43.推しキャラは捜査する 後編
パールにはそのまま自室での謹慎を命じていた。
中央棟の最上階。
サイロンが好きだと言い続けているパールは、遊びに来てこの屋敷に泊まる時はいつもこの部屋を使っていた。上から街を見下ろすのが好きなのだと。
部屋の扉を開けた途端、クッションが飛んできた。
レオネルはそれを避けて、溜め息を吐く。
「早くわたくしをここから出しなさい! お父様に言いつけますわよ!」
「パール……」
呆れて物も言えない。
「お前は我が家の使用人を唆して、小火騒ぎを起こした疑いがかけられている。その容疑が晴れるまでは出す事は出来ない」
入ってきたのがレオネルだと気付いたパールは、癇癪をやめてテーブルの上の扇を手に取った。
「まぁ、レオネル様。ご機嫌麗しゅう」
「取り繕った挨拶はいらん。お前は今は容疑者だ。質問に答えろ」
猫なで声で擦り寄ってきそうなパールを一睨みして止め、書類をテーブルの上に置いてから、パールに座るように言う。
パールは渋々椅子に座ると、ツンと顔を上げた。
「お前は侍女を使って我が家に侵入者を引き入れたな?」
「だから、侍女が勝手にやった事だって言っているでしょう?」
「その侍女がお前に頼まれたと言っている」
「あの女……っ、わたくしに濡れ衣を着せるつもりよ!」
苛立たしげにパールは親指の爪を噛む。ストレスが溜まっている時に出る彼女の癖だ。
「我が家の料理人の不正をどこで知った」
「存じ上げません。問題の侍女にお聞きになったら?」
「彼女はお前に頼まれて手紙を渡したと言っている」
「そもそも、わたくしが関わっている証拠がどこにあると言うの?」
証言するのは侍女ただ一人。手紙は燃やされているし、計画的な犯行に見えるのにセルディとパールが出会ったのは今日が初めてだ。
現状を鑑みれば今のところ証拠という証拠はない。
パールもその事がわかっているのか、嘲るような笑みを浮かべた。
「だが、お前の侍女が関わっているのは確かだ。責任問題にはなる」
「ふんっ、それなら早く侍女を返して頂戴。領地に帰ったらわたくしがじきじきに裁いてあげます」
「証人を殺されてはたまらないからな、それは許可出来ない」
「何を証言されたとしても、わたくしには関わりのない事ですわ」
「そうか……。関わりがあろうがなかろうが、お前が兄上の妻になることは生涯なくなったがな」
「なっ!!」
そこまで考えていなかったのだろう。
パールは相変わらず短慮だ。小さい頃から何も変わっていない。
ただ兄が自分ではなくセルディを誘ったからという理由で害そうと思ったのだろうが、その後の事にまで考えが及んでいない。
レオネルは幼い頃に起こしたパールの事件を思い出した。
又従兄弟だからと幼い頃から交流があり、長女パールは兄に、次女のニーニアはレオネルにくっついて来ていたが、二人とも自分を一番に見てくれなければ癇癪を起こしていた。
そんなパールに兄が辟易するのも無理はない。更には十四になったパールが裸で兄のベッドに忍び込むという事件が起き、サイロンにとってパールは嫌悪の対象になった。
パールの事件は初恋の暴走という話で終えたが、さすがにその後は気軽にパール達が屋敷に来ることはなくなった。
距離を置いたこともあり、少しは大人になっただろうと思った母が招待状を送ったのだろうが、レオネルにはパールはあの頃のまま身体だけ大きくなったようにしか見えない。
どうしても兄の嫁になりたいという気持ちはわかったが、その手段を彼女はずっと間違えたままだ。
「当たり前だろう。ここはお前の家ではなく、ダムド公爵家だぞ。他人の家で使用人が粗相を働いたのなら、責任を取るのが主人の務めだろう」
静かな部屋に、ギリッと歯を噛みしめる音が響く。
「母上は大層ご立腹だ。身の回りにいる使用人の手綱も握れない公爵夫人などいらないそうだ」
「……――――ッ!!!!」
それはパールにとっては死刑宣告にも等しかったのだろう。
声なき叫びをあげ、手に持っていた扇を床へと叩きつけた。
(何故そこまでしてあんな兄と結婚したいのか、わからないな……)
このままここに居てもパールは罪を認めないだろう。
確たる証拠を探すため、レオネルは部屋から退室した。
*****
容疑者達にレオネルが聞きたい事は聞き終えた。
後はダムド家の兵士達が更に詳しい調査をするだろう。
(一度母と兄に現状報告をしに行かないとな、ついでにあの兄をぶん殴ろう……)
セルディをパールを蹴落とす餌に使った事は許さない。
レオネルは拳を握りしめながら決意をした。
「そうだ、レイナード。あの娼婦の過去を調べるように手配してくれ」
「あの娼婦の……ですか?」
朝からレオネルに影のように付き従ってくれているレイナードが訝しげにレオネルを見た。
「ああ。我が国では娼婦の仕事に就けるのは十五からだ。それより前の年齢で娼婦の仕事をさせられたというのなら違法の店の可能性が高い。……もしくは」
「……もしくは?」
「北のスパイか」
「えっ!?」
「そんなに驚く事じゃない。スパイとして娼婦を他国に送り込むという手段はどこの国でもよくある。寝台の上だと口も軽くなると言うしな」
「……あ、え、そ、そうなんですか」
顔を真っ赤にしたレイナードを見て、レオネルは噴き出した。
「レイナード、お前いくつだ?」
「はっ、二十歳になります!」
「二十歳でそんなに初心なら、まだ恋人も出来た事ないんじゃないか?」
「いや、あの、その……」
図星か。
レオネルは笑った。
地味顔ではあるが、悪くない容姿なのに恋人が居ないなんて不思議だ。
「そのうち上官に娼館にでも連れて行って貰ったらどうだ?」
「な、なななななーッ!!」
くつくつと喉奥で笑いながら、真っ赤になって震えているレイナードの肩をポンと叩くと、レオネルは一人でダムド家の居住区へと向かった。




