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【二部開始】転生令嬢は推しキャラのために…!!  作者: 森ノ宮明
第二部 王都から

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39.前侯爵と対峙します


 馬車の扉が開かれ、そこに現れた人物に、セルディは目を見開いた。


「アウレリアお嬢様、お祖父様がお呼びです」


 使用人の恰好をして、丁寧な口調で微笑んでいるのは、ヤニクだ。


(え、ヤニク? ヤニクだよね? 違う?)


 混乱するくらい、普段のヤニクとも、ニックとも違う。

 だが、ヤニクだとセルディは思った。

 そのセルディの確認するような眼差しに気づいたのか、ヤニクは一瞬だけウインクをした。


(間違いない、ヤニクだ……)


 足運びまで違うのだから、闇ギルド恐るべし。

 知り合いの登場に安堵したこともあり、セルディは先ほどまでの怯えを忘れ、案内をされるままアウレリアと共に屋敷の中へと入った。


 連れて来られたのは、応接室と思われる部屋だ。

 思われる、と付く理由は、その部屋がやけに質素だったから。

 客人を通す部屋は貴族が見栄を張る場所の一つ。

 もしかしたら急遽用意された部屋なのかもしれない。

 部屋にはヤニクの他に、監視を目的と思われる男が二人いる。


「セルディ、ごめんなさい。私が無理やり連れだしたから……」


 アウレリアが突然、青ざめた表情で謝ってきた。

 さすがのアウレリアも、この異様な雰囲気に気づいたようだ。

 セルディはちらりと出入口の扉の横に立っているヤニクを確認した。


「レリア、私は大丈夫よ」


 そして、自分にも言い聞かせるように、そう返す。

 あんなに夢の事でヤニクを怖がっていたはずなのに、今はその存在を頼りにしているなんて、調子がいい。

 でも、どんなに怖いと思っていても、ヤニクを信頼している自分がいる事もわかって、安堵もした。

 これでヤニクに、はっきりと言える。


(私は、ヤニクの事を怖いなんて思ってないってね!)


 前向きな気持ちになれたからか、セルディはノックもなく乱暴に扉が開かれても、怖いとは思わなかった。

 入ってきたのは、高そうな杖を持った白髪の老人。

 老人の後ろには護衛や従僕と思われる男達が四人ほど付いてきていた。

 人数が増えた事で、部屋への圧迫感も増える。

 セルディはそれでも、真っ直ぐ背筋を伸ばした。


「お、お祖父様、驚きましたわ。ノックもせずに入室なさるなんて、いささか乱暴ではなくて……?」

「おお、レリアよ。急いでおったもので、すまぬな」


 アウレリアに祖父と呼ばれたということは、この老人がブルーノ前侯爵。

 ジョーイ祖父と同じくらいの年齢だと思われるが、陽気な老人という雰囲気が身の内から溢れ出るジョーイとは違い、目の前の老人は貴族らしい貴族の様相をしており、何年も上位貴族として活躍してきたのだろう、人を使う事に慣れた雰囲気があった。

 ブルーノは、アウレリアに軽い謝罪をすると、隣に座っているセルディを見た。


「さて、フォード伯爵令嬢。ご足労頂いて申し訳ない」

「……かなり乱暴な手を使われましたね。不敬罪が適用されてもおかしくはないのでは?」

「おや。私としては親切心でしたが、余計なお世話でしたか」

「ええ、とても」


 はっきりと断言する。

 セルディは王家の呪いなんてもの、怖くもなんともない。

 起こってもいない未来に怯える必要なんてないのだから。


「お祖父様……。わたくし、王家の呪いの話を聞いて、セルディをすぐにでも逃がさなければと思ったのですが、セルディは逃げたくないそうなのです」

「ほぉ?」

「それどころか、セルディはレオネル様と一緒に居るために王家の呪いを解きたいと言ってらっしゃるの! わたくし感動してしまって……。協力してあげられればと……」

「……」


 ブルーノはアウレリアの言葉に、少しの沈黙の後、小さく溜め息を吐いた。


「些か素直に育て過ぎたな……」

「お祖父様……?」


 冷たくなったブルーノの声と視線に、アウレリアは戸惑い、固まった。

 この展開を予想していたセルディは、ブルーノの一挙手一投足を見つめ続ける。


「王家の呪いなんぞ、あってもなくても私はどちらでも構わん」

「そ、そんな、あのような悲劇が繰り返されているのだとしたら、これ以上の被害者が出ないようにするべきでは……」

「私には関係ないだろう?」


 ブルーノは嗤った。


「もはやカザンサ侯爵家からも排除された身だ。この先の事なんぞ、知った事ではない」

「では……、何故わたくしにあんな話を……」


 アウレリアの瞳が、小刻みに揺れている。

 信じたくない気持ちが、その瞳と震える手から伝わってきた。

 セルディは、アウレリアの衝撃が少しでも少なくなるようにと祈りながら、ただその手を握りしめてあげることしか出来ない。

 そんな孫の心境すらも知った事ではないと、ブルーノは吐き捨てるように言った。


「あの男の孫が、王族として成り上がる姿を見たくないだけだ」


 セルディは目を閉じた。

 ヤニクの情報は、正しかったのだ。

 ブルーノは、ジョーイ祖父への個人的な感情でこんな事をしでかした。

 この騒動で家門や家族がどんな処罰を受けるかなんて、すでに切り捨てられた身からすればどうでもよかったのだろう。


「どうして、そこまで私の祖父を恨むのですか? あなたの領地から移住したから? でもそれは私の母のために仕方なく……」

「違う! あんな男、私の領地には必要なかった!」


 セルディの言葉を遮り、吠えるように叫ぶブルーノの目は、どこか狂気じみている。


「私は、すべての道を決められ、自身のすべてを、カザンサ侯爵家に捧げるようにと教育されてきた……。そこに、突然あの男が現れたのだ……」


 自虐とも思えるような声音で、ブルーノは話す。

 商人の息子だった訳でもないのに、一代で平民の商人としては破格の富を築き上げ、侯爵家に顔を出せるようにまでなったジョーイ祖父。

 その生き方は自由で、なんの縛りもなく、敷かれた道を歩くしかなかったブルーノには眩しくも妬ましくもあった。

 ジョーイ祖父はブルーノが見たこともないような場所まで商売の伝手を広げ、その土産話を聞いているうちに、ブルーノは自分もやってみたいと思うようになったようだ。

 しかし、侯爵家の当主が商人の真似事などさせて貰えるはずもなく、ブルーノは侯爵家の関連事業を成長させる道を選ぶ。

 金を稼ぐことで、ブルーノはジョーイ祖父と肩を並べられる気がしたのかもしれない。

 だが、ジョーイ祖父がフォード領へと移住することになった事で、ブルーノとの縁は切れることになる。


「あの時は、没落貴族の援助のためにカザンサ領で稼いだ金のほとんどを手放すなんて、馬鹿な男だと思ったよ」


 皮肉そうな笑みの中には、哀しみも見えた。

 セルディは侯爵家が金を稼ぐ領民を手放したくないだけのために、高額な移住許可料を求めたのだとばかり思っていたのだが、実際には、ブルーノがただジョーイ祖父を引き止めたかっただけなのかもしれないと、そう思った。

 ブルノーとセルディの婚約話も、この話を聞いた後ではジョーイ祖父との繋ぎのためだったのかもしれないとも思う。


(この人、ジョーイお祖父様にすごく憧れてたんだなぁ……)


 もうセルディには、目の前の老人がただの拗らせた男にしか見えない。


「気付けば私はカザンサ侯爵家から追い出され、別邸で無為に過ごすだけの日々を送っている。アイツはシルラーン国でまた成り上がっているというのに……」


 ブルーノは自嘲した笑みを浮かべ、じわじわと、妬みの感情が憎しみへと変わっていく。


「今では王族の身内だと? ふざけるな! 何故アイツは私を軽々と越えていくんだ!」


 ブルーノは不器用な男だ。

 ジョーイ祖父に憧れて金儲けに走った末、家族を大切に出来ず、上を目指していたはずが気付けば地に落とされ、一方ジョーイはブルーノの遥か先を歩いていた。

 何もかもを無くしてしまったブルーノは、ジョーイ祖父を自分と同じ土俵に引きずり下ろしたかったのだろう。

 だから、王族の呪いなんていう話を持ち出して、セルディに王族への恐怖を植え付けようとしたのだ。


(ま、推しへの愛は呪いなんかには負けませんけど!)


 内心胸を張りながら、セルディは立ち上がった。


「今のあなたでは私の祖父には一生勝てません」

「……なんだと?」

「ジョーイお祖父様は、シルラーン国に旅行中に王弟の内乱が起きたため、手持ちの資金がほとんどない状態でかの国に取り残されました。ご存じですか?」

「……」


 知らなかったのだろう。

 ブルーノは目を見開いた。

 身内でも話を聞くまで知らなかったのだから、当たり前だ。


「今でこそシルラーン国にキャンベル支店を建てられましたが、ジョーイお祖父様は最初は道端に布を敷き、そこに座って物を売る露店商から始められたのです。貴族としての生活しか知らないあなたに、それが出来ますか?」

「……っ!?」


 カザンサ侯爵家の歴史は長く、街道は綺麗に舗装されている。

 よほどの田舎でなければ地面で物を売るような露店商など見れないだろう。

 ブルーノはまさかジョーイ祖父がそこまでの事をしていたとは知らなかったようで、ただ驚きに固まっている。


「あなたが勝てない理由がわかりましたか?」


 ブルーノはジョーイ祖父を蹴落とそうとするのではなく、また一から始めるべきだったのだ。

 諦める前に、もがくべきだった。

 それから――。


「……素直に謝罪をすれば、ジョーイお祖父様は許して下さいますよ」


 そんなセルディの言葉に、ブルーノは顔を俯けた。

 セルディにはその姿が、なんだか泣いているようにも見え、どうにもブルーノを憎めそうにないと思った。


「セルディのお祖父様は、すごいお方なのですね……」

「ええ、私のお祖父様はすごい方なのです」


 アウレリアも空気が和らいだ気配を感じたのか、まだ固い表情のまま微笑んだ。

 祖父に利用されたという事実は消えないが、どうか見捨てないであげて欲しいとも思う。


(まぁ、アウレリアなら今の話を聞いたら許しちゃうだろうけど)


 とても優しい子だから。

 セルディはアウレリアを慰めるように頭を撫でた。

 アウレリアはその手に驚くと、照れてはにかんだ笑みを浮かべる。


(しょうがない、今回の事は私が華麗な土下座を披露してレオネル様に許して貰いましょう)


 どうレオネルに許して貰うか、そんな算段を考え始めた時――。


「危ない!!」


 そんな言葉と共に、誰かがセルディに覆い被さった。


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