31.忠告されます
「チエリー! レリアがヴァレリー様とマルレーヌ様を紹介してくれたの!」
「楽しめたようで何よりでございます」
「参加して本当によかった!」
茶会が終わり、セルディは護衛のジュードとダムド家の馬車を待つ間、客室へと通された。
お淑やかに見せるために黙っていたセルディは、客室のソファに腰を降ろした途端、興奮気味にチエリーに話しかける。
ヴァレリーとマルレーヌの二人は、アウレリアに誘われ、わざわざセルディに会うためにフェルミエ伯爵家の茶会に参加してくれたらしく、セルディにとても好意的だった。
王族との縁のため、という下心もあったかもしれないが、二人とも『愛と忠誠のはざまで──令嬢と騎士の物語』の愛読者だったため、その話題で盛り上がり、セルディのオタク心は満たされた。
話の途中でアウレリア達を目当てに話しかけようとしている令息達に気づき、退席をさせて貰ったが、今度は四人で集まろうという話も出来て、セルディはとても嬉しかった。
「そういえば、アウレリアが今度一緒にシェノバ通りの古書店に行かないかって……」
「それはやめといた方がいいと思うっす」
突然の乱入者。
聞き覚えのある口調の主を探すため、室内を見渡すと、窓際に見知った男が立っていた。
「ヤニク!? あなた今までどこに!」
「色々情報収集が必要だったんっす~」
変わりのない気の抜けるような言葉遣い。
会ったら怒ろうとか、勝手に護衛から外れるなんて、もう謝らないぞ、なんてことを考えてはいたものの、ヤニクが戻ってくると何故だかホッとする。
(……ヤニクがあんなこと、するはずないわよね)
あの悪夢は鮮烈すぎて、今でも思い浮かべる事が出来るが、ヤニクだったかどうかは確信が持てなくなっていた。
レオネルを襲った闇ギルドの人間は皆、同じ黒づくめの恰好をしていて、顔もはっきりとは見えなかった。
ヤニクが一番身近な闇ギルドの人間だから、真っ先に思いついてしまっただけの気がしている。
(それなのにあんな露骨に怖がったりして、恥ずかしい……)
セルディは腹に力を入れた。
「ヤニク!」
「待った」
「え?」
勇気を振り絞って謝罪の言葉を口にしようとしたのに、ヤニクが片手を前に突き出して止めてくる。
出鼻をくじかれ、セルディは戸惑った。
「先に俺に話させて欲しいっす〜」
しかもヤニクはそんな事を言う。
セルディは渋々先を促した。
「……えっと、何かあった?」
「カザンサ侯爵令嬢なんすけどぉ」
そういえば、さっきも一緒に出かけない方がいいみたいな事言ってたな……。
「レリアと出かける事で何か起きるの?」
「というかっすねぇ……」
ヤニクは何やら言いにくそうに目線を逸らす。
「というか?」
「あのお嬢さんには注意した方がいいっす」
「……どのお嬢さん?」
「だから、カザンサ侯爵の娘っすよ〜」
「ええ?」
突然のヤニクからの忠告に、セルディは目を丸くした。
アウレリアは初めての貴族の友達で、共通の趣味を持つ仲間だとセルディは思っている。
そんなアウレリアの何に注意しろと言うのか、セルディには皆目検討がつかない。
「レリアが、何か……?」
「あのお嬢さんの家は今ゴタついてるんす」
「つまり、レリアというより、レリアの家に注意しろってことなの?」
「いやぁ、そうとも言うっすけどぉ……」
「はっきり言って!」
セルディがつい語尾を強めると、ヤニクは頬を指で掻きながら言いにくそうに話し出した。
「どうも前カザンサ侯爵があのお嬢さんと接触してるみたいなんすよねぇ……」
「前カザンサ侯爵ってことは、レリアの祖父の?」
「そうっす、あの爺さんは金の亡者で有名っすよぉ」
「金の亡者……」
セルディは前カザンサ侯爵に会った事はないが、周囲の話を聞くに、まさにその言葉がぴったりな御仁のようだ。
しかし、その前カザンサ侯爵とセルディの接点はブルノーのことしかない。
「まさか、ブルノーの事で私を恨んで……?」
「うーん、というより、ジョーイ・キャンベルを恨んでるみたいっす」
「ええ⁉︎」
知らない話だ。
「正しくは、ライバル視っすかねぇ〜」
「ラ、ライバル視? 貴族が、平民の商人に……?」
ますます理解不能。
セルディは混乱に目を回しそうになる。
「一方は先祖から受け継いだ街道事業で金を稼ぎ、一方は己の手腕で金を稼いだ上、貴族の血縁にまでのし上がった……。どうやら劣等感を刺激されちゃったみたいっす」
「いや、そう言われると立派なものに聞こえるけど、貴族と言っても貧乏貴族よ?」
水汲みポンプやシャンプーが成功しなかったら爵位も返上していただろうし……。
「そういう事じゃないんすよ〜。まぁお嬢サマにはわかんないっすよねぇ……」
「何よ、はっきり言ってって言ってるでしょ」
やれやれと言いたげに首を横に振るヤニクに、セルディは唇を尖らせた。
「男の夢ってやつっすよぉ」
「あー……」
それは絶対わからないやつだ。
セルディは納得してしまった。
「それで、前カザンサ侯爵がレリアに会って何をしようとしてるの?」
「さあ」
「えええ⁉︎」
そこがわからないと何もわからないじゃない!
セルディのそんな心の声が聞こえたのか、ヤニクが人差し指を横に振った。
「お嬢サマ、用心はし過ぎた方がいいんすよ」
「えー、でも……」
レリアと古書巡りはしてみたい……。
セルディはそう思ってしまう。
わかっている、危ないなら動かない方がいいという事は、わかっているのだが……。
「初めてのオタ活が……」
「お嬢様、古書巡りはいつでも出来ます」
ぶすくれるセルディに、見かねたチエリーが声をかけた。
床に膝をつき、ソファの上のセルディの手を握ってくれる。
そこに労りと優しさを感じ、セルディは渋々頷いた。
「わかった、レリアと行くのは諦める……。私だけならいい?」
せめて、何かアウレリアに本をプレゼントしたい。
そんなセルディの気持ちを察したチエリーが、チラリとヤニクを見た。
ヤニクは少し考える仕草をした後、真顔になってセルディ達の方へと近づいて来る。
「ヤニク……?」
その表情にはいつものおちゃらけた雰囲気はなく、どこか、あの夢に出てきた男のようで……。
片手を伸ばされたセルディは、大きく身体を震わせた。
「俺の事、まだ怖いっすか?」
「あ……」
また、やってしまった……。
セルディは顔を青ざめさせる。
「まぁ、出会いがあんなだったっすからねぇ……」
寂しげな声と表情に、セルディの罪悪感が疼く。
違う、怖くない。
ヤニクはセルディを傷つけたりなんてしない。
ただ、あの夢が鮮烈すぎて……。
「違うのヤニク! 私が怖いのは……!」
そこに、ノックの音が響いた。
「失礼致します。護衛の方をお連れ致しました」
「あ……、少々お待ちを!」
扉から使用人の声が聞こえてきた。
あまりのタイミングの悪さに歯噛みしながらも、セルディは扉に向かって声をあげる。
ジュードを待たせてでも、ヤニクと話の続きをしたかった。
今話さなければ、次いつ話せるかわからなかったから。
しかし……。
「お嬢様、窓から出て行かれたようです……」
「え……」
視線を戻すと、すでにヤニクはいなかった。
音もなく消えるヤニクのすごさに呆然とした後、セルディは大きく溜め息を吐く。
(また、謝れなかった……)
落ち込んだセルディが、古書店に行く許可も出なかった事に気づいたのは、ダムド家のタウンハウスに戻ってからだった。




