53.髪飾りを付けて貰います
「んんっ、そうだ。ジャーノン、あれを持ってきてくれ」
「はい、アレですね」
視線を下げて今後の物語の展開を考え込んでいたセルディの耳に、レオネルが壁際で待機していた従僕の一人に指示を出す声が聞こえてきた。
顔を上げてみれば、複雑な表情をしたレオネルが居る。
そこにさっきまでの微笑みはなく、困惑しているような、照れているような、そんな表情だった。
(アレってなんだろう?)
首を傾げながら待つと、ジャーノンがセルディの前にどこかで見た箱を置いた。
「あれ、これって……」
「あー……。ほら、預かっていただろう? 王都に来たからにはセルディも茶会に出る事になるだろうし、その時にでもよかったらと思ってな」
箱の中に入っていたのは、フォード領に来た時に贈ってくれた髪飾りだった。
あの日見た、キラキラと輝く銀細工の髪飾り。
「綺麗……」
あの時は貧乏性が勝って素直に喜べなかったが、こんな素敵な物をプレゼントされて喜ばないなんて、贈ってくれた相手への冒涜な気がしてきた。
セルディはレオネルへと目を向ける。
(今でも壊したらどうしようかと思ってしまうけど……)
セルディはレオネルを見つめて、精一杯の笑みを浮かべた。
「あの、あの……っ、とっても嬉しいです……!」
「そうか。喜んでもらえてよかった……」
ホッとしたような笑顔。
その笑顔が、自分を想って髪飾りを選んでくれた証明のように思えて、セルディははにかんだ。
「そうだ、折角だから着けてみるといい」
レオネルが立ち上がってセルディの背後へと周った。
背中に感じる気配に、セルディは少しの緊張と照れくささを交えてじっと待つ。
少しの間の後、髪飾りは優しく髪の間に差し込まれた。
「……よく似合うぞ」
「っ、あ、ありがとうございます!」
耳の近くで低く響いた声。
さらには、顔の横に垂れていた髪をそっと耳にかけ直され、レオネルの指先が肌に触れる。
セルディは温かい指の感触に顔が赤くなるのを止める事が出来なかった。
「その、だな」
「……は、はい」
「セルディは、好きな相手が居たりはするのか?」
「えっ!?」
何故そんな話題をされるのか、セルディの胸は無意識に期待してドクドクと脈打つ。
「い、いません……」
セルディは数秒の間に考えに考え、結局そう答えた。
居る、と言いたい気持ちもあるにはあったが、あなたです。と答える勇気がなかったのだ。
居なかったらどうなるのか。
期待してはいけないと自分に言い聞かせながらも、期待せずにはいられなかった。
「そうか、ならよかった」
安堵したような声。
後ろで話すレオネルの顔を見る勇気もなく、セルディはただひたすらにレオネルの言葉を待つ。
「実は、デビュタント前の子女に髪飾りを贈る事には意味があってだな……」
「そ、そうなんですか?」
何か意味があったなんて知らなかった。こんな事なら調べておくんだった、と後悔するが、もう遅い。
ドキドキと高鳴る胸を抑えるように、片手を胸へと押し当てる。
「デビュタントのエスコートの予約相手が居るという表明になる」
「えっ!!」
ということは、レオネルにデビュタントのエスコートをしてという事なのだろうか。
でも、デビュタントのエスコートをするなんて、別の意味に捉えられてもおかしくはない。
つまり、それは……。
「もしも好きな相手が居たら、髪飾りを渡すのは申し訳ないと思ってだな……」
「いません! とっても嬉しいです!」
「そ、そうか、それならよかった」
沈黙。
何故ここで静かになるのか。
それが良い事なのか、悪い事なのか、瞬時に判断出来ない。
セルディはただ俯いて待つしかなかった。
周囲の使用人達も固唾を飲んで見守っているような気配がするが、それを確認できるほど、セルディの心は強くない。
「その、デビュタントのエスコートを、親族以外がするという事は、だな」
「は、はい」
「婚約しているという意味にも、捉えられてしまうのだが……」
「婚約!?」
「すまない……」
セルディは降って湧いたような幸運を一瞬喜びそうになったが、レオネルの口調が苦渋に満ちている事に気づいて、今度は別の意味で胸が高鳴った。
「……あの、なにか、問題でも?」
「問題はない、が。セルディはまだ若いだろう? 俺のような年の離れた男でなくとも、もっと良い男が居たと思ってな……」
溜め息混じりの言葉だった。
そこにあるのは後悔や戸惑いで、決して喜びではない。
セルディは気づいた。
これが、政略結婚というものなのだと。
「わ、私は、レオネル様で、よかったと、思います」
結婚するならレオネルがいいと言えればよかった。
けれど、こんな子供に告白をされて喜ぶ大人が居るだろうかと、そう考えたら、レオネルの方こそ、セルディという貧乏くじを引かされたのではないかと考えたら、セルディは言葉にすることが出来なかった。
「……気を遣わせてしまったな。だが、他に好きな相手が出来たなら言ってくれ。俺も何か別の策を考える」
肩にぽんと置かれた手は、大きい。
セルディは思わず、自分の小さな子供の手を見つめた。
彼は大人で、自分は子供なのだと、その手の大きさが証明しているようで、セルディは落ち込んだ。
「こんな話を突然して、悪かった。今後、俺とセルディは婚約者という扱いになる事も増えるだろう。その時にはよろしく頼んだ」
「……はい」
もう喜べなかった。
期待にドキドキと高鳴っていた心臓はすっかり静かになって、今は泣きそうになるのを我慢する事しか出来ない。
「……そろそろ部屋に戻るか」
「はい。あの、髪飾り、本当にありがとうございました」
セルディは立ち上がると、口角を上げるだけの笑みを浮かべ、レオネルの顔を見ないまま頭を下げた。
そして逃げるように食堂から去る。
今までの淑女教育の成果か、走る事だけはなんとか耐える事が出来た。




