25.魔石研究所へ行きます 後編
(え、ちょ、レオネル様、今、肘掛けがミシって言いませんでした!?)
フォーナットの衝撃発言の後、不穏な音に隣を向けば、レオネルが青筋を浮かべてソファの肘掛けを握っている。
怒ってくれた事を喜ぶ前に、そのまま肘掛けを壊すのではないかとセルディはハラハラしてしまった。
「えー、だってさぁ、年齢は近い方が話も合うと思うしぃ、僕の方がよくない?」
「いえ! 私が大好きなので!」
これ以上フォーナットに喋らせてはいけない。
セルディは慌てて口を開く。
こんな第三者もいる空間で言うのは恥ずかしかったが、この手のタイプにははっきり言っておいた方がいいと判断した。
セルディにとってレオネルはレオネルで、年を取ったとしてもレオネルである。
顔で選んだ訳でもない。
前世ではその真っ直ぐな騎士道に、今はセルディを大切にしてくれる暖かさに惚れたのだ。
「ちぇー」
思った通り、フォーナットは唇を尖らせてやや不満げな顔になったものの、それ以上言い募る事はしなかった。
(この子、不敬罪とか怖くないのかな……)
呆れつつも隣のレオネルを窺い見れば、セルディがきっぱりと言い返したからか、レオネルの怒りも若干治まったようだ。
微笑みながら膝に手を置き、怒ってくれてありがとうの意味を込めて軽く叩く。
気付いたレオネルもセルディを見返し、大人げなかったと言いたそうに苦笑した。
「政略結婚だって聞いてたのになぁ」
「あの、そもそも初めてお会いしましたよね? 挨拶とかは……」
「え?」
ここにチエリーが居たら絶対零度の目でフォーナットを見ていたに違いない。
未だぶつくさ言っているフォーナットに、さすがのセルディも口を出す。
フォーナットは言われて初めて思い出したようで、目を瞬かせた。
「ああー、忘れてた。えーっと、この場合は僕からだっけ……。フォーナット・カンパーニと申します。どうぞよろしく」
きまり悪そうに頭を掻き、立ち上がって腰を曲げた姿を見ると、まだ子供だな、と思う。
実年齢ではなく、精神面が幼いというか……。
研究にばかり時間を使って、マナー講座などをサボっていたタイプだろうと見当を付けた。
「セルディ・フォードと申します」
「レオネル・ディ・ダムドだ」
カンパーニ家は男爵だと聞いていたので、王族であるセルディとレオネルは座ったまま挨拶をする。
頭を上げたフォーナットはそのレオネルとセルディの姿に驚いていた。
カンパーニ家が男爵と言っても、本家であるギレン家は侯爵だ。その近い親戚ともなれば男爵といえども丁寧に扱われていたのだろう。
座ったまま挨拶を返されるなんて、初めての経験なのかもしれない。
この性格を把握している親族が権力から遠ざけていた可能性すらある。
(うーん、弟がいるお姉さんの気持ちってこんなかな……)
貴族には珍しいわかりやすい表情がなんだか可愛らしく思え、セルディはつい微笑んだ。
「……フォーナット殿が会いたがっていた発明者には会わせた。これで約束は果たされたと考えていいな?」
「あ、ちょっと待って!」
腕を組み、さっさと帰りたいと言いたげなレオネルに、フォーナットが声を上げた。
「フォーナット様、……お待ち下さい、ですよ」
後ろから様子を窺っていた警備員が小声で注意をしている。
最初からわかってはいたが、この警備員はフォーナットとかなり親しいようだ。
「もう、ダートうるさいっ」
フォーナットが後ろを振り向き、小声で言い返すが、ダートと呼ばれた警備員は肩を竦めて笑っている。
「……お、お待ち下さい」
フォーナットは俯きながら、渋々言いなおした。
警備員の言葉に従う姿は、やはり可愛い。
ぼさぼさの頭をしているので気付いていなかったが、よくよく見れば赤ん坊の頃には天使と呼ばれていてもおかしくはないくらい顔も可愛い。
これは絶対に甘やかされて育てられたタイプだと、セルディは確信した。
「……はぁ。なんだ」
「セルディ嬢が提案したこの配列なん……ですけど!」
フォーナットはレオネルがさっさと話せと促す姿勢になった事に気づくと、微妙に口調に気を付けながら別の書類を取り出し、セルディに見せながら問いかけてきた。
「なんでこの配列とこの配列の違いで残魔力に差が出るって気付いたの!?」
「ああ、それは……」
フォーナットが見せてきたのは直列つなぎと並列つなぎの話だった。
前世では小学生の時に習った問題である。
壊れた古い魔道具を解体した時、その中の構造は魔法陣のように複雑ではあったものの、魔石の置き方次第では異なった結果が出る事に気付いた。
この世界の魔道具の威力は魔石の大きさで変わる、というのが常識だったが、セルディは前世の知識のお陰で、小さい魔石でも繋げ方次第で似たような大きさを作り出す事が可能なのでは、と考えたのだ。
そこで試したのが直列つなぎと並列つなぎである。
常識的には火を出す魔道具を作る場合には大きな火の魔石の周りを小さな風の魔石で囲む形が一般的なのだが、セルディが試したのは、小さな火の魔石ふたつに、風の魔石をひとつ、これらをすべて直列に並べた。
火の魔石を二つ並べたところで威力は変わらないだろうと思われたのだが、実験の結果、小さな魔石でも個数と並べ方次第で威力や、砂になるまでの時間が変わることがわかった。
わかりはしたものの、こちらもセルディ達の資金では限界があったので、レオネルに投げたものである。
ちなみに、シエロに作ってあげたスープ専用のコンロもこの考えを応用したものだ。
「あと最近気づいたんですけど、別に魔石じゃなくても、魔力伝導できるなら魔石の砂と合金した鉄を糸みたいに細くしたものでも魔道具が作れたりしないのかなぁって……」
セルディの頭の中にあるのはこの世界の常識ではなく、前世の電池回路。
ダムド領の事件で砂の状態の魔石でも魔力伝導をする事が確認できた。
ならばわざわざいくつもの魔石を使わなくても、人の魔力が魔石に伝わるようにするだけで動くのではないか、と思ったのだ。
「……セルディ」
「!!」
考え込んだままつらつらと話し続けたセルディの耳に、レオネルの声が聞こえ、慌てて口を閉じる。
恐る恐る隣を窺えば、額を押さえたレオネルの姿が……。
「えっと、答えになりました?」
セルディは誤魔化すように笑いながらフォーナットに問いかけた。
フォーナットは書類を握り締めながらプルプルと震えている。
「す、すごい……っ、セルディ嬢に教えてもらった配列での実験は試したけど、その発想はなかった!」
バンと勢いよく置かれた紙にはセルディが考えた小学生の理科の実験のようなものではなく、もっと細かで繊細な配列が並んでいた。
セルディには何が書いてあるのかさっぱりわからない。
これが天才と呼ばれる所以なのだろう。
「さっそく実験だ!! これが成功すれば魔道具界隈に革命が起きるぞ!」
フォーナットはそう叫ぶと、勢いよく部屋から飛び出して行った。
別れの挨拶すらなかった。
「も、申し訳ございません。フォーナット様は魔石の研究に人生を捧げておりまして……」
「大丈夫だ、ここにああいう者が多い事は把握している」
「ありがとうございますっ」
申し訳なさそうなダートにレオネルは笑って返す。
フォーナットは戻ってこない可能性が高いという事で、セルディ達はこれで帰る事になった。
***
「……あのぉ、レオネル様、あれでよかったですか?」
帰りの馬車の中、隣で難しい顔をして考え込んでいるレオネルに、セルディが恐る恐る声をかける。
「ん……? ああ、大丈夫だろう。約束は果たした」
そして続く沈黙。
「……私、また余計な話をしてしまいました?」
思いついた事をつらつらと口に出してしまうのはセルディの悪い癖だ。
淑女教育は大分身についてきたと思うのだが、こればかりはすぐに直りそうになかった。
気付かない間にしていた自分の不用意な発言で、レオネルに不利益を与えたのではないか、セルディは不安になる。
「悪い。ただ、アイツの言葉を思い返していただけだ」
セルディが落ち込んでいる事に気付いたレオネルが、セルディの頭を抱き寄せて苦笑しながら言った。
「アイツってフォーナット様の言葉ですか?」
何かおかしな事を言っていただろうか。
セルディが首を捻っていると、レオネルはあまり言いたくなさそうに口を開く。
「年齢は近い方が話も合う、とかな……」
「ええ! そんな事を気にしていたんですか!?」
「大事だろう。セルディと俺は一回りも年が違うんだぞ……」
困り顔のレオネルにセルディは微笑む。
「なーんだ、そんな事気にしなくていいですよ」
「そんな事ってなぁ……」
「私はレオネル様だから好きになったんです。年とか関係ないです」
「だがなぁ……」
どうやらレオネル様はかなり年齢の事を気にしているようだ。
「私が大きくなったら、レオネル様は嫌になりますか?」
「なるわけがない」
「ふふっ、そういうことですよ」
「そんな簡単な話じゃないだろう……」
レオネルはまだ何か言いたげだが、セルディはもう気にせずにレオネルの方に身体を預けた。
(年を取ったレオネル様かぁ……。見たいなぁ……)
きっとイケオジに違いない。
前世では見る事の出来なかった老いた姿……。
まだ会った事はないが、現ダムド公爵のベイガがレオネルに似ているらしいと聞き、セルディは是非とも会ってみたいと思っている。
北国との関係が落ち着いたら顔を出す、という話になっているが、依然として硬直状態らしい。
もうこちらから辺境へ挨拶に行くしかないのでは……。
(でも絶対ダメって言われるよねぇ……)
セルディはちょっと残念だと思いながら、ダムド家のタウンハウスに着くまでレオネルの体温を堪能した。




