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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

レイニー・クリスマス

作者: 真朱


クリスマスソングって、聴いてると死にたくなったりしない?

…しないか。

普通の人ならそうだよね。

愉快な気分になりはしても、僕みたいに重く心が沈んだりはしないだろう。

じゃあ僕が普通の人じゃないのかと言えば、そうじゃない。

僕だって、ごく普通の人に違いはない。

普通の会社員。毎日働いて、家に帰り眠るだけの日々を送っている、何も特別な所のない男。

…軽やかなメロディーとは反対に重く沈み込むばかりの心を持て余しながら、僕は駅を出て線路の上を渡っている歩道橋の上にいる。眼鏡の縁に光が反射してちかちかする瞳で、欄干に腕を乗せて発着する電車を眺めている。終電までにはまだ時間があるから、電車の往き来は頻繁だ。

このまま少し体を前に倒すだけで、簡単にあの世へのチケットを手に出来る。

「え!?ちょ…っ、嘘でしょ!!」

線路を覗き込んでいると、突然コートの襟首を引っ張られた。

「…っ!?」

「あんた何やってんの!?」

勢いで、僕は歩道橋の上に投げ出される。

若い男の声が、酷く怒った様子で頭上から降るように投げ掛けられた。

僕のコートを引っ張ったのは、酷く軽薄そうな男の子だった。

若い。二十歳そこそこ、という感じ。

茶色く染めた長めの髪がよく似合っている、いわゆるイケメン。

僕とは住む世界の違う人だ。

「…スミマセン」

呆然と、僕は呟く。彼は大きく息をついて、あー焦った、なんて呟くと僕に向かって手を差し出した。

「こちらこそ、乱暴な事をしてごめんなさい」

躊躇いがちに伸ばした僕の手は、迎えに来た彼の手に力強く掴まれる。すっかり冷えていた僕の手に彼の体温がじんわりと伝わってきた。

「…失恋でもした?」

僕を立ち上がらせながら、彼は困ったような顔で言う。

確かに、死ぬことを考えてはいた。だけど、本当に死のうとしてた訳じゃない。

僕の人生には、それを辛いと思うだけの特別不幸なことさえないのだ。

ちゃんと説明しなくちゃ。そう思うのだけれど、焦った僕は何も言葉を発する事が出来なかった。

代わりに考えていたのは、それとはまったく関係の無いことだ。

彼の手はなんて温かいんだろう。

まだ、僕の手を掴んだままでいる彼の手から伝わってくる体温が、僕の肌に馴染んでとても心地がよかった。

「ええっ!そんなに酷くした!?どこか痛いのっ?」

彼の目が見開かれて、焦ったように僕の顔を覗く。

僕の目からは吹き出すような勢いで涙が流れ落ちていた。


突然泣き出した僕を、彼は近くのカフェに連れて行ってくれた。店には他に客はいなくて、彼は優しく僕に声をかけながら背中を撫でてくれる。

そんな風に触れてもらったのは、幼い頃以来の事だ。

「…っ、ふ」

たまらずしゃくりあげた僕の肩に腕をまわして、彼は反対の手で頭を撫でてくれる。

「大丈夫だよ…」

慰める事に慣れている風だ。やっぱりイケメンは違うよね。僕なんかとは大違い。

それが尚更に涙を誘う。

クリスマスにひとりぼっちの僕。

このまま一生、誰にも興味を持たれる事なく独りで過ごさなければいけないんだろうか?

「独りが辛いの?」

耳許で囁く声に、僕は夢中で頷く。

寂しい。

寂しくて堪らない。

「じゃあ、今晩は俺と一緒にいよ?」

肩を抱く手に力がこもる。僕は彼の肩に頭を埋めるように擦り付けた。

「あんた今日は独りでいない方がいいよ…」

頭を撫でてくれていた手が首に触れる。

彼の声はなんて心地良いんだろう。

「俺は男だけど、あんたを抱き締めてやることは出来る」

言葉の通りにぎゅっ、と抱き寄せられた。

「あったかい…」


目が覚めると、僕は見知らぬ部屋にいた。

「まだ寝てなよ…それとも、今日も仕事?」

すぐ耳許で、掠れた声がする。

「だとしても、まだ寝てても大丈夫だから」

声の主は眠そうな声で呟いて、僕の肩に布団をかけ直した。

「な…っ!?」

「俺はまだちょっと寝たい…」

スルッと柔らかなマットレスを沈めて、腕が僕の腰のしたに潜り込む。

抱き枕か何かのように、引き寄せられて胸に顔を押し付けられた。

「な、なんで…!?」

僕は知らない子の部屋で寝てるんだろうか…?

「仕方ないでしょ?」

あったかな手が、ゆっくり背中を撫でる。

「あんたが俺を放してくれなかったんだから」

「僕が…?」

「そんなに寂しかったの?」

そうだ、僕は…!やっと全部を思い出して、僕は半分パニックになりながら体を起こした。

「誤解だよ…!」

死にたかった訳じゃない。

「…っていうか、ここドコ!?」

「俺の部屋だよ。あんた寝ちゃうんだもん」

僕が急に起き上がったので、布団を引き剥がしてしまうことになり、彼は寒そうに身動ぎをした。

「ごめんなさい…、ご迷惑おかけしました」

僕は慌てて布団から出て、彼に向かって頭を下げる。恥ずかし過ぎて今こそ息の根を止めて欲しいくらいだ。

「謝らないでよ」

困ったように彼は笑って、僕の前髪に手を伸ばした。

「寝癖ついてる」

跳ねている部分を何度か撫で付けながら、小首を傾げる。

「よく眠れた?」

問われて、僕は気付く。泣いたせいで顔は腫れぼったいけれど、驚くほどよく眠っていたみたいだ。これまで感じた事がないくらい、頭はスッキリしている。

頷いた僕に、彼は満足そうに微笑んでくれた。

「どうして君は僕にこんなに優しくしてくれるの…?」

勿論、彼が優しい人だからなんだろう。

…僕を特別に思ってくれている訳じゃない。あの時、たまたま側にいたのが彼だったというだけで。

「…言わなきゃ駄目?」

彼は布団の上に正座して、少し顔を赤くした。

「嫌なら答えなくても…っ」

「嘘、嫌な訳じゃない。…来て?」

慌てて止めようとした僕の手を取って、彼は歩き出す。部屋を出て、短い廊下を通り、次の扉へ。

扉の先は、お店になっていた。

まだお客さんが一人もいないカフェ。

「出来ればひかないでくれると嬉しいんだけど…」

彼は窓辺まで僕を連れて行くと、閉まっていたブラインドの角度を僅かに上げた。

「…見える?これがさっきの答え」

その場所からは、駅前のロータリーがよく見渡せる。

「…あんたの事、いつも見てた」

決まりが悪そうに、彼は呟いて顔を伏せた。

「僕を、見てた…?」

「変な意味じゃないから!!」

力強く主張されて、僕はキョトンとして彼の顔を見る。俯いた頬が赤いのは気のせいだろうか…?

「…あんたは毎日きっかり同じ時間にここを通るでしょ」

僕の手を握ったまま、彼はほんの少し顔を上げて、長い前髪の隙間から窺うように僕を見た。

「…辛そうに見えたから心配してた」

「…何、それ」

僕は視線をロータリーに向ける。

ここからなら、確かに駅に向かう人がよく見えるだろう。

…見て、くれている人がいたのだ。

「ごめん。やっぱり気持ち悪いよな…」

呟いて、彼は僕の手を放した。

「違…っ」

温もりの消えた心細さに、僕は酷く焦る。

かといって、自分から彼に触れる勇気はなかった。

「ええっ!」

情けなさに下を向くと、ポタリと目から雫が落ちる。昨夜あんなに泣いたのに、まだ涙が出るなんて。

「なんで泣くの!?そんなに嫌だった…?」

彼だってびっくりしている。

「僕の…っ、事なんて誰も」

声が震えてしまって、上手く喋れない。

「気にしてないと…思っ…」

ずっと、誰にも気にされる事なく生きて行かなければならないのだと思っていた。

でも、違ったのだ。

「嫌、じゃないの?」

囁き声で、彼が言う。声は小さかったけれど、距離が近かったのでその言葉ははっきりと聞き取る事が出来た。

「俺、あんたのこと好きでいてもいい…?」

「…好き?」

彼の手が、僕の頬を拭う。

「じゃないと、毎日気にしたりしないよ」

そのまま頬を包まれて、額が額に触れた。

「あんたのことずっと見てた。…笑って欲しいな、って思ってたよ」

どうしても、昨日死にたかった訳じゃない。

でも、このまま何もない日々が続けば、いつかそうなっていたかもしれないという可能性は否定出来ない。

だとしたらやっぱり彼は命の恩人なのだ。

「…ありがとう」

呟くと、至近距離にある彼の顔がキレイな笑みを作った。

そのままそのキレイな顔が、どんどん近付いてくる。

「う…わぁああああ!!」

一瞬唇に柔らかな感触が触れた。

口を押さえて飛び退いた僕を、彼は苦笑いして腕を掴み引き戻す。

「…そんなに驚かなくても」

「今、くち…っ」

「あんた眼鏡とると可愛いよな」

「そんな話してない…っ!」

「好きって言ったじゃん…」

「そうだ、僕、仕事っ」

「いいじゃん今日くらい休んだら?」

「そんな訳にいかないよ…っ」

「あんたのそーいう真面目なとこも好きだよ」

彼は呆れたように息をつくと、今度は僕の額に音を立てて口付けた。


おしまい


おまけ


呟くと、その人は泣きはらした目をそっと閉じた。小刻みに震えていた背中が動かなくなったので、落ち着いたのかと思って様子を窺うと、どうも違ったようで、彼は泣きつかれて眠ってしまったようだった。

俺はそっと彼の顔から眼鏡を外すと、テーブルの上に置いた。

ずっと見たいと思っていた、眼鏡を外した彼の顔は涙と鼻水でどろどろになっている。

ポケットティッシュ持ってて良かった。

俺はそっと彼の顔を清めると、思う存分に彼の体を抱き締める。

これがきっと最初で最後。

だったら一生忘れないように、記憶に刻んでおきたい。

…この人を見つけたのは夏を迎えたばかりの頃の事だった。俺は一人でこのカフェを切り盛りしていて、その窓からは駅前のロータリーを見下ろす事が出来る。彼は毎日同じ時間に駅を訪れて、それはたまたま俺が店を開けるのと同じ時間だった。最初はさ、なんだか猫背な男が歩いてるな、くらいにしか思ってなかった。でも毎日彼が仕事に出掛けるのを見送るうちに、段々と気になるようになっていったんだ。

彼は表情も冴えなくて、生きるのに疲れてる、そんな印象だったから。

ちゃんと今日も帰ってきたかな?

きちんとごはんは食べてるのかな?

どうせなら、うちの店で食べてけばいいのに。

…なんて。

クリスマスが近付いて、彼の表情はますます重苦しくなっていた。日増しに酷くなるようで、俺は見ていられなくて。

それで今日は、声を掛けてみようと彼の帰りを待っていたんだ。

むしの知らせ、ってやつだったのかも。

まさか電車に飛び込もうとするとは思わなかったけど。

泣きながらうわごとのように、彼は何度も寂しいと訴えていた。

…俺にはそれが「愛されたい」と聞こえて。

「ねえ、俺じゃダメ…?」

寝息をたてる彼の耳許でそっと囁く。

勿論ダメに決まってるよな…。


ここまでお付き合いくださいまして、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「僕」と「君」が出会ったクリスマスの夜の、偶然のようで実は…というとても好きな感じのお話でした! 僕視点から始まる満たされない気持ちの描写も、君=俺視点に変わってからの僕に対する出会いか…
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