35.仲直りします
(昨日の私は子供っぽかったかも……)
マナーの勉強を終えた後、セルディは部屋でソファに座り、一人反省会をしていた。
チエリーはいつも通り壁際に立っているが、セルディの奇行に慣れている事もあり、特に何かを言う気配はない。
顔を見れば何か言いたげな表情をしている可能性もあるけれど、セルディは敢えてチエリーの顔を見ようとはしなかった。
今は存分に反省をさせて欲しい。
セルディは自分の両頬を一度パシッと叩いた。
(レオネル様が優しいからって、推しを無視するなんて不敬でしょ、私!!)
自分の要求が通らなかったからという理由でレオネルを無視するなんて、去年の自分が見たら卒倒するだろう。
セルディは最近レオネルに甘えすぎている自分を自覚して落ち込んだ。
(ううう、無視しても話しかけ続けてくれたレオネル様は本当に優しい……)
あの後、レオネルはツーンとそっぽを向くセルディに、自分の分のデザートまで渡そうとしてくれたのだ。
それでも意地を張ったセルディはその優しさを受け止める事が出来なかった。
しかし、一晩寝てしまえば、どうしてあんな事をしたのかと後悔の念が押し寄せてきた。
思い返せばヤニクにだって都合があるだろうし、お茶会の日以降に顔を見ていないので、また秘密の任務を受けている可能性だってある。
何度頼んでもただダメだとしか言われなかったとはいえ、ムキになってはいけなかった。
(私のばかばか!)
自分の子供っぽい行いが恥ずかしかったとはいえ、お見送りをしなかった事もセルディの罪悪感に拍車をかける。
さらにはジャーノンにレオネルがセルディを気にしていたことを教えられ、今一人反省会をしているという訳だ。
このままではヤニクの時と同じく、ズルズルと引き伸ばされて謝れなくなってしまう。
セルディはもう間違いは犯さない、と気合を入れる。
(お出迎えは、ちゃんとしよう……)
セルディはそう決意すると、ようやく真っ直ぐ背筋を伸ばした。
「終わりましたか?」
チエリーが落ち着いたセルディの様子を見て、声をかけてきた。
顔を向ければ、その手にあるのは十枚くらいの手紙……。
「それは?」
セルディが首を傾げると、チエリーは手紙を机の上に並べた。
「お嬢様が社交を始められたと知った方々からのお誘いのお手紙です」
「わぁ……」
知った名前もあれば、知らない名前もある。
王族の婚約者と仲良くしておきたいという派閥からの手紙だろう。
「えっと、これに返事を書くの?」
「はい。ですが、その前に貴族の思惑を知って頂こうかと思いまして。これも勉強の一つです」
「思惑……」
チエリーが言うには、様々な思惑が絡んでくるだろうから、今のセルディがすべてを判断することはしない方がいいという事だった。
封を開けるのもまずはチエリーなど使用人にさせるようにと。
「手紙に毒が塗られている可能性もありますから」
「毒ぅ!?」
思ったよりも恐ろしい話だった。
「え、それならチエリー達も開けたらダメでしょ」
「大丈夫です。私達は開ける前にこのような皮手袋を嵌めますので」
「なるほど……?」
見せてくれた黒の皮手袋は、確かに丈夫そうだ。
チエリーはその手袋を嵌めると、ペーパーナイフを使って手紙を綺麗に開けていく。
フォード家で父母がそんな対応をしている姿を見た事がないが、これは貴族の常識なのか、それとも高位貴族だからなのか……。
チエリーはすべての封筒を開けると、一つ一つ手紙を取り出し、中の紙だけを封筒の上に置いた。
「お嬢様、宛名の確認をお願い致します」
「は、はい」
毒なんて話を聞いたからか、ドキドキしながら封筒と手紙を確認する。
「えっと、これはレリアから……。これはヴァレリー様、こっちはマルレーヌ様……。あ、これはフォーナット様だわ」
早速送ってきたらしいフォーナットからの手紙は、他の手紙とは違い、かなり分厚い。
気になって少し内容を確認すると、時候の挨拶もなく、すべて魔石の研究結果の話だった。
「これは……、最後にしよう……」
フォーナットの手紙を遠ざけ、残りを確認したが、あとは交流のない家名ばかり。
内容も一度ご挨拶を、というものがほとんどだ。
変わり種としては、珍しい茶葉が手に入ったので送らせて頂きたい、というのもあったが、茶葉を持ってきてそのまま上がりこむつもりだろう、と言われてしまうと怖くて了承など出来そうにない。
「こちらはカッツェ辺境伯の縁戚筋の家です。親族となるお嬢様の人となりの確認がしたいのでしょう。こちらの手紙には末端王族の方の名前がありますので、対応はレオネル様に任せた方がよさそうです」
「末端王族?」
「過去に王家の方が嫁がれたお家ですが、すでに継承権はありません。今では権威も低くなっていらっしゃるので、直系王族と縁を結びたいのでしょう。お嬢様からお断りすると角が立つ可能性がありますので……」
セルディは頷き、手紙を封筒に戻す。
そのままセルディの友達と、レオネルに確認を取る手紙で仕分けをした。
「これでよし、と」
「それでは、あとはご友人の方の手紙の返事を致しましょう」
「はーい!」
セルディはウキウキと友人達の手紙に手を伸ばした。
***
「レオネル様……、おかえりなさい……」
そして夕方。
いつもより少し遅く帰ってきたレオネルを、セルディは俯きながら出迎えた。
気合を入れはしたものの、レオネルがどんな表情をしているのか、少し怖くなってしまったのもある。
怒る姿は想像できないが、呆れたり、困ったりはしていそうだと思ったのだ。
そんな俯くセルディの頭に、大きな手が乗った。
「……セルディ、ただいま。夕食は食べたか?」
「……まだ、です」
「そうか、じゃあ今日も一緒に食べられるな」
声音は優しかった。
どこかホッとしているようでもある。
セルディが恐る恐る顔をあげると、レオネルの目は優しく、暖かかった。
その眼差しの暖かさに、勇気が出る。
「レオネル様、昨日は、ごめんなさい……」
言えた……。
セルディはやりきった感で胸がいっぱいになった。
肩の力も抜け、安堵の息が漏れる。
しかし、気にしなくていい、といつもなら言ってくれそうなレオネルの返事はない。
セルディは少し不安になった。
「お前達、出迎えはもういいから、仕事に戻ってくれ」
「かしこまりました」
珍しくレオネルが周囲の使用人たちに声を掛けて解散させる。
従僕のジャーノンにも上着だけ渡して下がるように言うのだから、二人で話したい事があるのだろう。
ある程度人がいなくなるとレオネルは真剣な顔でセルディを見た。
セルディは何を話されるのかわからず、困惑しながらレオネルの言葉を待つ。
あまりにも長い沈黙に、まさか婚約解消か、というところまで考えていると、レオネルが重い口を開いた。
「ヤニクには別任務が割り当てられた」
「え?」
思いもよらなかった話に、セルディは婚約解消じゃなくてよかった、という安堵と、ヤニクが今傍にいない、という事実にショックを受ける自分の気持ちを自覚して、混乱した。
「……だから、昨日ダメだって言ってたんですね」
セルディがしょんぼりと項垂れる。
レオネルはそんなセルディを抱き上げた。
久しぶりの縦抱きだ。
セルディはびっくりしながらレオネルの首にしがみついた。
「……悪い」
不器用な謝罪の言葉。
それは、詳しい話を出来なくてごめんって事なのだろうか。
セルディは苦笑した。
「仕方ないですね」
「……三日後に休みが取れたんだが、一緒に出掛けるか?」
「え、いいんですか?」
まだ色々とゴタついているから、あまり出掛けないようにと言われていたのに。
セルディが目を瞬かせると、レオネルは微笑んだ。
「俺が一緒なら大丈夫だろ?」
その言葉に、セルディはじわじわと喜びが溢れるのを感じた。
「じゃ、じゃあ! レリアが教えてくれた古書店に行きたいです!」
「あそこか……、わかった」
「あと! いつもお世話になってるタウンハウスのみんなに贈り物もしたくて!」
「ああ、いいんじゃないか?」
「それから!」
興奮しながら話すセルディを抱き上げたまま、レオネルは食堂へ向かって歩き出した。
セルディはその振動を心地よく感じながら、やりたいことをレオネルに告げていく。
(そうだ、ヤニクの分も買って、賄賂として渡そう!)
セルディのトラウマ克服に協力させるのだ。
今度こそ逃がさないぞ、と考えてにやけるセルディを、レオネルは優しい笑みで見守ってくれている。
(……レオネル様にも何かプレゼントしたいなぁ)
貰ってばかりだから、たまには自分からも何かお返しをしたい。
レオネルは何をプレゼントしたら喜んでくれるだろうか、そんな事を考えながら、セルディはレオネルと共に食堂へと向かった。




