5話 属性と守護
アンズの話を聞き終えてもまだ陽が高かった。
起きてからこっち、色々とあったような気がしてるのだけど、意外と僕は早い時間に目が覚めたのだな。
今日はもう随分と長い事起きている気がしていた。
色々あった中でも、今日の出来事とアンズの話は僕の常識を大きく揺るがすものだった。
それ故に未だ信じられない気持ちの方が勝っている。
とは言え現に、いるはずのない黒髪の人間が目の前で喋っているのだ。
ステータスと言う裏付けもある。
だからアンズが嘘を言っている訳じゃないって事も理解しているつもりだった。
「じゃあ何か? 君はこの世界のどこでもない、もっと別の全然違う世界からやってきたってことか?」
「セイレン……もうその質問何回目かしら? さっきから私はそう言っているのだけど?」
馬鹿にされているような気もするけど、そんな些細な事にいちいち反応出来ない。
「そのローレンにいる魔導士はどうやって君を召喚したんだ?」
「さあ? 魔法……じゃないのかしら?」
魔法は万能なんかじゃない。
さっきもそうだったけど、回復魔法じゃ生命力そのものは元に戻らない。
飽くまでも傷を治すのが回復魔法なのだから。
まあ、身体強化の類を極めていれば生命力を戻す事は可能なんだけど、だからと言ってこっちでは傷を癒す事は出来ない。
いくら凄腕の魔導士であろうが、人ひとりを別世界から召喚するなんて僕には到底信じられることではなかった。
「ああ、そうそう。ちなみに召喚された黒髪は私だけじゃないのよ?」
「い、いや……え? それは本当なのか?」
「だって、異世界人を収容する場所には、黒髪のそれも女性ばかりが沢山いたんだもの」
ちょっと僕には訳が分からなかった。
いったいローレンの魔導士は何をやろうとしているのか。。
確信はないけど、きっとアンズのように凄まじい能力を持っている確率が高いだろうし。
黒髪の魔女を現代に誕生させようとでもしているのだろうか。
「ところで、アンズの国は黒髪の人ばかりなんだよな?」
「ええそうね。正確には髪を染めている人ばかりだから、見た感じ黒ばっかりって訳じゃないのだけどね」
「髪を……染める。って、さっきアンズの髪が赤くなってたけど、そう言う事か? ていうか、あれはどういう仕組みで色が変わっているんだ?」
あの時、僕がソファから身を起こした時のアンズは髪の毛を赤く染めていた。
「いえ、それはそれでまた違う要因で色が染まっているのよセイレン」
そう言ったアンズから急激な魔力の流れを感じた。
「お、おい。いきなり魔力をまとって……どう……え?」
魔力を纏う、身体に充填すると言う行為って言うのは、それ自体が戦闘態勢になる意味合いに近い。
だからアンズがいきなりそうした事で、僕は焦ってしまったのだけど、その心境を吐露した言葉は最後まで言い終える事が出来なかった。
目の前で起きた現象に言葉を飲み込む事しか出来なかったのだ。
「属性、って知ってるでしょ?」
「あ、ああ……火、水、土、木、風、の五大精霊を行使した高度な魔法だよな」
淡々と話すアンズに対し、僕はアンズの変貌ぶりに驚かされてばかりだった。
「私の場合、属性の大元【精霊】を呼び起こす事によって属性を身にまとう事が出来るみたいなのよ」
アンズがベッドから起き上がった時は、赤い髪だったのだけど、今見せてくれているのは真っ青で白みがかった蒼髪をしている。
「この精霊が宿っていると髪の色がこうして変化するのよ」
そして次は、金色に近い黄色の髪、エメラルドの様な輝きの翡翠色、そして最後に白銀の雪景色を思わせる白髪へと順に変化していった。
「逃亡生活ではこれがかなり役立ったの。普通に街にいたら白い目で見られたり、遠くから罵られたりしたものね」
その現象自体にも驚いてしまうのだけど、何よりアンズが見せてくれたこの変化はとても神秘的だった。
そう言う意味でも、僕は言葉を失ってしまったのかもしれない。
僕はそれをとても美しいと思っていた。
「随分驚いてくれて嬉しいわよセイレン」
「い、いや……そりゃ驚くだろ。でも、確かに黒髪以外の色に変色できるのは便利だと思う」
しかし僕の驚きはまだ終わらない。
ひとしきり僕の正気が戻ったのを見計らって「それだけじゃないのよ?」とアンズは立ち上がり、僕の剣を持ってきた。
「ほら、こうやって属性を付与したりも出来るの」
そう言った瞬間、僕が愛用する片手用の直剣が見る間に赤く染まっていく。
「おい、何してるんだ!」
「いいから黙って見てなさいな。あなたの剣に属性を貸し与えているのよ?」
そう言えば、アンズのステータスに【属性付与術】ってのがあった。
きっとこれはその能力を駆使しているのだろうけど。
そもそも、属性魔法なんてものが希少中の希少能力だったりするのに、さらにそれを付与してしまうなんて考えられなかった。
「うふふ。助けてくれたお礼にもう少し驚かせてあげるわね」
きっとアンズから見た僕の顔は亜然としか表現できないくらいに間抜けなものになっているだろう。
そんな僕を見てアンズは大層愉快そうに笑みを浮かべながら、僕の右手に触れた。
その瞬間、体に雷でも流れた様なしびれが走った。
咄嗟に手を離してみたのだけど、別に害は無かったようだ。
そう思ったのも束の間。
僕の両手から急激に、煙のような、湯気のような白い靄が立ち昇る。
驚きながらも冷静にそれを観察してみると、どうやらこの煙は冷気であるらしい。
「へぇ~、人に属性を付与するのは初めてだったのだけど、この場合だと髪色は変化しないのね」
僕に語り掛けるでもなく、アンズはそう言って一人で納得している。
「お、おいアンズ! 僕の体が凍ってしまいそうなんだけど、これってどうすればいいんだ?」
「あらそれは大変ね」
「た、大変てって人事みたいに言うんじゃねえよ! 早くこの氷をどうにかしてくれ!」
「どうにかしてって言われても困るわよ。今言ったじゃないの、人に属性を付与するのは初めてだって」
そんな悶着をしている間にも、僕の体は両手から徐々に氷の層が広がっていった。
するとアンズは何かを閃いたのか「あっ」と一言声を漏らして続けた。
「きっと体内の魔力に反応して属性効果が表れているのだと思うの。私の時はそんな感じだもの。試しにお腹へ魔力を集中してみてよ」
「わ、わかった。腹だな?」
「ええ、お腹よ」
言われた通り、僕は魔力を腹部へと凝縮させていく。
すると、体中に張り巡らされそうになっていた氷が一瞬で消え去った。
かと思ったら、次の瞬間にはそれが僕の鳩尾に集中して表れたのだ。
「成功みたいね」
「ああ、だけどこれって消せないのか?」
「魔力を最小限に抑えれば問題ないはず。それよりもセイレン」
「ああ、なるほど。効果も魔力量に比例するのか。で、なんだアンズ?」
「可能な限りそのお腹に魔力を集中してみてくれないかしら?」
またしてもアンズは何かを閃いたのだろう。
不敵な笑みで僕にそう願ってみせた。
この時の僕は「なんだか面白そうだな」なんて軽口を叩き、ノリノリでその提案に乗ってみた。
結果。
僕の腹部を強固な氷が覆い始める。
「す、すごいなこれは。まるで氷の鎧みたいじゃないか」
僕がそう言って、少しはしゃいでいる間、アンズは火属性が付与された剣で僕の腹をコツコツを突いている。
「やっぱり下位属性の火じゃ、上位属性の氷には勝てないのね。ちっ!」
「お、おい、あまり物騒な物で突かないでくれよ。もし万が一氷が割れたら僕の腹は焼け焦げてしまうじゃないか」
「ずいぶん楽しそうねセイレン」
「ん? まあそりゃそうだよ。守護騎士たる僕は防御力が高いけど、こうして氷の鎧を身に纏えれば沢山の人を守れるじゃないか」
どうにも僕のこの言葉にアンズの機嫌が傾いたようだ。
これは僕にも非がある。
守護騎士である僕は、防御性能が高くなったことで得意げになってしまっていた。
アンズの能力のお陰である事も忘れ、余裕な笑みでそんな事を言ったのだから、彼女が不機嫌になるのも理解出来た。
なのだけど、不機嫌になったアンズがどうなるかを今の所僕は知り得ない。
とにかく今後、僕は彼女の機嫌を損ねる事だけは自重しようと思った。
そんな出来事がこの後起きたのだ。
「へぇ、そう……うん、そうね、一理あるかもしれないわね。じゃ、試してみましょうか」
そう言ったアンズの目が急に鋭くなったかと思うと、剣から湧き上がる火の勢いが一気に増した。
いや、もうこれは火と言うよりも炎と言った方が正確なんじゃないだろうか。
「お、おい、どうしたんだアンズ? 試すって何を……!!!!」
またしても僕の言葉は最後まで言い終える事が無かった。
アンズの右手に握られた剣が炎の尾ひれを引きながら、僕の鳩尾へと突き刺さったのだ。
幾重にも張り巡らされた氷の鎧は、炎の勢いに押されて一瞬の内に消滅した。
残すは僕の生身だけだった。
「あっ、あっちいぃぃぃ!」
文字通り、僕の腹は剣から吹きだす炎に焼かれていく。
いくら僕のHPが馬鹿みたいな量だからと言って、このまま腹に風穴と火傷を負ってしまっては重傷になるのは明らかだ。
「それで沢山の人を守れるって言うの? 聞いて呆れちゃう」
アンズが急に怒り出した理由なんて思いつかないけど、とにかくこの窮地を脱する策は巡らせなければならない。
痛みに意識が飛びそうになったのだけど、僕は瞬時に【守護精霊の加護】でもって、体に侵入してくる剣から身を護る。
これまでにも幾度となく僕を守ってくれた能力。
守護精霊の力を呼び起こし、一瞬だけ僕の体はどんな攻撃をも跳ね返す事が出来る。
ひとまずこれで致命傷は免れるはずだったのだけど。
「ぐぐっ、剣が押せなくなっちゃったじゃないの…………あら?」
本来なら攻撃を跳ね返すだけなのだけど、どうやら今の僕が加護の力を使うと、それだけでは済まないようだ。
少しだけ腹に刺さった剣が、傷口から溢れて来る氷に飲み込まれていく。
激しい勢いだった炎は見る間に消火されていき、終いには僕の体から発生した氷が剣を覆い尽くした。
炎の最後の一欠けらが飲み込まれると「ジュウッ」と言う音が鳴って、部屋がシンと静まり返る。
僕もアンズも驚きながら眺めていた。
そして次の瞬間。
氷に覆われた剣が木っ端微塵に吹き飛んで、跡形もなく消え去ってしまった。
「ぼ、僕の剣が……」
「へぇ~、属性とあなたの能力って相性がいいみたいね」
落胆に肩を落とす僕とは対照的で、何故かアンズは楽しそうに微笑んでいたのだった。
この三連休で出来る限り更新したいと思います。
お読みくださってありがとうございました。