57.提案します
「洞窟に……?」
「はい。洞窟に毒が発生している可能性について話は聞いておられますでしょうか」
「ああ、報告は受けている。火山や鉱山で発生する毒のようなものなのだろう?」
「その通りです。その毒を吸い込み、人が死んでしまう事も多いと聞きました」
「……まさか」
セルディは一度頷くと、説明を始めた。
「動物の方が人よりも体が小さく、更に本能的な危機を感じ取る能力に長けていると聞きます。もし継続的に鳴き続けていた動物が鳴かなくなった場合、その動物が鳴ける状況にない場所に居ることがわかるはずです」
「なるほど。確かにその方法ならば人的被害を抑えられるかもしれないな……」
グレニアンは納得するように小さく頷く。
「そういう動物が居るか、専門家に探させてみよう」
「ありがとうございます! それで、出来ればそういう動物が見つかるまでは洞窟の調査は少し待って頂けると……」
「……そうだな。誰かを犠牲にする可能性を減らせるのであればそれに越したことはない」
セルディはホッと息を吐いた。
もしかしたら、の事を考えれば急いで動く方が良いのかもしれない。
けれど、人が死ぬかもしれない場所になんの対策もしないまま行って欲しくはなかった。
「陛下、洞窟内の調査はひとまず待つとして、私からも一つ提案が」
「子爵からか、何か妙案でも浮かんだか?」
「妙案と言いますか、洞窟内の調査の前に外側からの確認をしてみてはどうかと思いまして」
「外側とは、海側から、という事か?」
「はい。こちらでも少し確認をしてみたのですが、もしも北の密偵があの洞窟を使っているとするならば、出入りする場所は海側からの可能性が高いと思われます」
セルディはゴドルードが主導し始めた話をじっと聞いていた。
実はこの案を出したのもセルディだったのだが、セルディの活躍が多すぎるのはよくないという事で、ゴドルードが話をする手筈になっていた。
動物の話は最後の最後まで迷った結果、提案したものだ。人が死なないような他の案を検討しているようだったら必要のない話だと思っていたから。
人も動物も、死ぬ命がなければいい、セルディはそう思わずにはいられなかった。
「海側から調査するには船が必要だな。しかし船は……」
「シル伯爵領の港からお借り出来ないでしょうか」
「シル伯爵か……」
グレニアンは唸った。
なんだろう、あまり仲が良くないのだろうか。
セルディ達フォード家は社交界を離れて久しい。
現在の貴族の関係図がどのようなものになっているのかはサッパリわからなかった。
ダムド家のタウンハウスに居た使用人達にも話を聞いてはみたものの、さすがに遠く離れた南の領地の事まではわからなかった。
「だがあそこは漁港で、そんな調査が出来る船など……」
「場所だけ借りましょう」
よほどシル伯爵に借りを作りたくないのか、グレニアンが決断を渋っていると、突然扉の方から声が聞こえてきた。
「アレンダーク⁉」
「別に船を借りる必要はありません、海側から北を調査するためだと言って船を停泊する場所だけ借りましょう」
「お前、いつからそこで聞いていたんだ……」
セルディは目をぱちくりと瞬いた。
アレンダーク、初めて聞く名前だ。モブの一人だろうか。
原作で聞いたことのない名前の割にはグレニアンが気安く話しかけている。まるでレオネル相手に話している時のようだ。
ヘーゼル色の瞳に真っ直ぐな髪を持ったいかにも文官という体つきの男だが、雰囲気がなんだか腹黒そうで、物語の登場人物の一人として出ていてもおかしくはなさそうな見た目をしている。
「……これは、宰相閣下」
ゴドルードが再び立ち上がって頭を下げた。
(え⁉ 宰相閣下⁉)
セルディも慌てて頭を下げる。
セルディは混乱した。
絵でみた時の宰相は、こんな若い人物ではなかった。
もっと年を取った中年よりも老人寄りの人物で、何かとグレニアンに小言を言うような役回りの人だったのだ。
「私との謁見は非公式のようなものです。お気になさらず」
そう笑顔で返したアレンダークは次にセルディへと視線を向けた。
顔は笑っているけれど、瞳は笑っていない。貴族特有の表情だ。
最近よく見ているというのに、セルディはこの仮面のような顔には未だ慣れない。
「あなたがセルディ嬢ですか。初めまして」
「初めまして、セルディ・フォードと申します」
「私はアレンダーク・ギレンです。セルディ嬢、あなたには一度会ってみたかったのですよ」
「え?」
宰相閣下が、自分に?
セルディは更に混乱した。
「おい、その話は今でなくても良いだろう」
「おっと、失礼致しました」
頭を軽くグレニアンに下げたアレンダークはそのまま話を続ける。
「船はもしも敵と海上で出会った時の事を考えて軍艦が良いでしょう。フォード領の周りの海は岩が多く座礁する恐れもあるので、まずは遠くから目視をした後、小船での調査をするのが一番かと思われます」
「そうするか……。しかし私たちが突然軍艦など動かしたらまた戦争が起きると邪推するのではないか?」
「そこは真実を織り交ぜましょう」
「真実……?」
「ええ。国の新しい財源になるものを見つけるため、と」
「はぁ……、あの伯爵の事だ。場所を貸す代わりに一枚噛ませろと言ってくると思うぞ」
「良いと思いますよ。もし本当に海側に穴があり、フォード子爵が話したようにその海域に火の魔石があるのだとすれば潜って探す必要があるでしょう。どのみち船は必要です」
さすが宰相に選ばれた男である。
セルディは感心した。
「場所代くらいは継続的に支払う必要はあるか……」
「はい。その分シルラーン国からの輸入を減らしましょう。最近図に乗りすぎです」
笑顔で恐ろしい事を言い切ったアレンダークに、セルディは震えた。
まだ出るかどうかもわからないのに、出ると決めつけているというのも荷が重い。
(あまり期待しないで!! こっちは貧乏な子爵家ですよ!!)
口に出す勇気はもちろんなかった。




