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学園×クトゥルフ ~The Absolute Time~  作者: 香椎一輝
第二章 蟲のさざめき
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第39話 歪愛


 司は重い足を一歩、また一歩と美波のほうへと運ぶ。

 美波はまだ人の形をした上半身を丸めて、異形の体を隠すように両腕で自らを抱いた。


「だめ、来ないで……あたし……」


 司はかぶりを振った。声は出なかった。


 美波の呪いは千里と同じもの。彼女から、受け継いだもの。

 なら、美波のこの姿はアトラク=ナクアの呪いによるものなのだろう。

 本当は、予想ができていた。だが、目を背けていた。


「美波……俺は……」


 なんとか発した言葉も、長くは続かなかった。

 俺は、なんだ?

 今の自分は何を考えていて、何を伝えたいと思っているのだろうか。

 頭が真っ白で、考えがまとまらない。足が止まり、呆然と立ち尽くす。


 うずくまっていた美波の上半身が、司へと向き直る。異様なほど黒目がちの瞳が、司を見据える。その非人間的な瞳を見て、ぞくりと全身に鳥肌が立つのを感じた。どうして。相手は美波だというのに。

 そう、あれは美波なのに、自分は怯えている。

 まるで、化け物を見るかのように。


「司くん……」


 美波の表情と声が悲哀に染まる。

 その声を聞いた司は、膝から崩れ落ちそうになるのをこらえた。


「これは……夢じゃ……ないんだよね……」

「美波……」

「ずっと感じてたんだ……あたしは、どこか他の人と違うって……。

 ……漠然とした感覚だったけど、いつも不安だった。自分は何者なんだろうって。

 ……だから、それを隠すために、嫌われないために……強がって……ふざけて……変な子を演じて。

 ……バカみたい、だよね」


 だから、これがあたしの本当の姿――陰気でみにくい蜘蛛。

 美波は蜘蛛の脚を動かして、司から一歩分距離をとった。


「ごめんね……こんなあたしで、ごめんね。司くん…………好きだったよ……」


 美波は背を向け、ゆっくりと海へと歩き出す。

 そのとき、司を縛り付けていた心の糸が解けた。

 海のほうへと去っていく美波を追って、足が動き出す。


「待て、待ってくれ美波!」


 司は、去っていく美波の背をそっと抱いた。


「やめて……見ないで……触らないで……抱きしめないでよ……」


 柔らかい少女の肩と一緒に、蜘蛛の甲殻と産毛に覆われた半身が触れるおぞましい感触が伝わったが、司はそれも余さず感じ取った。


「俺さ……人を好きになるって、まだ良くわからないんだ」


 美波の細い肩が震える。こくり、と小さくうなずいた。


「だけど……今日、美波と一緒にいてすごく楽しかった……今までで、一番かもしれない……」

「うん、……うん……」


 美波はこくこくとうなずいた。

 抱きしめた司の腕に、涙のしずくがポタポタとこぼれ落ちる。


「あたしも……あたしもだよ、司くん……」

「この先、こんなふうに楽しいことがたくさんある。一緒に、楽しくできると思う……だから、これから俺、美波をもっと――」


 司は、美波の体を自分のほうへと向けて、微笑みを漏らした。


「――好きになれると思うんだ」


 その微笑みは引きつっていたと思う。でも、本心からの言葉だった。


「でも、司くん――」


 美波の言葉を遮るように、司は彼女に口づけをした。

 半身が蜘蛛になった少女が唖然としながら動きを止めるのを感じると、深入りをせずに唇を離した。

 はじめてのキスだった。


「あ、あ、あのさ、あたし――」


 もう一度何かを言おうとしたところで、司は再び唇で少女の唇をふさいだ。

 二度目の接吻に彼女は目を白黒させたが、司がまた唇を離して三度目は深く口づけをすると、今度は表情を和らげて身を委ねてきた。


 司は、美波を砂の上に押し倒す。そして動きを封じるように、彼女に覆いかぶさった。


「つ、司くん……」

「……いいか、美波」


 美波は顔を赤く染めて口をぱくぱくとさせたあと、なんとか言葉を発する。


「でも……あたし……」

「何も言わなくていい」

「だって、そんなことできる体じゃないかも……」

「いいんだ。……証明したいんだ」


 司は両方の手を使って美波の額と、蜘蛛になった下腹部をなでた。

 ツヤのある素肌に産毛のざらついた感触。びくっと少女の体が反応する。


「どんな姿になっても、美波は美波だって……俺が本当にそう思っているって」


 恐怖心がない、と言えば嘘になる。

 少女の体から生えた蜘蛛の脚が蠢く様子を見るたびに鳥肌すら立つ。

 それでも、彼女は藍原美波なのだ。化け物なんかじゃない。いや、化け物だったとしても、彼女は大切な友達――これからはきっと、恋人になる存在だ。


 それは、司の狂気に近い執念だった。


「司くん……司くん」

「美波……ごめんな、こんなとこで」


 司の妙な気遣いに、美波は「ふへへ」と笑った。


「砂だらけになっちゃうね」

「ああ。場所を変えるか?」

「ううん。このまま……」


 ふたりは笑い合って、もう一度口づけをした。

 今度はより深く、長く――。




 司と蜘蛛の少女は体を交えたのち、草むらの中で肩を預けあって少し眠ることにした。これからどうするかなど、今は考えたくなかった。

 蟲になった体をまさぐるような行為は、他人から見れば歪んだ狂気の沙汰だったかもしれない。

 それでも、司たちの間には確かな愛情があった。それが彼らの真実だった。


 司は幼子のように小さくベタついた手で触れられて、まどろみから目覚めた。

 明け方なのだろう。あたりはまだ薄暗い。

 手が触れた肩からは、美波の息遣いが聞こえる。眠っているような気配ではなかった。


「美波……起きているのか――」


 司が隣を見ると、美波が――身を乗り出し、今にも覆いかぶさろうとしている美波の姿があった。


「な、美波――どうしたんだ!?」

「ツ、司クん……食べタイ」


 にちゃり、と美波の湿った口腔が開く。

 虚ろな黒目がちの瞳が司を見つめる。


 捕食される。

 司は、本能でそう感じた。


「やめろ。美波、落ち着け…………美波っ!!」

「あ、あれ……司くん……あたし……」


 美波の瞳に人間らしい(・・・・・)光が戻る。

 司は息を荒げてへたり込んだ。


「あたし……どうして……我慢できなくて……」

「……いいんだ、美波」


 狼狽する美波を落ち着かせるため、司は努めて笑顔を作った。

 司はすでに慣れていた。行為の最中も、何度も美波に襲われかけ、そのたびに司は彼女をなだめていたのだ。


「司くん、なんでそこまでしてくれるの……?」

「だってそりゃあ俺は美波のことが――」


 好きだから。その言葉を、突如鳴り響いた銃声が遮った。

 美波の体が、ゆっくりと地に倒れる。


「み、美波……?」


 少女の体から、鮮血が地面に広がっていく。

 愕然とする司が目にしたのは、猟銃をこちらに向ける一人の男の姿――。


「浅木圭介……!」


 司が男の名前を口にすると、男は狂気に歪んだ笑みを浮かべた。


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