16.推しキャラは聞く
「くそっ!!」
グレニアンのいつにない乱暴な言葉に、彼のすぐ後ろに立っていたレオネルはつい目を向けた。
重厚な机の上にある山のような書類を捌きながらグレニアンが唸っている。
即位式からまだひと月ほどしか経っていないというのに、貴族から来るのは要望書の山だ。
誰も彼もが何かと理由を付けて国から金を出させようとする。
だが、国庫は彼らが思っているほど豊富に残ってはいない。むしろ今年は集めた税を上回るほどの出費だ。
こんな状況では、要望書の内容がどれだけ切羽詰まっていても、金を出せるのは厳選された極少人数だけ。
それが不満になっていることはわかっていても、出せないものは出せないのだから仕方がなかった。
「まさか、金の事を心配する日が来るとはな……」
最近のグレニアンの口から出てくるのは溜め息ばかり。
グレニアンもレオネルも、まさか国庫がこれほど危機的状況に陥っているとは思いもしていなかった。
どんなにクズでも、前王弟ジュレアムは王族として育てられた人間だ。国王として国を維持するために最低限のことはしているだろうと思っていた。
だが、恐らくジュレアムは国を続ける気がなかったのだろう。すべてを側妃と宰相任せにし、自身は何もしていなかったようだ。
その任された二人はどうしていたのかと言うと、突然手に入れた富を前にして箍が外れたのか、夜会や散財を繰り返していたらしい。
自分たちに従う貴族にかなりの額の恩賞金を渡したりもしていたらしいし、足りなくなったら税金を上げればいいとでも考えていたのだろう。
政権を取り戻した際に追従していた貴族達は取り潰してある程度の金は回収出来たが、市井に流れたものまで回収することまではできなかった。
あんな馬鹿が宰相だったなんて、とグレニアンは自身の父親の見る目のなさにも今更ながらがっかりした。
こんな状態では国に一大事が起こった時に対処出来ない。
爵位を返上しようとしたフォード子爵を笑えない事態だ。
レオネルの実家である公爵家もグレニアンを助けたい気持ちはあるのだが、今はまだ国境の動きが怪しく、防衛に使う予算を公爵家の自腹で補う事くらいしか出来なかった。
あまり大っぴらに動けば、弱みに付け込んで他国が口を出してくるだろうし、今は予算を削減し、節約に努めるくらいしかできる事が思いつかない。
「叔父が溜めこんだ負の遺産が多すぎるな……」
溜め息と共に吐き出された言葉に、レオネルも眉間に皺を寄せながら頷いた。
建て直すのは容易ではないとはわかっていたが、まさかここまでとは……。
グレニアンとレオネルは、身内の不始末の後片付けに日々追われていた。
そんなどんよりとした重苦しい空気の中、軽いノックの音が部屋へと響く。
「入れ」
「陛下、次はこちらをお願いします」
王の執務室に入ってきた白金の髪に眼鏡をかけた男は、戴冠式後に宰相職へと就任したアレンダーク・ギレン。シルラーンに近い国境を守っているギレン侯爵家の次男である。
アレンダークはまだ年若いが、学院では特に優秀な成績を残して卒業しており、ジュレアムが王を名乗った頃は隣国シルラーンへと留学に行っていたらしい。
グレニアンの即位式前に隣国から戻り、父親と共に王家に忠誠を誓った人物だ。
父親であるギレン侯爵は、あの宰相が就任してから領地に籠った貴族の一人で、ジュレアムの即位式には粛清を懸念してなのか、体調不良を理由に出席しなかったという猛者でもある。
シルラーン国との交渉役を任されていたため、それを理由にその後ものらりくらりとジュレアムからの呼び出しを退け、グレニアンが戻るまで領地と家族を守り抜いた。
もしギレン侯爵が殺されていたら、この国の情勢はもっと厳しいものになっていただろう。
侯爵が生きていると知った時にはグレニアンは心底安堵した。
まぁ、一週間もしないうちに、その安堵は驚愕へと変わったが。
なにせ次に会った時には今まで貯めてきたと思われる書類と共に、水の魔石を三年分用意して欲しい、と言われたのだ。
シルラーン国に売却する予定だった水の魔石をジュレアムが別のどこかに流していた事がその時わかり、大慌てでかき集めはしたものの、そのせいで未だ休むことが出来ない日々が続いている。
ギレン侯爵は強かだが頼もしい人材でもあるので、グレニアンとしては侯爵に宰相を任せるつもりだった。
しかし、水の魔石の取引の件で隣国との関係が不安定のため、侯爵は領地を離れられない。
他にシルラーン国との外交を任せられる人材も居らず、迷っているグレニアンにギレン侯爵が勧めてきたのが侯爵曰く不肖の息子のアレンダークだった。
そんな経緯で宰相になったアレンダークは特にグレニアンに敬意を払う訳でもなく、手にまた分厚い書類の束を持ってきて机の上の書類の山の上に乗せた。
「はぁ……、今度はなんだ?」
「今度のは陳情書ですね。水の魔石の高騰について説明を求められています」
「はぁ……」
グレニアンの溜め息が止まらない。
思わず手を貸したくなってしまうが、レオネルの仕事は王の命を守る事だ。未だ暗殺者が現れる事もあるような状態で職務を放棄することなど出来るはずもない。
「ちょっと良い話もありますよ」
「なんだと?」
「フォード子爵家からです」
「フォード子爵家って、あのフォード子爵家か? まさかもう復興出来たとか言うんじゃないだろうな。あれからまだひと月だぞ」
「復興? なんの話です?」
首を傾げたアレンダークに、グレニアンはセルディの事を話した。
面白い少女が居たと。
(一体あいつは何をやらかしたんだ……?)
レオネルはピタリと壁に背を預け、扉などから侵入者が来ないかを警戒しながらも、話に耳を澄ませる。
「そんな気骨のある令嬢がまだこの国に居たんですね」
「はは、社交界では敬遠されてしまうだろうが、将来が楽しみだろう?」
「確かに。今の我が国にはそういう令嬢も必要だと思います」
「私もあの令嬢には期待している。色々な意味でな……」
ニヤリと笑って背後のレオネルを見つめる顔が憎たらしい。
グレニアンに人をからかう余裕ができたのは喜ばしいことだが、その対象が自分だというのは複雑だ。
レオネルは苦虫を噛み潰したような表情になるのをなんとか堪えた。
「それで、フォード子爵はなんと?」
なるほどと頷くアレンダークの姿を満足げに見ながら、グレニアンはフォード子爵の要件を聞く。
良い話と言うからには、何か資金の目処が付いたと思ったのだろう。
「実は、国で魔石を使わないで水を汲む道具を作ってはどうかと」
魔石を使わないで水を汲む?
レオネルとグレニアンは思いもしなかった案に目を瞬かせた。
この王都で、水は汲むというよりも、魔道具で出す、というのが主流だ。
レオネルの頭には農村などで使われる井戸が頭に浮かぶ。
レオネル自身も遠征のために何度か使用したことはあるが、桶を使って水を引き上げるというのは結構手間がかかるものだ。
騎士としては鍛錬にもなるし面白いとは思うのだが、水の魔石になれてしまっている国民には不評だろう。
レオネルと同じことを思ったのか、グレニアンもあまり乗り気ではなさそうな雰囲気を醸し出している。
「井戸で使う桶でも増やすのか?」
「いえ、手紙にはレバーを上げ下げすれば水が出ると書かれていますね」
「なんだと?」
アレンダークはグレニアンに手紙に書かれていた道具の話を事細かに伝えた。
説明を聞きながらも半信半疑なグレニアンが顎を擦りながら唸る。
「簡単に水が手に入るなら、魔石がない今は確かに需要は高そうだが……」
「はい、水の魔石が不足しているという話を聞いたそうで、自領で作ろうと思っていた機械の設計図を贈呈したいと……」
「贈呈だと?」
話が旨過ぎて逆に怪しい。
グレニアンもそう考えたようで、眉間に皺が寄っている。
しかし、あの実直、堅実を素で行くフォード子爵が詐欺のような事をするとは思えない。
「これは本当にフォード子爵家から来た話なのか?」
「はい。間違いないと思われます。念のため印章は確認しました」
「ふむ……。贈呈する事に関して、何か言ってなかったか?」
「作るのは王都で新しく支店を作ったキャンベル商会だけにして欲しいと言っていますね」
「なるほどな」
キャンベル商会。セルディの母親の実家だ。
レオネルもフォード子爵が意図する事をうっすらとだが理解した。
国が依頼して作られた物は、それだけで箔が付く。
そんな商品を作った商会も注目を集めるだろう。
商品が売れて儲かれば、商会の本店はフォード子爵領にあるのだから、もちろんそっちで払う税金も増える。領地の収入も増えるという訳だ。
「しかし、本当にそんな道具が作れたのか?」
「わかりませんが、かの御仁が嘘を吐くようなお人でないことはこれまでの経歴からも明白。今後水の魔石不足に陥る王都において、水の魔石を使わずに楽に水が汲めるのであれば、脱水症で死ぬ者が減ります」
尤もな話だ。
「一度話を聞きに行く必要があるな」
「それがよろしいかと」
「……レオネル、行ってくれるか?」
「なっ!?」
思わず声を出してグレニアンを見てしまった。
レオネルは唸るように声を出す。
「まさか……俺に、フォード領まで話を聞いて来いと?」
「だってお前、俺の傍で突っ立ってるだけだろう。ちょっと働いて来い」
「おい、誤解を招くような言い方はよせ。俺は働いている」
失礼極まりない。誰が誰の命を守っていると思っているのか。
そんなレオネルの憤りをあっさり無視して、グレニアンは続けた。
「お前以外に誰が行くんだ?」
「文官の仕事だろう……」
「文官ねぇ……、あいつらに金になりそうな情報を渡して、大丈夫だと思うか?」
「ぐっ……」
今、この国はとにかく金がない。
情報を金に替えているヤツも居るだろう。
そういう輩が身内に居るかどうかを判別するのにも時間がかかる。
どう考えても時間が足りない。
レオネルは唸った。
「しかし、まだ危険が去ったわけでは……」
「護衛ならお前の部下でも十分役立つ。俺もしばらく城から出るつもりもない」
決まった場所だけを警護するなら、近衛の信頼できる部下に任せてもいいだろう。
レオネルの歯がゆい気持ちを知ってか知らずか、グレニアンはあっさりとそう言った。
「というわけで、行って来い」
もしかしたら国を救う一助になるかもしれない。
そんな期待のこもった目で命令されれば、レオネルは否とは言えなかった。
「……御意」
「公的には里帰りという事にしておきましょう。ついでに隣国の様子を聞いてきて下さい」
「はぁ、わかった」
アレンダークからも言われてしまえば、もう決定したも同然だ。諦めるしかない。
「今度こそ良い土産話を期待しているぞ」
レオネルは、楽しそうに目を細めるグレニアンを、久しぶりに殴りたくなった。




