38.推しキャラは走る
古書店のある路地裏から出れば、そこはシェノバ通り。
ここは大きな通りだが、店先でもないこの場所に馬車を留めおくのはさすがに邪魔だろう。
レオネルはダムド家の家門の付いた馬車に近づき、馬の面倒をみているクリストフと、馬車の護衛をしているラムに声をかけた。
「クリフ、悪いが少しの間この辺りを流しててくれないか? ラムはこっちの護衛に回ってくれ」
「了解しました」
「はい、わかりました。どのくらいの時間にしましょう」
ラムが敬礼をし、クリストフは馬の首を撫でて頷く。
レオネルは少し悩んだ後、口を開いた。
「そうだな……。半刻後にまたここに……」
「……レ…………様!!」
悲鳴ような声が聞こえた瞬間、レオネルは瞬時に踵を返し、路地裏へと駆け戻った。
少しの間だった。
三分もない距離、離れていただけ。
古書店に関しては事前に念入りに調べていた。
特になんの変哲もない店である事は間違いない。
貴族の後ろ盾があるわけでもなかった。
店主とも話をしたが、本の収集家である店主が集めた品を自分で写本し、それらを売っているだけの善良な店だった。
店自体も不自然なところがないか調べ、準備は万端に整えていた――はずだった。
「セルディ!!」
レオネルがこじ開けるように店に入れば、そこには謝りながらチエリーを必死で掴んでいる女が居た。
「レオネル様! お嬢様が! カザンサ侯爵令嬢と奥に!!」
「わかった……!」
「ああ! 待って! ダメ、行かないで!!」
チエリーの言葉に、二人を押しのけて店の奥へ向かおうとしたレオネルだったが、それをチエリーにしがみついたままの女が阻んだ。
女はなりふり構わずにレオネルの外套までも掴み、奥へ行かせまいと妨害してくる。
(クソっ! 通路が狭すぎる!)
レオネルが苛立ちながら無理やり女の手から逃れると、後を追いかけてきたラムの姿を見つけ、叫んだ。
「ラム! ここは任せた!」
ラムはすぐに状況を把握し、チエリーにしがみついたままの女に手を伸ばす。
レオネルは先を見届ける前に奥へと進んだ。
周囲にあるのは本だけ。
セルディの姿は見つからない。
「んんーー!!」
そこに、くぐもった声が聞こえてきた。
レオネルがその声の元へたどり着くと、本の山の間に居たのは縛られた老齢の店主。
レオネルはやや強引に彼の猿ぐつわを解いた。
「店主、ここに少女が来なかったか!」
「う、裏口! 裏口から出て行っちまった!」
「裏口?」
そんなものは見ていない。
レオネルが眉間に皺を寄せると、店主が続けて言った。
「そこの本棚だ!」
「は?! んでそんなとこに裏口なんて作ってんだよ!」
苛立ち紛れに店主が顎で指し示した本棚へと近づく。
すると、そこは確かに他の本棚とは違ってやや浮いており、本棚ごと開け閉め出来るようになっていた。
「こんなもんわかるか!」
レオネルはこめかみに血管を浮かせながら外へと出る。
扉は細い路地に繋がっており、馬車一台くらいなら通れそうな幅があった。
すでにそこには誰もいない。
「クソがッ!!」
そこら辺の壁を殴り壊したい気持ちになりながら、レオネルは必死で考える。
あの侍女を尋問している時間があるか、この道がどこに繋がっているのか……。
そして少しの間考え込んでいると、鳥の羽音が聞こえてきた。
レオネルが勢いよく顔を上げる。
そして、一匹の烏がレオネルの肩に乗った。
「お前は……」
その烏の足にはいつものように手紙が括り付けられている。
レオネルは奥歯を噛み締めながらその手紙を抜き取り、中を見た。
小さな紙には地図が書かれている。
この地図の星のマークが付けられた場所に、セルディが連れていかれたのだろう。
ご丁寧に徒歩での最短ルートまで書かれている。
レオネルは呻いた。
「あんのクソ野郎……ッ!」
ここまでわかっていたという事は、セルディが誘拐される事を事前に把握していたということになる。
影の護衛としては間違った行動ではないとわかっていても、レオネルの苛立ちは抑えきれない。
そこには、守れなかった自分自身への怒りもあった。
だが、この手紙が送られてくるということは、ヤニクがきちんとセルディを守っているという証でもある。
レオネルは冷静になろうと大きく深呼吸した後、足早に古書店の中へと戻った。
店主の縄を解いてから店を出ると、店の前には女を拘束したラムとチエリーがいた。
「お嬢様は!?」
「どうやら連れ去られたらしい」
「そんなっ!!」
「大丈夫だ、護衛はついてる」
ショックを受けるチエリーを宥め、レオネルは拘束されながら泣いている女を馬車に放り込んだ。
そのままチエリーにはクリストフと共にダムド家のタウンハウスに戻るように言う。
「わ、私も一緒に行かせて下さい!」
「ダメだ。足手まといになる」
チエリーは、レオネルの言葉に悔しそうに唇を噛み締めた。
目の前でセルディを誘拐されたのだ、責任を感じるのも無理はない。
「敵が何人居るかもわからん。チエリーとクリフはうちの騎士達にその女の尋問と、応援を頼んできてくれ」
「……承知致しました」
いかにも渋々と言わんばかりだが、チエリーも自身の役割はわかっている。
大きく息を吸い込むと、すぐにクリフと共に御者台へと乗り込んだ。
「ラム、この場所はわかるか?」
「……ここは、富豪だった商人の家主が妻に殺された屋敷ですね。買い手が付かず、長く空き家になっていた場所です」
「あそこか……」
ラムの言葉に、レオネルもすぐに思い出した。
王都でもそれなりに大きな屋敷だと言うのに、殺された家主の亡霊が出ると噂が立っていた。
どうやらその屋敷はブルーノが購入したようだ。
「はっ、あの爺、残った個人資産で大きな買い物をしたようだな……」
「私も場所がわかりました。すぐに応援を頼んできます」
「頼んだぞ」
話を聞いていたクリストフも場所がわかったのだろう、頷くとすぐに馬車を走らせた。
ラムと共に馬車を見送ると、レオネルはラムと示し合わせたように走り出す。
(バーニーも連れてくるべきだったな……)
走りながら、レオネルはそう考える自分に苦笑した。
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