51.タウンハウスに滞在します
王都に着くと、セルディはレオネルの案内でダムド家のタウンハウスへとやってきた。
これからはこのタウンハウスがセルディの王都での滞在場所になってしまうらしい。
門から屋敷まで長い一本道を通り、大きな庭がある家だ。
貴族専用のホテルに泊まるよりも緊張しそうなその家に滞在するのを、セルディは最初断ろうと思った。
これまでダムド家で衣食住に関して散々お世話になったというのに、王都でまで世話になるなんて申し訳なさすぎたのだ。
だが、レオネルからセルディの両親がすでにこちらに滞在していると聞かされ、説得された。
フォード領は未だ狙われている可能性があり、警備がしやすいのがこのダムド家のタウンハウスなのだと。
そこまで言われては頷かない訳にもいかず、セルディは恐縮しながらも滞在させてもらう事にしたのだった。
与えられた部屋は可愛らしかった。
壁紙は花柄だし、ベッドは薄い桃色のカバーがされ、カーテンは気持ちも明るくなれそうな若草色。
上位貴族は女性用の客室にも気を遣っているんだなぁ、とセルディは感心する。
「お嬢様、奥様と旦那様がお越しですよ」
「お父様! お母様!」
セルディは入ってきた両親の姿を目にした瞬間、座っていたソファから勢い駆けだした。
レオネルはこの部屋を案内した後、すぐに王城へと報告に行ってしまったが、先に二人を呼んでおいてくれていたようだ。
「ああ、セルディ! 無事でよかった……」
広げられた両手の中へ飛び込むように抱きついたセルディを、シンシアはなんなく受け止めてくれた。そんな二人を、父が上から更に抱きしめてくれる。
「公爵家でも襲われたと聞いて生きた心地がしなかったぞ……。本当に無事でよかった……」
二人の温もりにじわりと目頭が熱くなったが、涙を零すのは我慢してにっこりと笑った。
「レオネル様が助けて下さったので、大丈夫です!」
「ああ、レオネル様は王都からダムド領までほとんど寝ずに走ってくれたと聞いた。彼には本当に感謝している」
「しかもタウンハウスへの滞在も許可して下さって……。なんだか申し訳ないわ……」
二人もこの好待遇には戸惑っているらしい。
「うちはまだタウンハウスなんて買えないよね……」
ダメ元で聞いてみたが、返ってきたのは苦笑いだった。
「いずれは買わなければならないとは思ってはいるが、今はまずフォード領内の設備投資からだな……。ここでは家令のケインに差配を教えて貰っているよ」
「私もメイド長のメンデルに上位貴族の心得や気配りを教えて頂いているわ」
二人はここで今まで知る事の出来なかった貴族の務めを色々と勉強させてもらうつもりだと意気込んでいる。
確かに、上位貴族の屋敷で過ごさなければわからないことは沢山ある。セルディもダムド領で行儀見習いをさせて貰って、貴族としての在り方等を色々と勉強させて貰った。
二人がここでのやりがいを見つけたのなら、セルディもここで自分のやるべき事をやろう。
気後れしていた気持ちを立て直し、セルディは自分は何をしようかとじっくりと考えることにした。
*****
「どうだ。ここの食事は口に合っているか?」
「レオネル様!?」
夕食を食べ終わり、食後のお茶を頂いていた頃。レオネルが帰ってきた。
使用人たちにレオネルは王城にある騎士寮で寝泊まりをしていて、タウンハウスには基本的には帰ってこないと聞いていたので、とても驚いた。
「セルディ、座りなさい」
驚きすぎて思わず立ち上がってしまったが、母に小声で叱責され、大人しく椅子に座り直す。
(あ、近衛隊の制服着てる!!)
レオネルが外用のマントを脱ぐと、そこに現れたのは真っ白な近衛隊の服だった。
隊服を着ているレオネルは相変わらずかっこいい。
特に今日は王城での勤務だったからか、外用の隊服ではなく、王城で着るための真っ白な制服だ。隊長の証である勲章がきらりと胸で光っている。
「レオネル様、おかえりなさいませ。とても美味しゅうございました。先に頂いてしまい、申し訳ありません」
父が家族を代表して立ち上がり、一礼をすると、レオネルは片手を挙げた。
「気にするな。君たちは客人ではなく、家族と同列に扱うよう言ってある。好きな時に食べてくれ。私は任務で帰って来られない場合もある」
「ご配慮痛み入ります」
「ああ、そうだ。陛下がフォード領の話を聞きたいそうだ。三日後は空いているか?」
「はい。問題ありません」
「よろしく頼む。例の件についてセルディ嬢からも話を聞く予定だ。準備も頼んだ」
「わかりました。ありがとうございます」
二人は視線でも何やら会話をし、レオネルが頷き、父も頷いた。
セルディには二人がどんな意思疎通をしたのかさっぱりわからないが、例の件というのは洞窟の事だろう。
調査員が死なないための方法は考えたが、前世の記憶があるセルディはあまりやりたくない方法だ。
でも、人の死には代えられない。
セルディは少し気が重くなりながら、紅茶を一口飲み込んだ。
「それでは私達は先に失礼を……」
「ああ、よい夢を」
話が終わったと判断した両親が立ち上がり、頭を下げて出て行く。
母はセルディの後ろを通り過ぎた際に背中を叩いて一緒に退席するよう促したが、セルディは無視した。
レオネル一人で夕食を食べさせるのは寂しすぎるし、本音を言えばレオネルともっと喋りたい。
わがままを言って甘えられるのは子供の特権とばかりにセルディは椅子に座り続けた。
「セルディはデザートは食べたのか?」
レオネルも二人の視線に気づき、セルディとも目を合わせたが、気にしないとばかりに笑みを返すとセルディに話しかけてくれる。
一度会話が始まってしまえばセルディを無理やり捕まえて出て行く訳にもいかず、二人は諦めて部屋から出て行った。
セルディはニコニコと笑みを浮かべてレオネルに返事をする。
「パンケーキを頂きました。とっても美味しかったです」
「そうか。俺は甘いものがあまり得意じゃなくてな。俺の分を貰ってくれるか?」
「はい!」
パンケーキと言っても手のひらサイズの小さいものだ。
蜂蜜と生クリームという高級品がかけられたパンケーキはとても美味しく、あと一枚くらい余裕で食べられる。
太るなんていう言葉は聞こえない。
セルディはレオネルの夕食と共に持ってこられた焼きたてのパンケーキを意気揚々と平らげた。




