30.休息を取ります
門を抜けてから半刻ほど馬車を走らせ、辿り着いた領主館。
ジュードの手を借りて馬車から降りると、その領主館の大きさと優美さにセルディは口をポカンと開けた。
白壁の三階建て、三角屋根は他と同じく煉瓦造りで、屋根裏と思われる場所に付けられた小窓は珍しい円形をしており、ところどころに魔石と思われる石が付けられている。
色が青いため、恐らく水の魔石だろう。火の魔石対策なのだろうと思うが、貴重な魔石を建材にするところにダムド領の財力を感じた。
(我が家とは大違い……)
木造の我が家は火事など起こされたらあっという間に終わりだな。という事を考えて、火事対策の重要性に気づいた。
(そうだ、消火器を作ろう)
前世で使っていたような薬剤を作るのは無理だから、作るとしたら水を噴射するタイプと土を噴射するタイプの二種類で、子供でも持てるくらいの軽さが欲しいところ……。
そこまで考えたところで、肩を強く掴まれた。
「ひぇ!!」
「お嬢様、またぼんやりしておられましたね?」
振り返るとチエリーが呆れた顔でこちらを見ていた。
周りを見渡せば、公爵家の使用人方と思われる人達が玄関前に整列してくれている。
どうも待たせてしまっているようだった。
「ご、ごめんなさい」
「……軽々しく謝るものではありませんが、素直なのはお嬢様の良いところでもありますね。さあ、中に入りましょう」
「はい!」
チエリーに先導され中に入ると、中は外観よりももっとすごかった。
玄関ホールは吹き抜けで、天井にはシャンデリアが輝き、壁に沿うように作られた階段の手すりには一本一本に細かな彫刻がされている。その他の置物や扉、装飾品は、どれもが高級感のある濃い茶色やベージュ、白などで揃えられており、大理石と思われる床を踏むのも恐ろしい。
「セルディ様、ようこそいらっしゃいました」
玄関ホールに居た、執事と思われる男性が左胸に手を添えて、恭しくお辞儀をしてくれる。
ここはチエリーに教わったお辞儀の見せどころだと、セルディは気合いを入れてカーテシーをした。
「お出迎えありがとうございます。今日から少しの間ですが、よろしくお願い致します」
合格点だったのか、顔を上げると執事は優しい微笑を浮かべてくれていた。
「馬車の移動でお疲れでしょう。顔合わせは明日の予定となっておりますので、今日はお部屋でゆっくりとお寛ぎ下さい」
いいのかな、とチエリーを横目で確認すると、小さく顎を引くのが見えた。
申し出を受け入れても良いという合図だ。
「ありがとうございます。そうさせて頂きます」
そしてそのまま割り当てられる部屋へと案内して貰った。
あまりにも多い部屋数に、迷いそうだと汗を垂らしながら着いた先の部屋は、とても行儀見習いに割り当てられたとは思えないくらい広い。
「狭いお部屋で申し訳ありません。行儀見習いという便宜上、客室をご用意する訳には参りませんでしたので……」
部屋は小さなシャンデリアが付けられ、大きな窓からは庭と街並みが一望できる。備え付けられている机や椅子もすごく高そうで、特にベッドなんて足の部分に綺麗なカーブが付けられていて、可愛らしさまである。
セルディは何も言わなかったが、上位貴族の基準の違いに内心で慄いていた。
「護衛の方はこちらの部屋にベッドを運ばせて頂きました。元は物置ですので、窓などはないのですが」
「基本的に寝るだけの場所になるからな、問題ない」
物置、と言われた部屋をジュードの後ろからこっそり見ると、大きなベッドがドンと部屋を占領していて、ちょっと窮屈に見えたが、そこまで狭くはない。いや、むしろ物置にしては広すぎる。セルディの部屋の三分の二くらいの広さはあった。
「では、後程軽食をお持ち致しますので、しばしお寛ぎ下さい」
執事は案内を終えてそう言うと、また丁寧な礼をしてから出て行った。
「ふへぇー……」
セルディはよくわからない緊張状態から解放された気がして、二人掛けの赤いソファに倒れ込んだ。
「お嬢様、きちんと座って下さい」
「もう今日は無理だよー……、馬車でおしりも腰も痛いし……」
チエリーに叱責されても起き上がる元気はない。
王都に行ったときはこれほど疲れなかったのに、なんだか今回はとても疲れた。
「はははっ、こっちの方は街道がまだ整備されてない箇所が多いからなぁ」
「ああ、だから腰がこんなに痛いのね!」
そういえば、ガタつく道が多かった気もする。
「仕方ありませんね……。一度お休みになってはいかがですか?」
「いいの?」
「体調を崩されたら元も子もありません。軽食が届いたらお声をかけさせて頂きます」
「うん……」
セルディはそう言われるとなんだか一気に疲れが来た気がして、チエリーに腰回りのリボンを緩めて貰ってから、のそのそとベッドへと潜り込んだ。
「もし起きなかったら二人で食べてね……」
「そりゃいいや。チエリー、公爵家の高級菓子全部食っちまおうぜ」
「あ、やっぱりダメ! 美味しそうなのはとっといて!」
「……ジュード様、お嬢様をからかうのはおやめください」
チエリーの言葉に、ジュードはカラカラと笑う。
二人の喋り声を子守唄に、セルディはゆっくりと夢の世界に旅立った。
*****
「なんで、こんな……。何があったんだ……」
瓦礫の山を前に、立ち竦む騎士達。
そこにはすでに敵兵の姿もなく、恐らく夜になったために一時戦線を下げたのだと考えられた。
そう簡単に打ち崩されるはずのなかった大きな門が大破し、燃えるはずのない石の街が燃えている。
レオネルは血が出るほどに強く拳を握りこむと、悲しさや怒りが渦巻く感情を抑え込み、後ろの騎士達に指示を出した。
「生存者がいないか探せ! 情報を集めるんだ!」
騎士達は駆けだした。
隊長としての職務のために、家族を探す事の出来ないレオネルを残して。




