32.夢を思い返します
(はぁ、またやってしまった……)
お茶会からダムド家のタウンハウスに戻ったセルディは、少しでも一人になりたくて、チエリーにお茶の準備をしに行ってもらった。
一人になった途端、大きな溜め息を吐く。
ヤニクの雰囲気が少し変わっただけであんなにも怖く感じるとは思わなかった。
いつものヤニクに対しては恐怖を微塵も感じなかったので油断していた。
(雰囲気、変わりすぎでしょ!)
今はセルディの影の護衛を担当しているとはいえ、闇ギルドの人間だったのだからあんな顔を持っていてもおかしくはない。
問題は、その雰囲気があまりにも夢の内容と酷似していた事だ。
「そもそも、なんであんな夢を見たんだろう……」
あんな夢を見たこと自体が初めてで考えもしなかったが、よく考えたらおかしい。
きっかけは恐らく前世の夢だろう。
だが、前世の夢は今までも何度も見ていた。
些細な日常の夢から、遠足などの楽しかった思い出の夢まで、内容は多種多様だ。
それらの夢は、前世をもう一度体験しているんじゃないかと思うくらい、詳細なものが多かった。
それが変わったきっかけは……。
「私が、前世の私から離れた……?」
思い出すのは、お風呂に向かう『前世の自分』を見送った夢。
その後は、セルディとして目を覚ましたはずが、気付いたらグレニアン戦記の侵攻編の始まりのようにフォード領が燃え、ヤニクのような暗殺者に両親が殺された夢に変わってしまっていた。
そういえば、少し前まで繰り返し見ていた前世の夢も、あの悪夢から一切見ていない。
「……もう前世に頼るなって事、なのかな」
前世の知識に助けられてフォード領は発展し、アデルトハイム王国の内乱編もなくなった。
神様というものがいるとしたら、異世界の知識を使って好き放題していたセルディに苦言を呈していてもおかしくはない。
あとは自分の力でなんとかしなさい。
前世の自分がお風呂に行くのを見送った時、そう言われたのかもしれない。
「じゃあ、あの後の夢は、これから起きる危機……?」
鳥肌が立った。
そんな訳がない、考えすぎだ。
だって、そんな言葉は言われてないし、神様なんて見た事もない。
あれはただの悪夢。
侵攻編の事を考えすぎたから、見てしまっただけ。
セルディはそう自分に言い聞かせる。
(だって、あれが予知夢だって言うなら……)
フォード領は燃え、両親は殺され、もしかしたらヤニクが……。
(そんな訳ない!)
セルディは嫌な考えを振り払うように頭を左右に振った。
あの黒づくめの男が、ヤニクだという確証はないし、信憑性のない夢の話だ。
(……考えすぎるのは、もうやめよう)
セルディはまずはヤニクへの恐怖を克服しようと考えた。
そうして思い出すのは、チエリーが教えてくれたトラウマ克服法。
(……私、やるわ!)
気合を入れて、拳を握る。
闘志を燃やしたセルディは、そのまま勢いよく拳を前に突き出した。
「……お嬢様?」
「あ」
そこを、チエリーに目撃された。
セルディは慌てて拳を下ろすと、その手を後ろに隠し、誤魔化すように笑う。
「あはは、チエリーはいつからそこに……」
「少し前です。ノックのお返事がないので心配致しました」
「ごめんなさい……」
どうやら考えすぎて周囲の音が聞こえなくなっていたらしい。セルディの悪い癖だ。
セルディはチエリーの何をしていたのか問いかけるような視線から逃れるべく、静かにソファに座った。
チエリーはセルディが話す気がない事がわかったのか、黙々とお茶の準備をしてくれる。
そして一杯の紅茶をテーブルに置くと、執事からの伝言を教えてくれた。
「お嬢様、レオネル様が今日の夕食はご一緒できそうだとご連絡があったようです」
「本当!?」
タイミングがいい。これでヤニクの事をレオネルに相談できる。
セルディは早く夕食の時間にならないかな、と暖かい紅茶を飲みながら考えていた。
***
レオネルは夕食の時間より少し前に帰宅した。
外套を脱いで現れる近衛の隊服。
セルディはこの姿のレオネルを至近距離で見られる事に毎日幸せを感じていた。
「レオネル様、おかえりなさい!」
「セルディ、ただいま」
玄関で使用人達と共にレオネルを出迎え、軽い抱擁をし、頬と頬を合わせる。
この国で家族がよくする挨拶の一つだ。
レオネルとは婚約者になってから始まった挨拶だが、セルディはこの挨拶をする時は面映ゆい気持ちが出てしまい、まだ少し緊張する。
「今日はどうだった?」
抱擁が終わると、レオネルは首元のシャツのボタンを外しながらそう問いかけてきた。
よほど気になっていたようだ。
セルディは笑顔で今日の事を報告した。
「レリアに読書好きの友人を紹介して貰えて、とても楽しかったです!」
「そうか、それはよかった」
「今度おすすめの本を紹介する会を開こうかと思ってます」
「ははっ、いいんじゃないか? ここの遊戯室を使ってもいいぞ」
「いいんですか!?」
どこでやろうか悩んでいたので、セルディは飛び跳ねて喜んだ。
「セルディは本当に本が好きだな」
「はい!」
前世からの趣味ですから!
セルディは笑顔で頷くと、レオネルも微笑ましそうな表情でセルディを見つめてくれる。
そうして微笑み合う二人の耳に、小さな咳払いが聞こえた。
「お二人とも、夕食の準備は終わっております。続きは食堂でしてはいかがでしょう?」
レオネルの従僕ジャーノンだ。
彼の目が、このままでは出迎えの使用人達が待機したまま動けません。と言っている。
セルディが慌てて片手をレオネルへと差し出せば、レオネルは苦笑しながらその手を取って、食堂までエスコートしてくれた。




