36.次期公爵を考察します
「お嬢様、お疲れ様でした」
無事、とは言い難いお茶会を終え、部屋に戻ると、チエリーが扉の前で待っていてくれた。
その姿を見た途端、安心したセルディは大きな溜め息を吐く。
あの後、サイロンとパールのせいで他の貴族子女からは更に遠巻きに見られ、息苦しい思いをしたのだ。
「チエリー聞いてよ! 酷い目にあったんだよ!」
ようやくまともに息が吸えるようになった気がしたセルディは、ソファに腰を下ろすとチエリーに何があったのかを話し始めた。
子供だからと無視された話から、公爵令嬢のパールに絡まれ、今まで御座なりに返事をしていたサイロンがセルディにだけまた話そうと誘いをかけてきたところまで。
「もう、サイロン様ってば何を考えちゃってるわけ!? あんなところであんな風に話されたら他の令嬢達から嫉妬されるに決まってるでしょ!」
「……それが狙いだったのでは」
「ええ!?」
チエリーの思いもよらない一言に、セルディは戦慄した。
「サイロン様ってあんな綺麗な顔をしているのに腹黒なの……?」
「まあ、あんなお顔だからこそ腹黒と言いますか、女嫌いと言いますか」
「婚約者居たよね!?」
「ヒュリア様は男に興味のないお方でしたから」
「……どういうこと?」
セルディが首を傾げると、チエリーはお茶の準備をしながら話してくれた。
元ベルーガ伯爵領の長女だったヒュリアは、男より女が好きな人だったらしい。
だがこの時代、貴族女性の結婚は義務で、ヒュリアも渋々結婚をすることになったのだと。で、結婚するならせめて顔が男っぽくない人がいい、という事で、肉食系女子に群がられて女嫌いになっていたサイロンと婚約をしたのだとか。
「お互い、想い人が出来ても黙認する、という契約も交わしていらっしゃったとお聞きしました」
「……誰に?」
「サーニア公爵夫人に」
「へ、へぇ……」
そんな話、他家の使用人に話しちゃってよかったんでしょうか……。
原作では一切出てくる事のないリアルな事情に、遠い目になったセルディは、それでなぜ自分が巻き込まれたのか、と聞いてみた。
「セルディ様は行儀見習いという名目で滞在していますが、公爵夫人のお気に入りです。そんな相手に手を出す人はそうは居ないでしょう」
「そりゃ公爵よりも高い爵位を持つ人は王様しか居ないからね……。でもパール様は公爵令嬢だよ?」
あの人なら嫌がらせをしてくる可能性は高い。
「はい。ですが、パール様がもしもセルディ様に手を出された場合、婚約者候補からは完全に除外されます」
「なぜ?」
「夫人の怒りに触れるからです。公爵家に嫁ぐ者は、サーニア様の怒りに触れてはならないという不文律があるのです」
「あー……」
セルディの頭を嫁姑問題という言葉が過った。
「そうだよね、サーニア様と上手く付き合えない人が嫁げる訳ないよね……」
「はい。なので、ヒュリア様とサイロン様が婚約した時にはパール様も一度は諦め、別の家と婚約しました。そのまま嫁ぐ予定だったのですが……」
その相手も政変によって亡くなってしまったと。
ただサイロンと違うのは、ヒュリアは反乱を起こした王弟派によって殺されたが、パールの婚約者はグレニアンが王位を奪還した後に処刑されたらしい。王弟に媚を売ってやりたい放題だったとか。
「それで、婚約者がいなくなったから今度こそサイロン様に嫁ごうとしていると……」
「はい」
すごい執念を感じる。
「サイロン様はそんなパール様の事を好きにはなれないそうで」
セルディはなんとなくサイロンが女嫌いになったのは、肉食系女子であるパールにも原因があったのではないかと思ったが、肯定されても困るので口にするのはやめておいた。
そして嫌な予感に眉間に皺を寄せる。
「もしかして、私は餌なの?」
「恐らく……」
腹黒ではなかった。サイロンは鬼畜だ。
「私、子供よね? 普通そんな子供を囮に使ったりする?」
「子供でも女だと認識されているのでは?」
怖い。
セルディは幼気……ではないが、前世の記憶があるとはいえ成人前なのだから子供として扱って欲しい。
特に男女の問題の解決に子供を使おうとするなど、サイロンの血の色は青いのかもしれない。
「ねえ、もしかしてサイロン様って男の人が好きなの……?」
「そういうご趣味があると聞いた事はありませんが、わかりません」
「あ、そう……」
サイロンは謎に包まれている。
「囮に使うとしたらパール様がいらっしゃる間だと思うので、もしかしたらすぐにでも……」
――コンコン
フラグを立てた瞬間に聞こえたノックの音に、セルディもチエリーも思わず黙った。
「チエリーがあんな事言うからっ」
「私もこんなにタイミング良く呼び出しがかかるとは思いませんでした」
コソコソと二人で話をするが、扉の前から人が立ち去る気配はない。
チエリーは諦めたように小さく息を吐くと、セルディが静止する間もなく扉を開けた。
「開けるの遅くねぇか?」
開けた先に居たのは、ジュードだった。
セルディはソファに座ったまま横に倒れこんだ。
「なんだぁ、ジュードかー。脅かさないでよー!」
「おお? なんだ、どうした?」
「なんでもありません」
問われたチエリーは無表情で返すと、お茶を入れたカップをセルディの前へと置く。
「なんだよ、俺だけ除け者か?」
「除け者ってわけじゃないけど……。サイロン様から呼び出しでもきたかと思っただけ」
「ああ」
ジュードは思い出したとばかりにポンと手のひらに拳を置いた。
「そういや夕食を一緒に食べれるか聞いてきてくれって頼まれたわ」
誰に、と聞くまでもない。
セルディはガクリと項垂れた。




