【第1話】昼休み
「ごきげんようヴノスさま!」
目当ての人物を見つけて私は喜色いっぱい、笑顔満点で駆け寄った。
「今から薬学の講義ですか?」
「近寄るな」
「あら、ネクタイが曲がっています」
「触るな」
「これでよし。午後の講義も頑張りましょうね!」
「……」
ささっと曲がったネクタイを正し、ぱっと離れて手を振ってその場を去る。
ヴノスさまの憮然とした顔に見送られながら。
「スィー、またあの悪辣男に構ってやったの?」
「まあ、エラトマさま! ごきげんよう!」
愛しの婚約者さまに出会えた嬉しさに上機嫌で教室へと向かう私に話しかけてきたのは、級友のエラトマさまだ。
私とは対照的な青い髪と瞳。いつも笑っているような糸目だけれど、本当は笑っていないのを私は知っている。
「ふふ。今日もあの方に出会えて、私は幸福者ですわ」
「あんな男なのにめげないね。そこがスィーらしいから良いけどさ」
ほら、私たちも行こう。そう言って先導してくれる彼女の背中に、私は思い切り抱き付いた。
「いつも待っていてくださって、ありがとうございます!」
「はいはい。お礼は奢りで頼むよ」
「では今日の放課後、この間見つけたカフェに行きませんか? ラテアートなるものを見てみたいのです!」
「はいはい」
呆れ声だけれど、この方はいつも私に付き合ってくれる。
対等な態度で接してくれるこの級友のことを、私は心から慕っていた。
その後は、まるで猫のようにエラトマさまにじゃれついて、教室へと戻った。
ヴノスさまに見られていることに気付かないまま。