22.王都へ向かいます
次の日。
セルディは寂しさに涙しながらアウレリアと別れの握手をしていた。
「うぅ……。レリア、またね……。手紙を書くからね」
「お待ちしておりますわ。セルディもお元気で……」
一方のアウレリアも瞳を潤ませながら名残惜し気にセルディの手を離す。
今世で初めてのオタク友達だ。
話せば話すほどお互いの好みが似通っている事がわかり、昨日は日が落ちるまで語り合ってしまった。
明日から会えないと思うと寂しくてたまらない。
出来る事なら三日くらいお互いの好きな小説について語り合いたい。
そんなセルディとアウレリアの姿に、レオネルがなんとも言い難い顔をして呟いた。
「恋人かよ……」
「違います! 盟友です!!」
「お、おう……、そうか……」
力強いセルディの返しに、レオネルが少し引いている気がする。
セルディは気持ちを落ち着けるために咳払いを一つ。
そして指を交差させ、レオネルを見上げた。
「レオネル様、もう一泊とか……」
「ダメだ。ほら、出発するぞ」
上目遣いでおねだりしてみたものの、すげなく却下され、片手を差し出される。
セルディはしぶしぶ馬車へと乗り込み、すでに座っていたチエリーの正面の席へと腰を降ろした。
レオネルによって扉を閉められた後、すぐにセルディは小窓を下げる。
「アウレリア、またおすすめの小説を教えてね!」
「もちろんですわ!」
アウレリアの貴族のお手本のような上品なお手振りに見送られ、セルディ達は出発した。
「セルディ様。姪と仲良くして頂き、ありがとうございます」
出発してからも窓からアウレリアの姿を名残惜し気に見つめていると、馬に乗った一人の男性がセルディに声をかけてきた。
銀色の甲冑を着た爽やかな風貌の男性はアウレリアの叔父、イフルジ・カザンサ。
出発前に挨拶をされたのだが、イフルジはカザンサ領の兵のまとめ役で、街道警備の責任者もしているらしく、今回王都まで私兵と共に護衛をしてくれるという話だった。
フルトと同じく壮年の彼の目じりには年相応の皺が刻まれているが、その皺が彼の笑顔を更に優し気なものに変えている。
その笑顔に釣られ、セルディも自然と笑みを返した。
「いえ、私も友達が増えてとても嬉しいです」
「あの子は侯爵家という立場もあり、なかなか同じ目線で話せる令嬢がいなかったようです……。セルディ様がアウレリアと末永く仲良くして頂ければと……」
「もちろんです。レリアとはずっと友達で居たいと思います」
セルディの頷きに、イフルジは笑みを安堵したものに変える。
「……フルトに代わって礼をさせて頂きたい。アウレリアの事、よろしくお願い致します」
「はい!」
つい元気よく返事をしてしまったが、チエリーからは鋭い視線は飛んでこない。
その事を一瞬不思議に思ったが、セルディはイフルジから話されるカザンサ領の名産に気を取られ、すぐに忘れてしまった。
***
旅路は順調に進み、一週間後、王都へと到着した。
首都に入る門の前まで来たところで、イフルジ達が別れの挨拶にやってきた。
「それでは私達はこれで」
「ここまでありがとうございました」
「微力ながらお役に立てたなら何よりです。これからも何卒よろしくお願い致します」
セルディの礼に、イフルジは丁寧に返し、レオネルにも頭を下げて挨拶をしてから踵を返す。
このままカザンサ領に戻るらしい。
「うーん、爽やか」
やっぱり騎士はいいなぁ……。
アウレリアと話していた小説に登場する騎士のようだと思いながら、去っていくイフルジ達を見送り、セルディはふと思い出す。
(あれ、アウレリアが言っていた臭い騎士ってまさか……。いや、ま、まさかね! まさか……)
セルディは深く考えるのをやめて、進み出した馬車から外の景色を見る事に集中した。
***
馬車はそのまま首都を進み、到着したのは半年ぶりのダムド家のタウンハウス。
レオネルは馬を出迎えてくれた従者に渡し、馬車の扉を開けてくれる。
「姫、お手をどうぞ?」
まるで物語の騎士のように腰を折った気障な姿。
さすがのセルディも気付いた。
「もー! レオネル様ったら、私の好きな恋愛小説を読みましたね!?」
「ははっ、バレたか」
笑いながら降ろされ、セルディは頬を膨らませる。
「今までのトキメキを返して下さい!」
「つまり、セルディが俺をときめかせてくれるってことか?」
「ええ!? なんでそうなるんですか!」
「じゃあ返せないな」
「むぐぐぐぐ!」
にやっとした笑いを浮かべながらそう言われ、セルディは悔しさに唇を引き結んだ。
そんなセルディの姿が更に笑いを誘ったのか、レオネルは笑顔を深めた。
「ふはっ、別にいいだろ。俺がセルディの可愛い姿が見たいんだよ」
笑い混じりに返ってきたその言葉に、セルディは動きを止めて固まり、頬をじわじわと赤く染める。
(もうもうもう! レオネル様かっこよすぎる!)
気障だな、と思っても好きな人からの言葉だ。
ときめかない訳がない。
「わ、私だって、レオネル様が照れる姿とか、もっと、見たいです!」
レオネルの照れた顔を見たのは半年前のキスが最後。
セルディは実はあれから何度かレオネルの唇を奪おうと攻撃を仕掛けたりしているのだが、さすが騎士。隙がなかなか見つからない。
道中なんて頬へのキスも許してくれなかった。
なんならちょっと避けられていた。
カザンサ領に到着するまではむしろ子ども扱いで傍に居ろと言っていたのに、護衛の騎士が増えたら避けるとはこれいかに。
セルディの不満げな様子を見たレオネルは、少し遠い目をして言う。
「……そうだな、あと三年は欲しいところだ」
「ながいっ! 長すぎますっ!」
「いや、どう考えても妥当だ。ほら、いいから部屋に行くぞ。こんなところで立ったままだと使用人達が働けねぇだろ」
「はっ!」
レオネルの指摘に、セルディは今更ながらに玄関で並んでいたダムド家の使用人達の存在を思い出した。
「ご、ごめんなさい!」
「いえ、お変わりないようで使用人一同安心致しました」
微笑みながら言ってくれたのはダムド家のタウンハウスを管理している執事アーネスト。
メイド長のメンデルも微笑まし気に頭を下げている。
「あ、あはは……。えっと、私の部屋は以前と同じ場所かしら?」
「ああ、そういえば言うのを忘れていたな。お前の部屋はこっちだ」
「え?」
セルディはレオネルのエスコートで半年前に使っていた客室とは反対の、ダムド家の親族にだけ許された区画へと足を勧めた。
「こっち、ですか?」
「当たり前だろう。セルディは俺の正式な婚約者になったんだからな。……ここの部屋だ」
「こ、ここ?」
セルディは知っている。
その部屋の隣がレオネルの部屋だと。
「ここなら何かあればすぐに俺が助けに行けるだろう?」
微笑みながらの言葉に、セルディは照れて口を閉じて俯いた。
「あ、ありがとうございます……」
「ははっ。ほら、部屋も見てみろ。セルディのために整えたんだ」
レオネルが開けてくれた扉から、部屋の中を見る。
「わぁ……」
そこはカザンサ領で泊まった高級ホテルなんて目じゃないほど品のある部屋が広がっていた。
壁紙は淡いクリーム色、壁には金色の魔導ランプが掛けられ、床は丁寧に磨かれた薄茶色。
薄いレースのついた天蓋付きのベッドは可愛らしい薄桃をしており、セルディの年齢を考えた大きさになっている。
ドレッサー、ソファ、テーブル、カーテン、絨毯に至るまで、どれも公爵家の婚約者に相応しい内装をしていた。
(こ、これを私が使うの!?)
喜びよりも先に驚きが勝る。一歩踏み出すのも恐ろしい。
そんなセルディの内心を知ってか知らずか、レオネルはやや強引に手を握ると、セルディを部屋へと引き入れた。
「今日からここがセルディの部屋だぞ」
「あ、アリガトウゴザイマス……」
先ほどとは違い、棒読みになったセルディの礼の言葉に、レオネルが噴き出す。
その瞬間、セルディはレオネルがセルディの反応をわかっていて部屋を整えた事に気付いた。
確かに今後のためには高位貴族の生活に慣れる事は大切だと思う。
何事もまずは見た目から、何度も教えて貰ったし、実践だってしてきた。
でも……。
「もー! レオネル様! 手加減して下さいー!」
セルディは心の底から叫んだ。




