30.社交に挑戦します 後編
「フォーナット様!? どうしてここに!?」
まさかさっきの話を聞かれていたのだろうか。
女同士の戦いを見られていたなんて、恥ずかしすぎる。
セルディは少し慌てた。
「あははー、君が出てくるのをこっそり待ってたんだぁ」
手洗い場の前で待たれるなんて、それはそれで嫌だ……。
セルディは一歩足を引いた。
気付いたフォーナットは慌てて両手を前に出して横に振る。
「いや、だって、もっと話そうと思ってたのに、戻ったらもう帰っちゃったって言うから!」
「言うから……?」
「アレンダーク兄上に頼んでこの茶会の招待状を……」
斡旋して貰ったと……。
そこまで期待されても、セルディの前世の知識も万能ではないのに……。
「はぁ……。とりあえず、こんな場所で立ち話もなんですから、場所を移動しましょう」
さすがに手洗い場の前でずっと話していたくはない。
ヴィオレッタとまた鉢合わせするのも嫌だ。
セルディが提案すると、チエリーが一歩前に出た。
「セルディ様、会場ではなく中庭の方が良いかと……」
チエリーはフォーナットがセルディに婚約話を持ち掛けた事を知っているからだろう、人はいないが視線はある中庭を提案してきた。
中庭なら、フォーナットが魔石のアイディアを求めて、セルディがうっかりそれに回答してしまっても、誰かに聞かれる可能性が減らせる。
セルディは頷いた。
「そうしましょう。フォーナット様もそれでいい?」
「うん!」
「……ところで、フォーナット様の侍従はどこに?」
「置いてきた!」
「えええ……」
フォーナットは後で絶対に怒られそうだな、と思いながら、セルディ達は中庭に向かった。
***
中庭は、花もなく、少し物悲しい雰囲気を纏っていた。
本格的な冬が近づく今は少し肌寒くもある。
だからフェルミエ伯爵夫人も茶会の会場をダンスホールにしたのだろう。
寒さに腕を擦ると、チエリーがいつの間にか持っていたストールを、セルディの肩に掛けてくれる。
その暖かさにホッと息を吐いた後、フォーナットに向き合った。
「それで、何か他に聞きたい事があったんですか? 言っておきますが、魔石に関してはわからない事の方が多いですからね」
答えられない場合も絶対にある。
困り顔でそう言うと、フォーナットはもじもじと手を擦り合わせ始めた。
「……あの、さ」
「はい……」
なんでそんなもじもじするんだ。
そんなこれから告白します、みたいな雰囲気を出されると、なんだか緊張するじゃないか。
セルディはそう思いながらフォーナットの言葉を辛抱強く待つ。
そしてフォーナットは、ぎゅっと目をつぶると、顔を赤らめながら片手を付きだした。
「僕の研究、手伝ってくれませんか!」
「え?」
突然の事に目を瞬かせたセルディは、フォーナットの言葉を頭の中でもう一度再生する。
(僕の研究を手伝ってくれませんか……?)
言葉以外の動作はどう考えても告白しているようにしか見えない。
だが、実際はただの研究の手伝いの申し込み……。
(紛らわしい!)
セルディは脳内で盛大に突っ込みを入れた。
そして、落ち着いてから返事をする。
「と、言われましても、私が出せるアイディアはもう大体陛下達に渡した後なのですが……」
もうこれ以上出せるものはない。
セルディがそう言って断ろうとすると、フォーナットは追いすがるようにセルディに一歩近づいた。
「僕は君が欲しい!」
まるで、一世一代の告白でもしているかのようだが、正確には「僕は君"のアイディア"が欲しい」だろう。
セルディは大きく溜め息を吐いた。
「私は専門家ではないので、何も出来る事はないと思いますが……」
「そんな事ないよ! この間の話も仲間達がすごく喜んでた!」
グレニアンも喜んでたくらいだ、よほど良い成果が得られたのかもしれない。
しかし、さすがに本当にもう何も思いつかないのだが……。
「……チエリー、どうしたらいい?」
断っているのに聞いて貰えない。
このままではアウレリアの元へ帰る時間がどんどん遅くなりそうだ。
困ったセルディがチエリーに相談すると、チエリーは少し考えた後、言った。
「今は手紙のやり取りで収めて頂いてはいかがでしょう」
「……なるほど」
何度か手紙のやり取りをすれば、もしかしたらセルディへの興味がなくなるかもしれない。
「わかりました」
「ほんと!?」
「ですが、私が研究所に通う事は出来ませんので、手紙を送って下さい」
「……手紙か」
セルディが頷いた瞬間喜んだフォーナットだったが、手紙、と言うと少し渋った。
手紙を書く、という工程を省きたい気持ちはわかる。
しかし、それ以外での交流は難しい事もわかったのだろう、フォーナットは大きく頷いた。
「うん、わかった! それでいいよ!」
フォーナットは嬉しそうに言うと、許可もなくさっとセルディの片手を取る。
「ん?」
「ありがとう! これからよろしくね!」
ブンブンと上下に振られる手。
勢いが良すぎてストールがずり落ちそうになった。
「フォーナット様! 女性の手を無断で掴んではいけません!」
チエリーの叱責に、フォーナットが慌てて手を離す。
さすがチエリー。
他家の令息にも容赦はしない。
「あ、えへへ。ごめんごめん」
「はぁ……。フォーナット様は魔石の研究だけじゃなく、マナーも勉強した方がいいですよ」
セルディの言葉に、フォーナットはペロリと舌を出した。
***
「セルディ!」
会場に戻れば、アウレリアが立ち上がって向かってくる。
マルセルはまだセルディの席に座っていた。
(私が全然戻らないから気を遣わせちゃったかな……)
もしかしたらセルディが戻るまでアウレリアの話し相手をしてくれていたのかもしれない。
セルディは待たせた事を反省した。
「もう、遅かったではないですか」
「レリア、待たせてごめんなさい。ちょっと知り合いに会って……」
「知り合い?」
アウレリアが不思議そうに問いかけると、セルディに付いてきたフォーナットがアウレリアに礼をした。
「こんにちは、フォーナット・カンパーニです」
「まぁ、カンパーニというと、魔石研究の……」
アウレリアは本当によく知っている。
セルディはさすがアウレリアだと感心した。
「わたくしはアウレリア・カザンサですわ」
「侯爵令嬢にお会い出来て光栄です」
フォーナットがまともな挨拶をするなんて……。
それだけで驚きだ。
「ではセルディ嬢、僕はこれで失礼します」
「ええ、またお会いできる日を楽しみにしています」
頭を下げ、壁に立っている自分の侍従の元へ向かうフォーナット。
どう見ても侍従の目が鋭い。
あれは絶対に後でお説教コースだろうとセルディは予想した。
そんなフォーナットを、アウレリアも珍しそうに見つめている。
「レリア、マルセル様が待ってるみたいだし、一度席に戻りましょうか。良ければあなたのお友達を紹介して貰えると嬉しいわ」
「そうですわ、セルディには一度紹介させて頂きたいと思っていましたの」
提案すると、アウレリアは嬉しそうに手を合わせて微笑んだ。
ここからはしっかり社交に勤しもう。
セルディは笑みを浮かべ、一度席に戻ってマルセルにアウレリアを連れて行く許可を貰った。
マルセルは長居したことを謝罪しながら、他の席へと向かう。
そこには名残惜しさや照れはなかった。
(うーん、レリアと恋には落ちなかったか……)
その事を少し残念に思いながら、セルディはアウレリアと共に順調に読書仲間を増やしていった。
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次回予定日は12/26金曜日20時になるので、よろしくお願い致します!




