38.捕まります※
(あれ?)
セルディは歩くことを止めて立ち竦む。
広すぎる上に似たような造りの扉ばかりあるから、自分の部屋の場所はわからないが、さすがに今案内されている廊下が自分の部屋に向かっていない事はわかった。
何故、知らない道を歩かされているのかわからず、セルディは困惑気な表情で先導してくれていたメイドを見る。
「どうかなさいましたか?」
止まったセルディに気づいたメイドが微笑みを浮かべながら問いかけてくるが、その目は笑っていなかった。
セルディの背筋に悪寒が走る。
「……あの、この道で本当に合ってますか?」
もしかしたら目の前のメイドは新人で、迷っただけなのかもしれない。
一抹の希望にすがって聞いてみるが、メイドはにっこりと笑みを深めるだけだった。
「大丈夫ですよ、こちらで間違いありません」
「あ……っ」
メイドはそう言ってセルディの手首を掴んだ。
了承も得ないまま貴族令嬢の手首を掴むなんて、使用人としてあり得ない行動だ。
セルディは掴まれた手から逃げ出そうと体を後ろへ引いてみたり、捻ってみたりするが、相手は女性とはいえ、大人だ。力で敵うはずもなく、そのまま強く手を引かれてセルディは暗い廊下を引きずるように歩かされた。
(どこに連れていかれるんだろう……)
人の気配がした時には助けを求めようと機会を窺ったが、おかしなことにいつもならいるはずの使用人や見回りの兵の姿が見つからない。
抵抗したら殺されるのではないかという恐怖もあり、セルディは痛む手首に眉を寄せながら歩く。
歩きながら、誰の仕業かを考えた。
公爵夫人の遣いなら、こんな無理やり連れて行くような真似はしない。
パール嬢だろうか。
あの憎しみの籠った眼差しを思い出し、セルディは自分がこれから何をされてしまうのか怖くて身体を震わせた。
「さあ、こちらの部屋ですよ」
「痛っ」
到着した部屋の前で、逃がさないとでも言うように手首を更に強く掴まれ、メイドの爪が手首に刺さる。
公爵家で雇われているメイドとは思えない爪の長さだ。
(まさかこの人、公爵家のメイドじゃない?)
一体何者なのかを考える前に、セルディは開けられた暗い部屋の中へ押し込められた。
「ブルノー様、連れてきましたわ」
「ジュリアナ、よくやった」
セルディが滞在している部屋に似た、客室と思われる一室に居たのは、貴族だと思われる男だった。
だが、顔も知らなければ名前も……。
(あれ、ちょっと待って。ブルノー?)
セルディはチエリーと一緒に勉強した、貴族名鑑を思い出した。
『そういえば、私と婚約しようとしたカザンサ侯爵の三男ってなんて名前なの?』
『カザンサ侯爵の子息はこちらですね。長男がフルト様、次男がイフルジ様、三男がブルノー様です』
『侯爵がブルーノって名前だから、みんなフルって付いてるの? 覚えやすくていいね』
目の前に居る、赤茶色の髪をした軽そうな見た目の男がブルノー。
顔はそこそこ良い方だと思うが、目線がなんだか気持ち悪い。
上から下までじっとりと観察するような視線に不快感を覚えながら、セルディは勇気を出してブルノーと呼ばれた男を睨みつけた。
「……どちら様でしょうか」
「ふんっ、子爵令嬢ごときが……。先に口を開くんじゃない」
「……申し訳ございません」
素直に謝ったセルディに、満足げな表情を浮かべたブルノーはそのまま大げさに首を横に振った。
「婚約者の事くらい勉強しておけ。僕はブルノー・カザンサだ」
「婚約者……?」
そんな訳がない。母は絶対にカザンサの三男にだけは領地を継がせないと明言していたのだ。
あの母がそう簡単にセルディの婚約者にこの軽率そうな男を選ぶとは思えなかった。
「あの、その件は父がお断りしたと聞いたのですが……」
「侯爵家からの申し出を断れると思っているのか?」
それを言われると弱い。
しかし、それなら何故こんな拉致のような形でセルディを部屋に引っ張り込んだのかわからない。
「あの、私、父から何も聞かされていなくて……。正式な書類はございますでしょうか……?」
母があそこまで言うほどの男だから、もしかして、と思って聞いてみた。
まさか、そんな事を侯爵家の子息がするはずがないと思いながらも、この状況の事もある。念のために聞く事は悪い事ではないはずと思ったのだ。
「そんなものはない」
結果はこれだ。
セルディは確信した。
「申し訳ないのですが、婚約の証明書がないのでしたら、私はブルノー様を婚約者として認める訳にはまいりません」
「は? なんでだ」
それこそこっちが言いたい言葉だった。
セルディは段々イライラしてきたが、口角をひくつかせながらもなんとか言葉を繋ぐ。
「その、現在我が家は王家とのお取引もありまして……」
「だからどうした」
「私の婚約者が領地を継ぐ場合、その取引も引き継ぐ事になると思います。そうなると我が家だけの問題ではなくなるので……」
「僕が継げばあの領地も潤い、王家から更なる信頼を得られるだろう」
だめだ、話が通じない。
セルディはなんでこんな状況になっているのかわからず、口を閉じるしかなかった。
「ブルノー様。わたし、ブルノー様が子爵になったら宝石のたくさん付いたドレスが着たいわ」
「ジュリアナにはよく似合うだろうな。いくらでも買うといい」
セルディの背後に居るジュリアナと呼ばれるメイドが、うっとりとした声でブルノーへと強請る。このメイドはただのメイドではなく、ブルノーの愛人候補と噂されていた人物の一人なのだろう。
どうやって二人が入り込んだのかは不明だが、セルディと結婚して子爵家を乗っ取った後の事を嬉しそうに話し合っている。
(そんなお金、今の我が家にはないわよ!!)
セルディはこの男と結婚なんて絶対にしてはダメだと思った。
「ブルノー様、我が家にはそこまで金銭的余裕はございませんが……」
「ポンプの利権があるだろうが。あれを商人に売りさばけばいい」
声を出さなかったのはチエリーの淑女教育だろう。
セルディは拳を強く握りしめて怒りを堪えた。
「そんな事をすれば、商人がポンプの水を売るようになってしまいます……」
「そうだな。税も増えるだろう」
「民が水を飲めずに飢え死にします!」
「魔石を買えばいいではないか。買えない平民が死のうが、別に問題はないだろう」
驚いた。
まさか領主の息子がこんな言葉を言うとは。
セルディはなんとかわかって貰おうと話を続けるが、男には梨の礫だった。
「そもそも、ポンプは国が管理をしているので、我が家の一存でそんな事は出来ません!」
「僕が領主になれば国になど口出しはさせないさ」
たかが一領主でしかない身の上で国に口出しをさせないなど、王家が聞けば不敬罪で裁かれてもおかしくないことを平然と言うブルノーに、セルディは目の前の男に理解をさせることを諦めた。
「……とにかく! 正式な書類がないのであれば私はブルノー様を婚約者と認める事は出来ません! 失礼します!」
話を続ける事への限界を感じたセルディは、声を荒らげてジュリアナと呼ばれるメイドを押しのけようとした。
けれど、小さなセルディではジュリアナを扉の前からどかす事が出来ない。
セルディは泣きそうになりながら叫んだ。
「どいてください!」
「ふふふ。お嬢様、ごめんなさいね。あの人に子爵になって貰わないと、わたしも困るの」
「なにを言って……」
「未来の夫に逆らうとは、悪い子だな」
耳元で声がした。
寒気がしたセルディが後ろを振り向く前に、体は持ち上げられ、部屋にあるベッドへと投げられてしまう。
「っ!! な、なにを……」
ベッドに倒れたセルディにブルノーが圧し掛かってくる。こんな時にまで思い出せてしまう前世の知識のせいで、彼が何をしようとしているのか想像がついてしまった。
恐怖に、セルディの体はガタガタと震え始める。
「こんな小さな子供を相手にするのは初めてだが、僕は慣れているから安心するといい」
「い、いゃ……っ」
「大丈夫よ、すぐに終わるわ」
「いやっ!」
無茶苦茶に動かす手を、足を、男と女が拘束する。
「いやぁぁああああ――!!」
セルディはあまりの恐怖に混乱して、甲高い叫び声を上げた。
「くそっ、うるさいぞ! 黙らせろ!」
「なにか布はないの!?」
セルディの声を塞ごうと、ブルノーの大きな手が顔に迫った時。
「セルディここか!!」
ここに居るはずのない男の声と共に、部屋の扉が勢いよく開いた。




