37.次期公爵と食事をします
次期公爵の誘いを行儀見習いが断れるはずもなく、セルディはその日、サイロンと夕食を共にする事になった。
いつもなら大喜びで食べるであろう牛肉のフィレが、今日は飲み込むのにも苦労するほどだ。
(ううう、折角のお肉をこんな気分で食べたくなかったよぉ)
心の中で涙を流しながら、セルディは静かに口を動かした。
対面に居るサイロンは、そんなセルディの気持ちなどに興味があるはずもなく、ただ黙々と夕食を食べ続けている。
(うーん、用事があって呼んだ訳じゃないのかな?)
セルディはチラッとサイロンの顔を窺ってみた。
サイロンの綺麗すぎる顔は、無表情でどこか人形にも見える。
どこかレオネルと似た部分はないかと探してみたが、瞳以外はあまり似ていないように感じた。レオネルは父親似なのかもしれない。
そんな観察をしていると、サイロンは食事を終えたらしく、ナイフとフォークを置いて、布巾で口元を拭う。そのまま立ち去るのかと思ったセルディが動かずにサイロンをぼんやりと見ていると、サイロンはセルディに凍りつくような目線を向けた。
セルディの体が恐怖のあまりギクリと強張る。
「セルディ嬢のお口には合いましたか」
「は、はい!」
「それはよかった」
丁寧な言葉遣いの割に、冷え切った声色。
レオネルのような温かみの欠片もない相手に、セルディの緊張は高まるばかりだ。
これはもうさっさと食べ終えて退室するしかない。
セルディは無理やり料理を飲み込んでいく。
だが、意外にもサイロンは話を続けてきた。
「セルディ嬢の父君が作ったというあのポンプの話ですが……」
「は、はい……」
「あれは本当にフォード子爵が作ったのですか?」
どきり。
セルディは高鳴った心臓を誤魔化すように、サイロンに笑いかけた。
「えっと、そうですが……。それが何か……」
「あのポンプを真似て同じような代物を作ってみた商人が居たのですが、どうやら上手くいかなかったようで……」
「え」
利権はフォード家のものだというのに、作ろうとした人が居たのか。
訴えられたら終わりだろうに、さすが、時に命知らずにもなる商人の世界である。
「何か秘訣があるのでしょうが、そこはどうでもいい」
「は、はぁ……」
「私が気になったのは、フォード子爵の性格です」
性格とは。
セルディは首を傾げた。
「彼は真面目で弱者に優しく、不正を嫌う。博打に出るようなお人でもない」
その通りだと思った。
セルディの父は謹厳実直という熟語がよく似合う人物だ。
金儲けは出来ないが、現状維持が上手く、領民には慕われている。
セルディはサイロンが言いたい事がよくわからないまま頷いた。
「そんな彼が、あのポンプと呼ぶ道具を発明出来るとは、到底思えない」
それはそれで失礼な話な気がする。
本当に発明したのが父だったらどうするつもりなんだ。
セルディは半目になってサイロンを見つめた。
「しかし、彼は人の発明を自分の物にするような人でもない。なら、どうして自分が作ったというのか。それは、誰かを守るためだと、私は考えました」
なんだか雲行きが怪しくなってきた。
セルディは嫌な予感に目をうろつかせる。
「あれは、どなたが考えたのですか?」
鋭い視線を向けられ、セルディは困った。
サーニア夫人の時は、夫人がセルディは関係ないという体で話を進めてくれたが、目の前の男はどうも追求をするタイプらしい。
だからと言って、話せるかと言えば別問題だ。
「えっと、父が考えたのですが……」
「ここには信頼できるものしかいませんよ」
だから早く吐け。
彼の目はそう訴えていた。
こんな子供相手によくそんな脅しのような事が出来るな、とセルディは少し感心した。
そして、サイロンを苦手な人物の一人に分類した。
「えーっとー……」
逃げようとしても、逃がして貰えない雰囲気を感じ、セルディは悩んだ。
サーニア夫人のような相談には乗れるかもしれないが、これは絶対に自分の口からは言えない。
口を開けたり閉めたりしていたセルディは、ふと、一人の人物を思い出した。
「あ!」
「どうしました?」
「えっとですね、レオネル様に聞いて下さい!」
これだ。
セルディはよく思い出せたと自分を褒めたくなった。
自分の口から言えないのならば、誰かに言わせればいいのだ。
その中でもレオネルならば兄であるサイロンにも対抗できるだろうし、セルディよりも上手く話をしてくれるだろう。
一気に気持ちが軽くなったセルディは、ニコニコと微笑みを浮かべてサイロンを見た。
「……レオネルに、ですか?」
「はい!」
「何故か聞いても?」
どうやらサイロンはレオネルに何も聞いていないらしい。
セルディは素直に言わなくてよかったと安堵しながら、言った。
「ポンプを王家に贈呈させて頂く際、確認に来て下さったのはレオネル様なんです。この件は父とキャンベル商会の会長をしている伯父、あとは王家の方々も関わるお話なので、私の口からお話し出来る事はありません」
我ながら良い言い訳だと思う。
セルディの言葉に、サイロンはほう、と片眉を上げた。
「確かにその通りですね。これは失礼をしました」
「いえ、お話がそれだけでしたら、私はそろそろ部屋に帰ろうかと思います」
「……わかりました。今日はお付き合いして下さってありがとうございました」
「こちらこそ楽しかったです。では」
セルディの返しがそんなに楽しかったのか、口端を上げたサイロンを訝しく思いながらも、セルディは息苦しい部屋から退室した。
「ふぅ……」
まったく酷い目に合った。
レオネルに似ているかも、というワクワク感はもうセルディの中にはない。
むしろ出来るだけ会いたくない人の部類にサイロンを投げ入れる。
(今後、出来るだけ会いませんように!)
思わず両手を合わせて空を拝んだセルディは、扉の外で待機していたメイドの一人に気づくと、合わせた手を下げた。
「セルディ様、お部屋までご案内します」
「ありがとう」
広すぎて迷子にならないようにという使用人の配慮に感謝をしながら、セルディはメイドに続いて歩き出した。




