28.社交に挑戦します 前編
そして二週間後。
セルディはいつもの如くチエリーとジュードを連れ、フェルミエ伯爵邸へとやってきた。
レオネルから了承を貰った後、アウレリアに是非参加したいと返事を送ると、アウレリアはすぐにフェルミエ伯爵夫人へと話をしてくれたようで、ダムド家のタウンハウスに招待状が届いた。
その後、セルディは裁縫店を営むマグガレに連絡を取って薄ピンク色の新しいドレスを作って貰い、今日という日を迎えた。
セルディの準備は万端だ。
邸の扉の前で執事と思われる男の人に招待状を渡し、フェルミエ伯爵邸へと入る。
ここからは使用人の先導で会場へと向かうのだが、ジュードとはここでお別れだ。
護衛として付いてきたジュードは、他の家の護衛達と共に客室で待機する事になっている。
心細い……。
そんな気持ちが顔に出ていたのか、ジュードは別れる際、小さく囁いた。
「がんばれよ」
そんな一言でも、少し勇気が出た。
もうここは戦場のため、口に出して返事をする事は出来なかったが、セルディはジュードに軽く頷いた。
ジュードはそのセルディの返しを確認した後、笑みを浮かべて去って行く。
そして使用人の案内で、セルディはチエリーと共に今回のお茶会の会場へと向かった。
そこは、夜会でも使われるであろう真紅の絨毯が敷かれたダンスホール。
夜会ではダンスが披露されるであろう場所には、今はたくさんの丸テーブルが置かれ、招待された貴族令嬢や令息達が数人ずつで座っていた。
セルディは扉の開け閉めを担当している使用人へ、キャンベル商会の新作である薔薇の香り付きシャンプーとヘアパックの入った箱をチエリー経由で渡す。
今回はカラドネル公爵家で行ったようなパフォーマンスは必要ないため、伯爵夫人の分だけ。
本来は手土産も必要ないのだが、社交界にコネのないセルディとしては人脈の広い夫人とは今後も仲良くしてもらいたいため、賄賂を用意した形だ。
新商品一つで人脈が手に入るなら安いものである。
(気に入って貰えるといいなぁ)
そう思いながら使用人が受け取るのを眺めた後は、会場まで案内してくれた使用人が引き続き席まで案内してくれる。
チエリーとはここで離れる事になる。
子息子女についてきた侍女や侍従は、お茶会終了まで壁際に立って待たなければならない。
チエリーがどこに移動するのかを見届けた後、セルディはお腹に力を入れ、使用人に続いて歩き出した。
歩いていると、あちらこちらから様々な視線が突き刺さり、ヒソヒソとした声が聞こえてくる。
あれが、とか、あの人が、とか、思ったよりも普通ね、だとか……。
(普通で悪かったわね!)
そう思っていても、顔に出してはいけない。
セルディは頑張って微笑みを貼り付けたまま歩き続けた。
こんなに注目される事なんて、前世でも学園祭の劇くらいしかない。
その劇も一言しか話さない村人の役だったから一瞬で終わったが、この視線は恐らくお茶会が終わるまで続く。
王族の務めとはわかっていても、疲弊しそうだなぁ、とセルディは思わず遠い目をしてしまった。
「あ、レリア!」
案内された上座の席にはすでにアウレリアが座っており、セルディに気付くと立ち上がって綺麗なカーテシーを披露してくれる。
「セルディ、またお会い出来て光栄ですわ」
「うふふ、私も嬉しいわ。今日はよろしくお願いしますね」
セルディも裾を持ち上げるだけの簡易的なカーテシーを返し、アウレリアの正面へと腰を降ろした。
このテーブルには席が二つしか用意されていない。
どうやらこの会場で高位貴族として扱われるのはセルディとアウレリアだけのようだ。
そのお陰でアウレリアと自然な態度で話す事が出来る。
セルディは笑みを浮かべてアウレリアと話を続けた。
「レリアが誘ってくれてよかった。私は社交に明るくないから……」
「そう言って頂けてわたくしも嬉しいですわ。でも、よかったのでしょうか……」
「ん? なにが?」
突然憂い顔になったアウレリアに、セルディは首を傾げる。
「いえ、わたくしも後から知ったのですが、このお茶会は集団でのお見合いの場のようなものだと……」
「あー」
レオネルが言っていた事だ。
「でも普通に社交としても使われているんでしょう?」
「そうですけれど……。あの、レオネル様は反対なさらなかったのかしらと思って……」
何やら言いにくそうなアウレリアに、セルディは目を瞬かせる。
(レオネル様って、レリアからどんな人だと思われてるんだろう……。もしかしてまた変な恋愛小説に感化されちゃったのかな……)
そんな推察しながら、セルディは正直に答えた。
「レオネル様からは浮気しないようにって言われただけで、反対はされなかったから大丈夫よ」
「うわき……。そう、そうですのね……」
何やらブツブツと呟いて納得しているアウレリアに、セルディは再度首を傾げる。
「あの、アウレリア……?」
今度は一体何の本を読んだの?
そう聞こうとした時、茶色のドレスを着た少しふくよかな女性がホールの中央へと現れた。
「皆様ようこそお越し下さいました。本日はわたくし、ルーシア・フェルミエの招待を受けて頂き、感謝申し上げます」
どうやら彼女がフェルミエ伯爵夫人のようだ。
とても優しそうな雰囲気の女性の隣には、子息と見られる男の子が立っている。
「こちらがわたしくの息子、マルセルです」
「本日はどうぞよろしくお願い致します」
利発そうな男の子は8歳くらいだろうか。
やや緊張した面持ちで挨拶をすると、軽く会釈をした。
そしてやってくる挨拶の時間。
まずはセルディ達のいる席からだ。
セルディは笑みを貼り付けて夫人と子息を待った。
「失礼致します。この度はようこそお越し下さいました」
「ご丁寧にありがとうございます。本日はお招きにあずかり、光栄です」
セルディの名前はこの場に案内された時点でわかっているだろうから、名乗りはしない。
初対面の人に自分の名前を名乗らないなんて、庶民の魂的にむずむずしてしまうが、王族は格を大事にしなければならないのだそう。
(チエリー、私頑張ってるよ!)
心の中のチエリーに褒めてもらいつつ、正面を見れば、アウレリアも丁寧な挨拶をしていた。
そして、そんなアウレリアをぽーっと眺めている男の子が一人……。
(そうだよね、アウレリア美人だもんね!)
アウレリアと自分を並べると、圧倒的にアウレリアの方に目が行く。
例えるなら、アウレリアは薔薇で、セルディは野花。
そのくらい差があるとセルディは思っている。
「……マルセル、あなたからも挨拶をさせて頂いたら?」
明らかに見惚れている子息に、夫人が鋭い視線を放つ。
子息は慌ててセルディとアウレリアに対して勢いよく頭を下げた。
「マ、マルセルですっ。お二方にお会い出来て光栄です!」
初々しいその様子に、セルディもアウレリアも笑みが零れる。
「丁寧な挨拶、ありがとうございます」
「そんなに緊張なさらなくて大丈夫ですわ。ゆっくり深呼吸なさって」
セルディとアウレリアのその言葉に子息は安堵したようで、今度は軽い会釈をすると、夫人に連れられて別のテーブルへと向かった。
「ふふふ、可愛いですね」
子息を見送った後にそう零せば、アウレリアが小首を傾げる。
「あら、セルディはああいう子が好み?」
「えっ!?」
突然何を言い出すのか。
もしかして揶揄っているのかと思ってアウレリアの顔をじっと見つめてみたが、どうもアウレリアは本気のよう……。
セルディは慌てて両手を顔の前で横に振った。
「いやいや、私の好みはレオネル様だから!」
「そうでしたわね……」
なんだろう、今日のアウレリアはなんだか少しおかしい。
ずっと何かを考えているというか……。
「レリア? 悩みがあるなら聞くよ?」
「え?」
セルディは勇気を出してそう問いかけてみたが、アウレリアはきょとんとした顔をしている。
悩みがあるわけではなかったのだろうか。
セルディが困惑していると、アウレリアは真剣な表情になって言った。
「あの……、実はセルディに読んで頂きたい本がありますの」
「あ、やっぱり本の話なのね……」
なーんだ。
セルディはホッとした。
今度は一体どんな本に感化されたのか、楽しみにもなってくる。
「まぁ、わたくしにとってはとても重要な本でしたのよ!」
「はいはい、わかりました」
「もう!」
笑いながらそう流すと、アウレリアは珍しく拗ねたような表情を見せた。
そんな顔のアウレリアも可愛いなぁ、なんて思いつつも、アウレリアがそこまで重要だと言う本のタイトルが気になってくる。
セルディはこんな場所で聞いてもいいものか少し悩みながらも、アウレリアに問いかけた。
「それで、その本のタイトルは?」
「『王家の呪い』……ですわ」
「……なにそれホラー?」
セルディは想像もしていなかった意味深なタイトルに、顔を引き攣らせた。




