32.公爵夫人の悩みを聞きます
「まあ、ありがとうございます」
セルディの頷くだけの返事にもサーニア夫人は笑顔で礼を返してくれる。
これがセルディの母親だったら、口できちんと返事をしなさいと怒られているところだ。
セルディはすっかりサーニア夫人に魅了されていた。
「そういえば、息子から聞きましたが、ポンプはフォード子爵がお考えになったとか……」
「は、はい! そうです!」
「あれはとても素晴らしいですね。地下水の汲み上げが楽になり、領民がとても喜びました」
「ありがとうございます!」
フォード領もジュードが家だけではなく、領内の見回りもしてくれるようになってから、広場にポンプを設置した。
たまに行列になってしまって喧嘩も起こるらしいが、ポンプの数を増やすことでそれもだんだんと落ち着いて、ダムド領に来る前にはポンプの使用を待つついでに井戸端会議をしているおばちゃん達も居た。
そんなポンプの成果を領地から離れた地域でも聞く事が出来て、セルディはなんだか誇らしい気持ちになった。
「そこで相談なのですが、そんな素晴らしい物をお考えになったフォード子爵のお知恵を、我が領にもお貸し頂きたいのです」
「えっ!?」
頭が一気に冷えた。
ポンプを作ったのはセルディだ。
父の知恵と言われても、父にはそんな力はない。
(いや、でも、レオネル様のお母様だし、もし力になれなくてもそんな無体な事はしない……よね?)
サーニア夫人は原作には一切出てこない人物だ。
将軍でもあるレオネルの父親のベイガ将軍は王位奪還編で出てくるが、その時も妻は領地に立て籠もっている、という話しかしていなかったはず。
そもそもベガの街も、原作では崩落後の回想シーンでしか見た事がない。
しかし、この状況、なんだか既視感がある。
そう思ってみてみれば、母シンシアと商人のやり取りに似ているような……。
(これ、美人だからってぼーっとしていたら食べられてるヤツでは!?)
セルディはようやく目の前の女性が恐ろしい人かもしれない、という意識を持った。
「ふふ、申し訳ありません。実はあなたを行儀見習いとしてこちらにお呼びしたのも、そういう理由があったのです」
「そ、そうだったんですね」
「そうだわ、セルディさんのお考えも伺っても良いかしら」
冷や汗が垂れる。
実はこの人はもう知恵を出したのがセルディだと知っているのかもしれない。
もはや目の前の人物が、何も言わずにセルディを預かってくれる優しい人には見えなくなっていた。
「私の考え、ですか……?」
「ええ」
「す、少しだけなら……」
なんだかすごく期待されている気がする。
どんな無理難題を問われるのか不安で、セルディの胃はキリキリと痛みを訴え始めていた。
「実はね」
サーニア夫人が語ったのは、現在のダムド領の現状だった。
ダムド領は鉱石や魔石を加工するのが主な産業になっているが、加工するのには大量の火がいる。
しかし、火の魔石を自力で取る事の出来ないこの国では、木材を使って火を作るしかない。
その木材は森のあるカッツェから運ばれてくるが、ベガの街が裕福になればなるほど、木材の需要が増え、木を取っていた森は少しずつ禿山になり始めているというのだ。
「なるほど……」
セルディの頭の中では前世で学んだ産業革命後の森林破壊問題が浮かんでいた。
「他領から持ってこようにも、どうしても運搬費が嵩んでしまって……。何か良い知恵はないかしら?」
サーニア夫人の目がすごく期待に輝いて見える。
(やっぱりレオネル様から何か聞いていたりするのかなぁ……)
聞いているのか聞いていないのかで、セルディの対応は変わるのだが、それを問う訳にもいかない。
建前として、フォード子爵の知恵はないか、と聞かれているのだ。
誤魔化して先延ばしし、その間にレオネルに相談する事も出来るが、返事がくるまでは何日もかかるだろう。
そんなに待ってくれる相手とは思えない。
セルディは迷った末に、レオネルから話を聞いている方に賭けた。
「うーん、植林ってしていますか?」
「植林?」
「はい、あとは間伐とかは……」
「かんばつ?」
自領もそうだったが、やはりここも植林や間伐などの事を知らないらしい。
(まあ、そうよね……。だってこの世界の木って、前世よりも何倍も速い期間で大きくなるもん……)
魔力が関係してくるこの世界は、木は早ければ十年ほどで伐採出来るくらいに育つのだと言う。
だから皆わざわざ植林などしないし、間伐もしない。
だが、それもそもそもの苗木が生えてこなければ意味のない話。
人が生態系を崩してしまった山は、人の手で整えていくしかない。
セルディは苗木を自分達で育てる事、苗木が育つまでは日の光が射せない程育った木から切る事を提案した。
ついでに土のクズ魔石を植木鉢に入れて苗木を育てると、育ちが早くなるかもしれない、という話もしてみた。
「苗木は孤児院や怪我とか子育てとかが理由で働けない人達に育てて貰って、直接買い取るのがいいと思うんですよね。そうしたら新しい保障になるし……」
そこまで言ってから、辺りが静まり返っている事に気づいた。
どうやらいつの間にか自分の世界に入ってしまっていたらしい。
「え、えーっと、こんな事くらいしか思いつかないのですけれど……」
チラリと夫人を窺う。
夫人は顔を少し俯けていて、どんな表情をしているのかはわからない。
余計な事まで言っていたかもしれないと内心焦ったセルディが、慌てて壁際のチエリーに目を向けると、チエリーは驚いた目でセルディを見ているだけだった。
(え、なんでチエリーが驚いてるんだろう?)
何か変な事を言ったのだろうか。
困惑したセルディは、とりあえず夫人の言葉を待とうと、背筋を伸ばした。
そして数秒後。
「……す」
す?
「素晴らしいわ! あなた、ダムド領にお嫁にいらっしゃい!」
顔を上げ、目をキラキラさせた夫人の言葉が、じわじわとセルディの脳に浸透していく。
(およめ? え、嫁? 嫁にいらっしゃいって、え? 誰が? 私が? え? ええええええええ!?)
まさかの展開に、セルディは思考を停止させた。




