。
ハンバーグは元々あったので、ひき肉を作るミートチョッパーを購入した日に中にチーズを入れる事を勧めたら美味しさに悶絶していたのは記憶に新しい。
そして今回のサラダの白いソース。
(はぁ……、やっぱりマヨネーズは最強……)
うっとりしながらサラダを食べる。
先日ようやく完成したマヨネーズは今日が初お披露目だが、父の様子を見るに問題なく受け入れられそうだ。
セルディはあとでシエロに父の感想を教えてあげようと思いながらサラダを完食した。
(出来たらケチャップも作りたいのよねぇ……)
冷蔵庫があるのに、この世界はどうも食の発展が遅い。
各国で未だ戦争が起きるからなのか、他国にならありそうなのに、この国には入ってきていない食べ物も多い。
ケチャップを作るために必要な砂糖は南部からの輸入品だが、その南部も別の国から輸入しているので更に高い。もっと安くするためには自国で作るしかないだろう。
(砂糖大根なら寒さに強いし、この国でも栽培できそうなんだけどなぁ……)
セルディはオムレツを食べながらどこかに砂糖大根のような野菜が存在しないかと考える。
しかし、アデルトハイム王国の食べ物の名産すら知らないセルディでは何も思い浮かばなかった。
(こういう時はレオネル様に相談ね!)
オムレツの最後の一口を呑み込んだセルディは、婚約者に手紙を書く口実が出来た嬉しさもあり、にんまりとした笑みを浮かべた。




