37.王家の呪いを知ります
アウレリアは身体を震わせながら、ゆっくりと話し出した。
カザンサ侯爵家のタウンハウスで『王家の呪い』という本を見つけた事。
一見恋愛小説にも思えたその話を読んでみれば、その内容があまりにも気味が悪かった事。
本当に王家の呪いなんてものがあるのなら、セルディが危ないと思った事。
フェルミエ伯爵家のお茶会でセルディの話を聞き、『王家の呪い』を創作物だと思い直した事。
「でも、お祖父様が……」
「お祖父様って、ブルーノ前侯爵の事?」
「ええ。最近はブルノー叔父様の事もあって別邸に行ってらしたのだけれど、三日前にわたくしのお顔を見にタウンハウスへ来て下さったの」
口調からは祖父の訪問の喜びが感じられる。
ブルーノ前侯爵はアウレリアにとって良い祖父なのだろう。
(まぁ、私にとってはかなりお騒がせな人だけど……)
無理矢理婚約をさせられそうになったことを思い出し、セルディは少し眉を顰める。
そんなセルディの様子には気付かないまま、アウレリアは話を続けた。
「セルディは知っているかしら。カザンサ侯爵家はアデルトハイム王国が建国された時から貴族の一門に名を連ねる古い家ですのよ」
「ああ、確か、王都へ続く街道整備を頼まれたのよね」
「そうなのです。街道の安全を守るため、侯爵という爵位を授けられたと聞いているわ」
アウレリアの表情にはカザンサ侯爵家に対する誇りが感じられる。
しかし、その表情はすぐに暗くなった。
「もしかしたら、って思いましたの。もしかしたら、お祖父様は王家の呪いに関して何か知っているかもしれないと……」
アウレリアはブルーノ前侯爵に聞いてみたのだそうだ。
すると、ブルーノ前侯爵は当主だけが見る事を許されるという家系図をアウレリアにこっそり見せてくれたのだという。
「そこには、王家の呪いの中に登場した王族の名前がありました……」
「それで怖くなったの?」
急に現実味を帯びた話に怖くなったのかと思った。
だが、アウレリアは首を横に振る。
「本の中だけではなかったのです」
アウレリアは、幾人もの王族が恋のために行った残虐な過去を、王家の家系図を見せられながら祖父から聞かされたのだという。
「三代前の国王陛下も、相手が又従姉妹という事で血が濃くなる事を恐れた当時の陛下と揉め、無理に王位を奪ったと……」
アウレリアの話を聞き、セルディの脳裏にはニーニアの姿が思い出された。
最後に見た、背筋が凍るような、暗く淀んだ眼差し……。
あのレオネルへの歪んだ恋心と執着心は、確かに呪いと言っても過言ではないものだった気がする。
グレニアン戦記でも、王弟の内乱が起きた原因は王妃への横恋慕だと書かれていた。
しかし、呪いなんてもの、本当にあるのだろうか。
セルディは唸る。
魔石という不思議な石がある以上、ファンタジーとしてそんなものも存在するのかもしれないが、それにしては意味のわからない呪いだ。
恋が普通に成就してしまえば、恋人としては一生自分だけを見つめてくれるのだから、呪いとは言い難いし、呪いというからには呪った人間がいるはずなのに、そんな話は一切出てこない。
だが、呪いではない、というには恋に振り回されて不幸になる王族が多いのも事実。
王族の数が一桁まで減った現状を考えれば、確かに呪いと言えなくもない……。
呪った人間はここまで考えて呪いをかけたのだろうか。
(……まさか、ね)
もしそうだとしたら、確かに恐ろしい呪いだ。
「セルディ、あなたは大丈夫ですの?」
「へ?」
呪いに対して考察をしていたセルディは、アウレリアの言葉に目を瞬かせた。
「もしかしたらセルディも、酷い目に合うかもしれませんのよ……?」
「レリア、前も言ったけど、レオネル様なら……」
「レオネル様だけではなく!」
アウレリアはセルディの言葉を強く遮って続ける。
「他の王族が、あなたに恋をした場合のことを、考えて欲しいのです」
目から鱗が落ちた。
セルディは生まれてこの方、モテた事なんて一度もない。
前世もブサイクとまでは言わないが、平凡な容姿で、告白された事がないとは言わないが、一人か二人。しかも学生時代の話で、結局付き合う事はなかったし、大人になってからはオタ活優先で恋愛のれの字もない生活を送っていた。
そんな自分が、他の王族に惚れられるかも、なんて事、考えられない。
「もしかしたら、セルディに他に好きな殿方が出来るかもしれませんわ」
「それはない!」
セルディは即答した。
今度はアウレリアが目をパチパチと瞬かせる。
「……もし本当にそんな呪いがあるのなら、私はレオネル様のためにも、その呪いを解いてあげたいな」
「呪いを、解く……?」
「うん。そしたら王族の人達もこれ以上苦しまずに済むでしょう?」
セルディはグレニアン戦記の中で、グレニアンに殺された前王弟の事を思い出す。
彼を悪だと思っていた。
殺されても仕方がない男だと思った。
でもそうなってしまった原因に、呪いなんていう不確かな関わっているのだとしたら、なんて悲しい話なのだろうと思う。
「ほら、それに、もし私とレオネル様に、こ、子供とか、出来たら……。その子も王家の呪いとやらを引き継ぐかもしれないでしょ?」
まだ成人にもなっていないのに、子供が出来る話をするのは少し恥ずかしい。
頬を赤らめながらセルディの言葉に、アウレリアは口をポカンと開けていた。
「セルディは、怖く、ないのですか……?」
「うーん、現実味がないからかもしれないけど、今は怖くない、かな」
ヤンデレに好かれた経験もないし。
「それよりもレオネル様とずっと一緒にいるために、努力したいと思ってるの」
だから、高位貴族用のマナー訓練がどんなに大変でも頑張れている。
推しと恋人になれたなんて奇跡、もう一度生まれ変わったとしても起きるとは思えない。
この幸福を永遠にするために努力が必要と言うのなら、セルディはどんなに辛くても頑張りたい。
そんなセルディの決意表明を聞いたアウレリアは、何度か目を瞬かせた後で微笑んだ。
「……わたくしがしようとしていたことは、余計なお世話というものでしたのね」
「レリアが私を大事な友達だと思ってくれていることがわかって嬉しかったよ」
「わたくしの趣味に深く共感してくれたのは、セルディが初めてでしたの。……これからもお友達でいられるかしら」
泣きそうな顔でアウレリアが微笑む。
セルディはアウレリアの手を両手で握った。
「大丈夫、レオネル様には私からちゃんと話すから。それよりもこの馬車は一体どこに向かって――」
セルディの問いにアウレリアが答える前に、馬車が止まる。
アウレリアは馬車が止まった瞬間、背後の窓に掛けられたカーテンを捲った。
どこかの邸の中のようだ。
「カザンサ侯爵家のタウンハウス?」
セルディが暢気に声をかける。
振り返ったアウレリアは少し考え込んだ後、首を横に振った。
「いいえ、こんなお屋敷、今まで来た事などございませんわ……」
「えっ……」
「お祖父様が手配したのかしら……」
アウレリアの言葉に、セルディは再びヤニクの言葉を思い出す。
『まさか、ブルノーの事で私を恨んで……?』
『うーん、というより、ジョーイ・キャンベルを恨んでるみたいっす』
マズイ。
そうは思っても、逃げ出すには遅すぎる。
セルディはただゆっくりと開かれる馬車の扉を見る事しかできなかった。




