【第5話】帰り道
はてと、私の首が傾いだ。
「いかがなさいました、ヴノスさま?」
級友と思う存分戯れて、泣く泣く別れた後のこと。
ヴァルディスティ男爵家からの迎えの馬車を待っていたはずなのに、何故かトロキロス公爵家の馬車に拾われてしまった。
もしやとは思ったが、残念なことに中には婚約者さまがいらっしゃった。
「……」
「……」
無視ですか。はいそうですか。
額に青筋が浮かんでいないか心配だ。
吐きかけた溜息を噛み潰し、意識を逸らすために小窓から外を眺めた。
馬車の通る道順から察するに、おそらく目的地は男爵家だ。
注意深く道の先を観察したが、到着するまでの間にヴァルディスティ家の家紋を掲げた馬車とすれ違うことはなかった。
つまるところ、手配済みなのだろう。
「……ありがとうございます」
到着して馬車が止まる。
私が立ち上がるほんの少し前に馬車から降りて、婚約者さまは手を差し伸べた。
────ああ、珍しいな。
差し出された手を無意識に取った。
教え込まれた貴族令嬢としての礼儀作法が勝手に身体を動かした。
冷え込んだ間柄だと言うのに、親しさの感じられる行為に胸がざわめく。
そして同時に、おかしさが込み上げてきた。
なんて、なんて滑稽な!
「────ふふっ」
不意に漏れ出た笑い声に、触れている手が過敏に反応した。
「どう、した」
あらやだこの人、声が震えているわ!
殊更おかしくて、戸を立てる前にまた口からぽろりと笑いがこぼれた。
「なにが、おかしい」
「だって────だって」
あまりにも可笑しくて、眦に涙が溜まる。
「……可笑しいのか? それとも、悲しいのか?」
さて、どちらなのだろう。
「────『分かりません』」
「……っ」
意識して放った言葉の意味を理解したらしい。
嫌そうな顔をして目を逸らす。
「送ってくださってありがとうございます」
「あ、ああ……」
「それでは」
淑女の礼をひとつ残して、迎えに来た侍従に連れられて屋敷へ至る道を歩き出す。
痛いほどの視線を、その背に甘受しながら。