41.推しキャラは調査する 前編
セルディが目覚め、元気な様子を見る事が出来て安心したレオネルは、扉を出るとその表情を引き締めた。
「吐いたか?」
「はい、貴族の坊ちゃんは堪え性がないですね。女の方がしぶといくらいですよ」
扉の前で待機していたレイナードがレオネルの後ろに付いて歩き、鼻を鳴らす。
「侵入経路は?」
「食材を運び入れる裏口ですね、引き入れたのはどうやらパール嬢の侍女のようです」
「やはりパールか……。確保はしたのか?」
「はい、侍女と共に。パール嬢は一応貴族用の部屋に入れましたが、元気が有り余っているようで、ずっと喚き続けていますよ」
「はっ、どうせ自分は関係ないと言い張っているんだろうが、使用人の不始末の責任は取って貰わないとな」
「まったくです」
震えていたセルディを思い出し、レオネルは絶対に責任を取らせてやると決意する。
「侍女はなんて言っているんだ?」
「セルディ嬢の婚約者だと言って屋敷に入ろうとしていたブルノーが、門兵に追い返されるのを見ていたそうです」
「それで引き入れて逢引をさせることでセルディを兄上の婚約者候補から外そうとしたと……?」
「まさか婚約者じゃないとは思わなかったと言っていました」
「下手な言い訳だな」
婚約者と認められていたとしても、この家は許可がなければ人を入れる事は出来ない。
どこで何が漏れるかわからないからだ。
それを引き入れた時点で侍女の運命は決まっている。
「鞭打ちは十回だ。女だからと遠慮はするな」
「はっ」
レイナードが手持ちの用紙に書き込むのを横目で見届けてから、レオネルは会話を再開した。
「しかし、裏口にも兵は居たはずだろう。誰も気づかなかったのか?」
「それが……、丁度その時、小火騒ぎがあったために持ち場を離れたそうです……」
「怠慢だな。緊急時に扉から離れるなど……」
眉間に皺を寄せ、レオネルは考え込んだ。
タイミングの良すぎる小火騒ぎ。
レオネルは一度目を閉じてから、覚悟を決めて問いかける。
「……その小火を起こした料理人は誰だ?」
「シエロです」
「シエロか……」
レオネルは、この屋敷で働くすべての使用人の顔と名前を憶えている。
それは家族も皆同じだろう。
国境を守る領地の人間として、自分達が雇っている人間の顔を忘れるということは、スパイの侵入を許す事と同義。
レオネルも幼い頃から百人あまりもいる使用人たちすべての顔と名前を覚えるように徹底的に教育されてきた。
小火を出した料理人の事も、もちろん知っていた。
シエロはダムド家で働き始めてそろそろ五年目になる料理人だ。
会話だって何度もしている。
こげ茶色の髪を持った、細身の男だ。彼の作るスープはじっくり煮込んであって、とても美味しかった。
「……以前はハウゼン元男爵の家で働いていたんだったな」
「そのようです。当時の男爵家の当主が横領の罪で捕まり、王の計らいで罪のない使用人達には別の職場が紹介される事になりました。その中の一人ですね」
レオネルは溜め息を吐いた。
信じたくはないが、疑う事が仕事のようなものなのだ。諦めるしかない。
「ハウゼン男爵を告発したのはカラドネル公爵だ……」
「そうなのですか?」
レイナードが驚くのも無理はない。ハウゼン男爵はカラドネル公爵家の縁者だったのだ。そのため、誰が告発したのかは極秘事項として扱われた。
直接的な関係はないし、むしろ雇い主を告発されて恨む可能性の方が高い。けれど、見過ごす事の出来ない繋がりでもある。
「……シエロを捕えろ」
「よいのですか?」
「当たり前だ。ここは北の国境との生命線。怪しい人物をそのままにしておくわけにはいかない。仮令どんなに親しい人物だろうとな……」
「わかりました」
レオネルは溜め息を吐いた。
身内の裏切りを調査する時は、いつも息が苦しくなる。
何度味わっても慣れない苦しみの中、レオネルはセルディの顔を思い出した。
すると、不思議な事に呼吸が楽になった。
「……予定通り、地下牢の女から尋問する。それが終わったら侍女、次にシエロ。最後にパールだ」
「はっ」
レオネルは大きく息を吸い込むと、地下牢へと向かった。
*****
ダムド家の地下牢は捕虜を収容する事もあるため、かなりの広さになっている。
三十部屋もある地下室の中の、一番奥。暗く湿った部屋に、女は居た。
服はこの屋敷のメイド服のままだったが、長い間尋問されていたのだろう。服は地下牢の埃で汚れ、顔は憔悴していた。だが、悲壮感はない。むしろ目には未だ強い意志が宿っているように見える。
レオネルはその目に、国のために秘密を守って自害した敵兵を思い出した。
「これは手こずる訳だ」
「……申し訳ありません」
「気にするな。こういう手合いは暴力で吐かせる事は難しいだろう」
レオネルは牢の外からジュリアナに声をかけた。
「おい、素直に吐くなら減刑してやるが、どうする」
平民が貴族に手を出した場合、死刑になるのが普通だ。
しかし、黒幕が居る場合には正直に話す事で死刑を免れる事もある。
その場合は国外追放か、犯罪奴隷になるかだ。
この国は人身売買や奴隷制度は認められていないが犯罪奴隷は刑罰の一つとして許されている。犯罪奴隷は体に期限を彫られた後、その期間を奴隷として鉱山などで働かされる。奴隷と名が付くが、きつい労働なだけで殺されたりする事はない。期間終了後は刺青を残したままにはなるが解放される。
だが女は死ぬ事が怖くないのか、強い口調でレオネルに言い返してきた。
「だから言ってるでしょう! 私は何も知らないの!」
「ほお? ブルノーはお前に言われたとおりにしただけだと言っているが?」
「私はただあの男が子爵になったら贅沢させてくれるって言うから協力しただけよ!」
「では聞くが、お前はその服を誰から貰った?」
「……その辺にあったのを拝借したの」
「それはどこだ」
「そこら辺の部屋よ!」
ジュリアナの返しに、レオネルは笑った。
「この屋敷では使用人の服装の管理を徹底している。調べたところ、今雇っている者の中に服を無くした人間は居なかった。辞める場合に服を持ち出す事も許されていない。それなのに何故、我が家のメイド服を、見た事もないはずのお前が手に入れる事が出来たのか……」
じわじわと火で炙るように、レオネルは追及を続ける。
「服は用意されていたのだろう? 北の人間から貰ったのか?」
ジュリアナは黙ったままだ。
「それとも……東か?」
「東?」
声を上げたのはレイナードだった。
何故レオネルの口から東なんて言葉が出たのかわからないのだろう。
東の国とアデルトハイム国は高い山で隔てられ、北か南を経由してしか来ることが出来ず、滅多に交流などない国なのだから。
だから、ここで言う東は、国の名前ではない。
「カラドネルだ」
「カラドネルって、カラドネル公爵ですか? 何故ここで……」
不思議に思うのも無理はない。
カラドネル公爵は、レオネルの次にあたる王位継承者第四位であり、先の王位の略奪の際には王弟に与さずに静観を続けた人物だった。
娘に甘すぎるためにパールのような我儘娘が出来上がってしまったが、彼自身は無害と言われている。
今回の件も、一見カラドネル公爵の影に怯えたシエロがパールの我儘を聞いたようにも見える。
(だが……)
カラドネル公爵は本当に無害なのだろうか。
レオネルはここにきて疑問に思う。確かにカラドネル公爵は王弟を援助したりはしていない。グレニアンが王位を奪還した際には、助けになれなくてすまなかったと謝罪の言葉も口にした。
しかし、本当にその謝罪は心からのものだっただろうか。
レオネルの脳裏に、城の庭園で見た優し気な風貌の男の顔が浮かぶ。
(あの男は、本当に王位を欲しない人物なのだろうか)
その疑問に今答えられる者はいない。
レオネルが思いついたのも、ただの勘だ。
ジュリアナが素直に吐くとは思えないため、確実な証拠が集まるまでは何を言っても無駄だろう。
「まぁ、どちらでもいいことだ。セルディは無事だったしな」
「っ!!」
肩を竦めてセルディの名前を出した瞬間、ジュリアナの目に憎悪が宿る。
何故そこまでセルディに憎しみを抱くのか、レオネルにはわからない。
セルディは子爵領から出た事はほとんどないのだから、王都の娼婦だったジュリアナと接点があるとはとても思えなかった。
「セルディと会った事でもあるのか?」
「……ないわよ」
憎々しげな呟き。
レオネルは気づいた。
「そうか、嫉妬か」
「――――ッ!!」
触れられたくない場所に触れたのだろう。
レオネルを睨みつけるその目には、殺意があった。




