26.推しキャラは自覚する
「おお、レオネル。どうだった?」
セルディをタウンハウスへと送った後、レオネルがグレニアンの警護のために執務室へと入ると、グレニアンが机から立ち上がって出迎えてきた。
アレンダークは報告の途中だったようで、奔放なグレニアンにやれやれと言わんばかりに頭を振っている。
どうもグレニアンは今回の結果が待ち遠しかったようだ。
セルディから魔石に関しての新たなアイディアを貰ってから、グレニアンは魔石の研究に力を入れるようになった。
この成果が我が国の国力に多大なる影響を及ぼすとわかっているのだ。
レオネルもそれをわかっていたから協力をした。
まさかフォーナットがあんな発言をするとは思いもしていなかったが……。
「要望にはお応え致しました」
レオネルはグレニアンに素っ気なくそう返すと、室内警護を担当していたレイナードに声をかけ、警護を交代した。
そして、レイナードの退室を見送った後、扉の横に立ったレオネルを、グレニアンが訝し気に見つめてくる。
「レオネル? まさかそんな答えで俺が満足するとは思っていないだろう?」
「陛下はしつこいですから、早く諦めた方がいいと思いますよ」
四人掛けのソファの一つに座り、お前も座れと言わんばかりのグレニアン。
肩を竦めながらも、同じようにソファに座り、興味津々のアレンダーク。
「……はぁ」
レオネルは大きく溜め息を吐くと、渋々空いた一つへと腰を降ろした。
「で?」
セルディが何かしてくれたんだろう、と期待に目を輝かせているグレニアンを、今ばかりは殴りたい。
レオネルはとりあえずアレンダークを睨みつける。
「おや、私が何か?」
「……お前があの従兄弟にセルディとの婚約話を持ち掛けたんじゃないだろうな」
睨みながら言えば、アレンダークは大袈裟に目を見開いた。
「まさか、そんな恐ろしい事を提案したりなんてしませんよ」
王家の呪いの話を聞いていたアレンダークは両手を上げて濡れ衣だと言うが、レオネルはいまいちアレンダークの発言を信用しきれない。
こいつは自国の利益のためならなんでもしそうな雰囲気がある。
そこが頼もしいところではあるのだが、今のような状況の場合は話が別だ。
「まさか、あのフォーナットが婚約をしたいと?」
「恋情という訳ではなさそうだったがな」
「ああ、それならわかります。セルディ嬢は私でも興味が惹かれる存在ですので」
睨み続けるレオネルを意に返さず、アレンダークは微笑んでいる。
レオネルはアレンダークの一挙一動を観察するが、嘘なのか本当なのかは判別出来なかった。
「なんだ、レオネルはセルディ嬢が盗られるんじゃないかと不安になったのか」
グレニアンがにやにやとした笑いを浮かべてレオネルを見ている。
レオネルは何も言い返す事が出来ずに黙り込んだ。
そう、レオネルは不安なのだ。
「……フォーナットがあんなに若いなら、最初から言っておけ」
「そうしたらお前、絶対に許可してくれなかっただろう?」
あっさりとわざと情報を出さなかったと白状したグレニアンに、奥歯を強く噛み締める。
その通りだ。
国のためとはいえ、セルディを同い年くらいの男と会わせたくない。
最初は気にしないと思っていた。
セルディが別の誰かを好きになったとしても、愛人として囲わせるという方法を取ればいいと思っていた時期もあった。
だが、今では影で見守っているヤニクという存在ですらギリギリの譲歩となっている。
心を近づければ近づけるほど深まる執着心に気づき、レオネルは片手で額を押さえた。
「……グレニアン」
「なんだ」
「呪いを解く方法は、ないのか?」
思わず口から出た弱音。
自由に飛び回るセルディを愛しているはずなのに、自分が作った籠の中で生きて欲しいと願ってしまっている。
これは、自身の本質なのか、それとも王家の呪いなのか……。
レオネルはわからずに苦しんでいた。
「……レオネル、今回の件に限ってだが、それは呪いではないと思うぞ」
レオネルがグレニアンの言葉に顔を上げると、アレンダークと二人で目を合わせ、苦笑している。
「じゃあなんなんだ、この苛立ちは」
セルディを独占したくなるのも、他の男に会わせたくないのも、呪いじゃないならなんなのか。
グレニアンはレオネルの問いにあっさりと答えた。
「それは単なる嫉妬だ」
「嫉妬……?」
「まぁ、ここにいる私達も第三者として見ているから言えることですが。あなたのソレは一般的には嫉妬と言われるもので間違いないでしょう」
「これが、嫉妬……」
それは、レオネルにとって初めて経験する感情だった。
今まで一度として経験したことのない、ドロドロとした感情……。
恋というものが、ただ美しいものではないことはレオネルにだってわかっていた。パールやニーニアを見ていたから。
しかし、今の今まで実感がなかったのだと、気付く。
ただ可愛いと、癒されると、抱きしめたいと、何度も口づけをしたいと、そう思うだけが恋ではなかったのだ。
あんな幼気な少女相手に、大の大人が……。
「おい、今度は落ち込み始めたぞ……」
「……まぁ、セルディ嬢はまだ幼いですからね。複雑なんでしょう」
こそこそと話す二人に苛立つが、声を上げる気力もない。
セルディを愛する覚悟は決めていたが、嫉妬がここまで醜い感情だとは思いもしていなかった。
「はぁ、セルディの嫉妬はあんなに可愛かったのにな……」
「なんだって?」
思わず口にしてしまった言葉に、グレニアンが反応する。
レオネルは口を閉じた。
「セルディ嬢が嫉妬? それは可愛らしかっただろうが、彼女が嫉妬するような事態とはなんだ?」
レオネルは、ヴィオレッタの事を報告していなかった事を今思い出した。
元カザンサ侯爵のブルーノの件もあり、すっかり忘れていた。
未だ自分に執着しているかもしれない元恋人の話なんて、やさぐれていたレオネルを覚えているグレニアンに話したくなかったのもある。
しかし、問われたからには答えるという選択肢しかない。
レオネルは重い口を開けた。
***
「……と、いう事があった」
「……お前、本当に女運がないな」
グレニアンの容赦ない言葉に、レオネルは黙る。
筆頭がニーニアだ。自覚があるだけに何も言えない。
「ルベラーシ伯爵未亡人ですか……。レオネル様はセルディ嬢と婚約しておいてよかったですね」
「それは俺もそう思うが……、何か知っているのか?」
「これは噂ですが……」
アレンダークが言うには、ヴィオレッタは現在、殺人の疑いをかけられているらしい。
新たにルベラーシの爵位を継承する親族を殺した疑いだ。
「ヴィオレッタがか?」
レオネルは信じられなかった。
確かに貴族という地位に執着しているようだったが、あの美貌だ。今からだって再婚を狙えるだろう。
アデルトハイム王国は例え王族との結婚だろうが処女性に拘りはない。
本人だって新たな縁を求め、またレオネルを踏み台にでもしようとすり寄ってきたのだろうし……。
裏切られたとはいえ、一度付き合ったことのある女だ、そんな人の道から外れた罪を犯すとは思いたくなかった。
「あくまでも噂ですよ。権力というものは人を狂わせますからね」
「……だから俺のところに来たのかもしれないな」
そんな噂が立っているのなら、再婚相手を見つけるのは大変だろう。
だからと言ってレオネルに出来る事は何もないのだが。
「ははは。まぁあの女の事は自業自得だ、放っておけ。今日はレオネルが嫉妬を覚えた記念として、飲もう!」
グレニアンは陽気に立ち上がる。
しかし、アレンダークがそれを押しとどめた。
「お待ちください。決裁がまだ途中です」
「いや、それは明日でも……」
「明日は明日の仕事が来ます。困るのは陛下ですよ」
そしてアレンダークがグレニアンを執務机に押し込めている間に、レオネルは執務室の扉の横へと立ち直す。
(嫉妬……。これが嫉妬なのか……)
レオネルの精神ダメージはしばらく続いた。




