56.再度登城します
「待たせた」
王都へとやってきてから三日後、セルディは父と共に登城した。
以前来た時とは明らかにグレードの違う豪華な客室で、出された甘い香りのする高級そうな紅茶と、片手で摘める小さくて可愛い砂糖菓子を口にしながら待つこと数十分。
侍従を先頭にレオネルを伴って入ってきたグレニアンに、セルディは父と共に立ち上がると、ゆっくりと頭を下げた。
「お久しぶりでございます、国王陛下」
「お久しぶりでございます」
「公式な会談ではないから堅苦しい挨拶は必要ない。ゆっくりしてくれ」
グレニアンが正面の椅子に座った事を確認してから、父と共に椅子に腰を掛け直す。
初めて会った時からもう半年。
まさかこんな短期間で再びグレニアンに会えるなんて、とセルディは内心感動していた。
領地を立て直すなんて豪語はしたが、所詮は取らぬ狸の皮算用。実際当初予定していた火の魔石は未だに取れておらず、ポンプの事を思い出さなければ今でも金策に悩んでいたかもしれない。
それが、たった半年でグレニアンと再び謁見させて頂けるほどになるとは……。
セルディは自分の努力が少しでも実っている事を実感し、胸が熱くなった。
何より。
セルディは正面に腰を下ろした陛下の斜め後ろで、主君を守るように立つレオネルへとチラリと目線を向けた。
屋敷で会う時とは違い、顔を引き締め立っているレオネルは、まさに近衛騎士という風情があって、とても格好いい。
現実味のなかったあの時はまじまじと見る余裕なんてなかったが、恋心を自覚した今はレオネルの色々な表情を見たいと思ってしまう。
レオネルの仕事をしている姿の格好良さに、セルディはうっとりと見惚れていた。
「なんだ、今日はしおらしいな」
そんなセルディの様子を見たグレニアンがニヤリと笑う。
からかうような口調に前回自分がした猪突猛進ぶりを思い出したセルディは、レオネルへ向けていた視線を慌てて戻し、顔を青くしながら頭を下げた。
「あ、あの時は申し訳ありませんでした……っ」
突然記憶を思い出して焦っていたとはいえ、父親と国王陛下の話に横入りするなんてマナー違反だったと今では思う。
父も陛下も優しいから特に咎めはなかったが、もしマナーに厳しい人だったら注意されて二度と陛下と会話なんてさせて貰えなかっただろう。
「はっはっは、気にするな。セルディ嬢のお陰でこちらも色々と助かった。あの時、子供の戯言だと跳ね除けなかった自分を褒めてやりたいくらいだ。……ダムド領の件に関してもな」
グレニアンが目を伏せ、少し苦い笑みを浮かべる。
その笑みから、ダムド領で起こった事件の顛末は、サーニア夫人だけではなく、彼にも衝撃を与えた事が窺えた。
あの後、セルディはカラドネル公爵についての色々な話を聞き、情報を収集した。
収集したとはいっても一般的な事くらしかわからなかったが。
曰く、サーニア夫人に色彩そっくりに生まれた自分の娘の名前を夫人に似せてニーニアとするほど、姪であるサーニア夫人のことを大切に思っているだとか、性格は温厚で領地の治世は可もなく不可もなくだとか、王弟の反乱が起きた際には領地が遠方のために陛下に手助けは出来なかったが、部下と物資を秘密裏に送っただとか。
話を聞けば聞くほど、公爵は小麦の件には関わっていないのではないかと思ってしまうのだが、陛下の様子を見るに、何か不審な点が見つかったのかもしれない。
陛下は笑みを消すと、真剣な顔で父を見た。
「子爵には悪いが、しばらくの間ダムド領で起こった事件に関しては機密扱いとさせて貰う」
機密。政治上や軍事上の秘密……。
つまり、この事をどこかで漏らしてしまった場合、国家反逆罪として処刑されてしまう可能性があるという事だ。
セルディはゴクリと生唾を飲み込んだ。
「それに伴い、フォード子爵家は王家で保護する」
「えっ?」
「かしこまりました」
すぐに頭を下げた父と違い、セルディはなぜそうなったのかわからず首を傾げた。
そんなセルディの様子に、グレニアンはゆっくりと説明をしてくれる。
「セルディ嬢はわかっていないようだが、ダムド領で起こった事を考えれば、フォード家が狙われているのは確実だ。それがどんな理由でかはわからないが、ポンプの件といい、ダムド領での活躍といい、事件解決の影にセルディ嬢が関わっている事もいずれは敵の手にバレるだろう」
真剣な眼差しと声に、そこまで深く考えていなかったセルディは凍りついた。
「敵がまず狙うのは目的の人物が大切に思っているもの。すなわち身内だ。フォード領の村にも何人か騎士を潜伏させ、領民が誘拐されたり、脅されたりしないように監視している」
「そうだったのですか……。配慮頂きありがとうございます。考えが足らず申し訳ございません」
セルディは頭を下げ、グレニアンに心の底から感謝した。
(そっかぁ、私って偉い人物になっちゃってたのね……)
自分ではまったく自覚はなかったが、よくよく考えてみればグレニアンの言うとおりだ。
ことごとく敵の工作を妨害している人物が狙われない訳がない。
セルディ達を囮にしたり見捨てたりしないグレニアンは本当に素晴らしい主君だ。この人を支持しようとした自分たちは間違っていなかった。
セルディは父とこっそり目を合わせて頷いた。
「それで、洞窟の話だが」
「あ! それなのですが、調査をする前に一つお聞きしたい事がありまして……」
「セルディ?」
打ち合わせにない話を始めるセルディを、父は不思議そうに見つめるが、これはしっかりと提案しなければ。
セルディは気合を入れて拳を握った。
「なんだ?」
「あの、定期的に鳴き続けている動物って、何かいますか?」
「鳴き続ける……動物?」
「はい」
「ふむ……。そんな動物が居たとして、それをどうするのだ?」
セルディは目を瞑る。
前世だったら動物愛護団体に訴えられてもおかしくないことを提案しなければいけない事に罪悪感が生まれる。
人の命だろうが、動物の命だろうが、植物の命だろうが、命は命。
そう教わった前世の記憶が、湧いては消えた。
別の方法を考えるには時間が足りない。
セルディは意を決して顔を上げた。
「……洞窟に連れて行きます」




