34.推しキャラは駆ける
その知らせが届いたのは、セルディが公爵領に到着したという報告を受けてから十日後の事だった。
「叔母上は本気か?」
「恐らく……」
グレニアンの問いかけに、レオネルは頭が痛いとばかりに額を抑えた。
安心をしていた訳ではない、母の事だから、何かするとは思っていた。
セルディが母の気に入らない娘であったのならば、レオネルの婚約者としても認めてはくれなかっただろう。王家から降嫁したとはいえ、未だ権力は衰えてはいない。
だからこそ母に気に入られれば身の安全は保証されるだろうと、そう考えての今回の決断だった。
「まさかセルディ嬢が公爵夫人にここまで気に入られるとは、私も予想外でした」
ソファに座った三人は、テーブルに置かれた一枚の手紙を再度見つめる。
「奥方はどうやらセルディ嬢をとても気に入られたようで、サイロン次期公爵閣下のお見合いパーティーに参加される事になりました。……か」
「なんでそうなったんだ!?」
もはや警備などしている心の余裕もなく、レオネルは頭を抱え込んだ。
「叔母上はセルディ嬢をダムド領に引き入れたいのではないか?」
「あり得ますね。魔石研究所の所長も、私の方から密かに提案した研究テーマについてしつこいくらいに問い合わせが来てますよ。最初に考えたのがセルディ嬢だとバレたらサーニア夫人と同じ事を考えそうです」
「やはり外に出すのは早すぎたんじゃないか……?」
もうしばらく秘密にしていればこんな面倒な事にはならなかったのでは、と考えたレオネルに対し、アレンダークはキッパリと言い切った。
「現在の我が国の財源状況を考えると、使えるものはなんでも使わなければ生き残れませんよ。危うく貧民街が人で溢れるところだったのですから」
「……はぁ、そうだな」
重税によって家屋を手放さざるを得なかった民は数知れず。
貧民街に逃げるように住み始める民が前王弟の時代で一気に増えた。
グレニアンが王になっても、すぐに貧民街の人間に職を与えられる訳じゃない。
それよりも先にやるべきことは山ほどある。
何よりもまず、これ以上貧民街の住人を増やさない事が大切だった。
「急がせた分、セルディ嬢のお陰で新しい産業が生まれそうです」
「それは良い事、なんだけどなぁ……」
ほくほく顔のアレンダークとは反対に、レオネルは苦笑する。
セルディの考えたアイディアは画期的過ぎた。
三種類の魔石を使った新しいエネルギーの生成。
使い切って砂になってしまった魔石を使っての水の浄化や、新しい肥料としての使い道。
果ては武器に魔石を埋め込んで新しい武器を作り出すなど……。
常人の発想とは思えない。
どれも密かに各研究機関に提案してみたら、研究者達はこぞってこのアイディアを出した人物は誰なのかと問い合わせてきた。
砂になった魔石の再利用は半年の間で少なくない成果が出ており、育ちの悪くなってしまっていた畑が元気になってきたと聞く。
セルディのすごいところは、それだけではなく、魔石に頼らない糞尿を土に混ぜ込んで発酵させた新しい肥料の事も考えていたところだ。
糞尿の肥料に関してはやりたがる人間は少ないので、貧民街の住人を雇う事がすでに検討されている。
(アイディアを出せば出すだけ当たるって、あいつは本当に……)
その頭脳にどれだけの付加価値を付けるつもりなのか。
レオネルは自分で本当にセルディを守り切れるのか不安になり始めていた。
「それで、どうするんだ?」
「どうするってなんだ……」
「サイロンがセルディ嬢のような子供を相手にするとは思えないが、結婚を先延ばしにする手段くらいには使うかもしれんぞ」
「ぐぅ……っ」
その可能性はレオネルの頭をすでに過っていた。
「だが、母上が気に入っているのなら、婚約なんぞしたら終わりだと思うが……」
「それは私もそう思う。しかし、叔母上は領地を発展させる事に重きを置く方だ。セルディ嬢さえ引き止める事が出来るのであれば、婚約の解消も了承するのではないか?」
考えてもみなかった事を指摘され、レオネルは言葉に詰まった。
「そうですね。私も夫人はベイガ公爵様の街であるベガに利益が出るのであれば、どちらでも構わないと思っていると思いますよ」
「叔母上は公爵の事を心底愛していらっしゃるからな。ベガの街への愛もひとしおだろう」
「はぁ……、おかげでこっちはいい迷惑だ……」
ベイガを支援するためだけに作られたベガの街。
街の名前が父親の名前から取っていると聞いた時は、その愛の重さに息子でありながらも驚いたレオネルだが、父はそんな母の重さはまったく気にならないらしい。
その愛の重さが、セルディにまで影響をもたらす事になるとは、誤算だった。
セルディは相手がレオネルの母親だから自分の知恵を教えたのだろうが、レオネルは何故か苛立ちが抑えきれないでいた。約束が守られなかったような気になってしまったからかもしれない。
「あの馬鹿、だから俺以外には話すなっつっただろうが……」
ぼそりと呟いたレオネルの言葉を、グレニアンが拾う。
「なんだ、そんな話をしていたのか」
「……セルディはどこか抜けたところがあるからな。自分が持っている知識の価値を理解出来てないところがあんだよ」
「おやおや、お二人の仲がそこまで進展しているとは、知りませんでした」
「ああ? 進展ってなんだよ!」
「無自覚でいらっしゃる」
肩を竦めて自分を見てくるアレンダークに、レオネルは舌打ちをした。
「それで、放っておくのか?」
「なに?」
「お見合いパーティーになんて参加させていいのか?」
「いいもなにも……、俺はここから離れられないだろう……」
グレニアンに苦笑しながら問われるが、レオネルにはどうすることも出来ない。
レオネルは近衛隊長なのだ。
そう簡単に職務を放棄する事なんて出来るはずがない。
「お前の部下達も育ってきたし、最近は身内の結束も固まってきたから、怪しい人間も近づいて来れない。里帰りに行ってもいいんだぞ?」
「だが……」
行きたい気持ちはある。あるが……。
レオネルがどう言葉を返そうか迷っていると、扉の外側が騒がしくなった。
警戒心を露わに立ち上がったレオネルは、剣の柄を握りしめて扉を凝視した。
――ドンドン!!
「お仕事中申し訳ありません! 緊急の連絡です!」
「入れ!!」
慌ただしいノックの音に、グレニアンが声を張る。
入ってきたのは近衛隊の部下ではなく、カザンサ侯爵家を捜査させていた兵の一人だった。
「どうした」
「ハッ、カザンサ侯爵家を調べておりましたところ、三男ブルノーが秘密裏にダムド領方面に向かったとの情報が入りました!!」
「なんだと!?」
レオネルの身体から、一気に殺気が漏れる。
あの馬鹿な男がダムド領に向かった理由など、一つしかない。
「そこまでの馬鹿だったか……」
「成人前の子供に手を出したらただの犯罪者ですよ」
レオネルは奥歯を噛みしめた。
「レオネル、カザンサ領を捜査していた部下を連れて行ってこい。息子の管理不行き届きだ。お前が帰ってくるまでに爵位は長男に譲らせておく」
「長男のフルト様も三男の暴挙にはお怒りになられてましたしね。話を付けておきます」
「……助かる」
レオネルは二人に頭を下げると、部下を連れて駆けだした。
セルディが無事でいる事を祈りながら。




