41.ヤニクの秘密を知ります
「たぶん、こっち?」
「そうだな。恐らくその窓から中庭に出られるはずだ」
「もう大丈夫っすから、降ろしてくれっす~!」
「うるさい、じっとしてろ」
レオネルの肩から降りようと暴れるヤニクを抱え直し、レオネルとセルディは屋敷の中庭を目指していた。
背中の傷を医者に見せようと言っているのに、ヤニクが頑なに水で流すだけでいいと言い張るからだ。
レオネルもこれだけ元気なら命の危険はないだろうと言うので、本人がそこまで言うなら一度傷口を洗ってちゃんと見てみようという話になったのだ。
「あ、本当だ。多分あれが井戸ですね。さすがレオネル様!」
レオネルが推測した通り、井戸はキッチンがあると思われる側の中庭にあった。
木蓋がされただけの古い井戸だが、蓋を開けてみれば、水は残っており、やや古くなってはいるものの、柱には縄で固定された桶も繋がれている。
屋根も壁もない井戸の周囲は、寒くなってきた季節のこともあって結構寒い。
「もうダムド家のお屋敷に帰ってからでいいじゃないっすかぁ」
「命に関わる怪我だったらどうするのよ!」
セルディもこれだけ元気に喋れるなら問題ないとは思う。思うが、もしもの事を考えるなら怪我の把握はしておくべきだろう。
頑なに譲らない様子のセルディに、レオネルが苦笑した。
「諦めろ。おら、さっさと服を脱げ」
「きゃー! レオネル様のえっちぃー!」
「うるせえ」
レオネルはヤニクを無視し、さっさと服を剥ぎ取った。
セルディのコルセットは血塗れだ。
これはもう捨てるしかないだろう。
セルディは作ってくれたマグガレに心の中で謝罪する。
そんな中、ヤニクの上半身を裸にしたレオネルが訝し気な表情でヤニクの背中を凝視した。
「……血が出てない?」
「だーからもう大丈夫って言ったっす」
「いや、どう考えてもおかしいだろ。水かけるぞ。セルディは下がってろ」
「うわっ、ちょっ、そんな冷たい水……うひぃー!!」
セルディがレオネルの指示通りに少し離れると、レオネルは容赦なくヤニクの背中に水をかけた。
見ているだけで寒い……。
「は?」
「え、なんです? 何かありましたか?」
「いや、ちょっと待て」
レオネルが呆然とヤニクの背中を見つめている。
セルディは近づこうとするが、それはレオネルが片手で制し、今度は血に染まっていない服の一部で背中を拭き始めた。
そんなに力強く拭いて大丈夫なのかと心配するくらい、ゴシゴシ拭いている。
そして、拭き終わったレオネルは眉を寄せた。
「……お前、魔法師だったのか」
「え、魔法師? 魔法師って、魔法師!?」
セルディは驚き、飛び跳ねる勢いでヤニクに近づいた。
レオネルが凝視している背中は、傷一つなく、ナイフで刺された場所も見当たらない。
「傷がない……」
思わずそう呟くと、レオネルは魔法師だからな、と苦笑しながら言った。
意味がわからず首を傾げたセルディを見て、レオネルが説明をしてくれる。
魔力があるモノの方が丈夫なのと一緒で、魔法として使えるくらい体内魔力が多い魔法師はその肉体も丈夫に出来ているらしく、簡単に傷つかなかったり、傷の治りが早かったりするとか。
どうりでレオネルに肩を貫かれた後も余裕の表情をしていた訳だ。
「つまり、ヤニクは魔法が使えるってこと!?」
セルディのテンションは上がった。
魔力という不思議な力がある世界に生まれた事にも興奮したが、魔道具なしでは魔法が使えないのを残念に思っていたのだ。
一度でいいから生の魔法使いを見てみたいと思っていた夢が叶うかもしれない。
目をキラキラさせてヤニクの正面に回り、何か魔法を見せて貰おうと思ったセルディだったが、ヤニクが俯いたまま黙っている事に気が付いた。
「ヤニク?」
「……お嬢サマは、俺の事、怖くないっすか?」
「へ?」
セルディは目を瞬かせる。
確かに怖いとは思っていた、ついこの間までは。
でもそれは悪夢のせいであって、ヤニクのせいではないし、なんだかヤニクが聞きたいのはそういう事じゃない気もする。
セルディの戸惑いに気づいたヤニクは、笑った。
「ほら俺、こんな簡単に傷が治るデショ? みんな気味悪がっちゃってさぁ」
赤子のうちに貧民街に捨てられたヤニクは、貧民街にある孤児院で育てられた。
貧民街にあるような孤児院なんて荒んでいそうな雰囲気があるが、居心地はよかったらしい。
裏でその孤児院を闇ギルドが支援していたというのは加入してから知ったそうだ。
ヤニクが自分が周りと違うと気づいたのは、子供同士の些細な衝突。理由はもう忘れてしまったが、仲間の好きな女の子がヤニクを好きと言ったからとか、そんな理由。
付き飛ばされて出来た掌の裂傷や、膝の傷があっという間に治り、子供達が叫んだ。
『――化け物!!』
その時になってようやく、ヤニクは自分の身体がおかしいと気付いた。
貧民街にいるような大人が、希少な魔法師という職を知っているはずもなく、ヤニクは孤立し、最終的には闇ギルドに拾われる事になった。
そこでようやく自分が魔法師という稀有な才能を持っており、魔法が使える人間だと教えられた。
そして、暗殺という仕事をするようになって、本当に自分は化け物なのかもしれないと思ったとヤニクは言う。
「心臓や頭を一突きにでもしない限り死にそうにないっすもん。化け物ってこういうやつのことを言うんだろうなって思ったんすよねぇ」
顔を上げ、ヘラヘラとした笑みを浮かべて話すヤニクは、どこか自傷じみている気がして、セルディは口を挟めなかった。
それはレオネルも同じだったようで、眉を寄せたままヤニクを見ている。
「……やっぱ、怖いっすか?」
セルディは、自分がヤニクを大きく傷つけていた事に気付いた。
煙に巻いたり、適当な事を言って怒らせたり、誤魔化したり、それらは全て、セルディから拒絶の言葉を聞きたくなかったからだったのだ。
子供の頃に貼られた『化け物』というレッテルが、今もヤニクを苦しめている。
セルディはヤニクの頬を両手で優しく挟んだ。
「私は、ヤニクが死ぬ方が怖い」
「!!」
ヤニクは目を見開いた。
「ヤニクが丈夫な身体で生まれてきてくれて、よかった」
微笑むと、ヤニクがくしゃりと顔を歪め、その目からは一筋の涙が零れ落ちる。
「えっ、あ、ハンカチ……! ハンカチどこ!?」
まさか泣かれるとは思っていなかったセルディが慌てて服を探るが、着ている上着はレオネルのものだし、ハンカチの入ったバッグを持っているのはチエリーだ。
「ぐえ!」
どうしようもない状況に焦っていたところ、ヤニクの目をレオネルが押さえた。
無理やり上を向かされたヤニクが苦しそうな声をあげるが、おかまいなしに抑えつけ、離れる。
ヤニクの目の上に残されたのは紺色のハンカチ……。
「さっさとそれで目を拭いて返せ」
「レオネル様ってば優しくないっす!」
「俺にお前への優しさなんてもんを期待するな」
ハンカチを投げるように返すヤニクと、受け取りながら鼻で笑うレオネル。
軽くなった雰囲気と、打てば響くようなやり取りに、セルディは笑った。
口に出したら怒られそうだから言わないけれど、この二人はなんだかんだいいコンビになるんじゃないか、なんて、そんな事を思いながら。




