3話 反省と焦り
まったくもって休暇とは言えない休暇になってしまった。
我が家の前に瀕死の女性が倒れていただけでなく、正体不明で異常な能力を持っていたのだ。
災難と言えば災難なのだが、このまま解放して休暇を満喫できるかと言えば否である。
守護騎士としても、僕自身の性格からしてもそれは出来なかった。
だから、アンズと言う女性の正体を聞き出さなくてはならない。
この国にとって安全、無害であることの裏付けが無いまま放りだす訳にはいかない。
「悪いけどアンズ、君の話を聞かせて欲しい。このまま君を野放しにする事は出来ないからな」
「そう。あなたはとても実直で正義感に溢れているのね」
どうやら僕の要求には応えてくれるようだ。
「でもその前に」
「このままじゃ風邪でもひいてしまいそうね……」
考えている事は同じのようだ。
まあ、アンズがそう漏らすのはいささか厚かましい事のようにも思えるが。
それでも実際に風邪なんてひかれたら気が引けてしまう。
「本当は僕が入ろうとしたんだけど、湯船には水が入っているからすぐに温めなおしてくる。先にその冷え切った身体を暖めてくるといいよ」
「迷惑をかけちゃったわね……」
正直に言えば迷惑以外のなにものでもない。
しかし、アンズもある種で大怪我と言う迷惑、被害を誰かしらに負わされている。
勝手に助けておいて被害者面などできるはずないだろう。
「気にするなよ。これは僕のお節介みたいなものだからさ」
「この国の人はローレンと違って優しいのかしら?」
この質問には答えられない。
属国の差異で人格は語れないだろう。
その代わりに僕は、男物の衣類を引きずり出して来てアンズに渡す。
「大きいかもしれないけどそれで我慢してくれ」
「気にしないわよ。そこまで厚かましい人間に見えるのかしら?」
少しは厚かましいと言う自覚があるのか。
なんて事は口に出さず、脱衣所の湯沸かし用魔石に魔力を流して湯を沸かす。
その僕の仕草に興味津々と言った具合で、アンズは僕の手元を注目していた。
「えっと、セイレンって呼んでいいわよね?」
「もちろん構わないよ。僕もアンズって呼ばせてもらうから」
「じゃあセイレン。あなたは今何をやっているの?」
「何って、湯沸かし用の魔石に魔力を流してるんだけど?」
「へぇ~、さすがは異世界ね……」
そう言えば、ステータスにも書いてあったけど【異世界】とは一体何の事だろうか。
まあ、それも含めて全てはアンズの風呂上りまで待つとしよう。
そろそろいい湯加減だろう。
魔力を止めて、浴槽に手を入れてみる。
「よし後は湯船側にも魔石があるから、使っている間に魔力を流していれば保温もしてくれるからな。って、さすがにそれは知ってるか」
「いえ、初耳よ。ありがとうねセイレン」
浴室からベッドへと届くように、少し声量を上げてそう言ったのだけど、既にアンズは僕の背後に立っていた。
予想外に近い位置から返ってきた声に驚いて振り返る。
中腰になっていたから、僕の顔とアンズの顔の高さが丁度合わさる格好になった。
「い、いや、気にするなよ」
意識していた訳じゃないから、まさか自分がこんな事に焦りを感じるなんて意外だった。
確かにアンズの容姿、顔立ちは美少女と言っても言い過ぎではない。
むしろ、百人中百人が彼女の事を美しいと表現するかもしれない。
だからと言って、さっき会ったばかりの年下の少女に心を奪われるなんて有り得ない。
そんな邪な感情は、騎士道精神に存在しない。
「着替えとタオルはここに置いておくからな。あと下着だけは我慢してくれ」
「大丈夫よセイレン。そんな事まで気にする必要はないわよ」
「そ、そっか。じゃあ、ゆっくりと体を温めろよ」
女性の下着まで男の僕が心配するのはおかしな話だ。
ちょっとお節介だったかもしれない。
なんて反省をしたところで、脱衣所の扉が閉められた。
少しすると、中からアンズの声が聞こえて来る。
「今まで着ていた服はどうしたらいいの?」
「足元にある洗濯籠にでも入れておいてくれ」
「そうしたいのは山々なのだけど、あなたの洗濯物ですら溢れているこの籠のどこに入れればいいかしら?」
確かにそうだった。
またしても急激な焦りに煽られて、僕はつい扉の取っ手を掴みかける。
のだけど、寸での所で思いとどまった。
「いいわ、適当に置いておくから」
「わかった。すまないなアンズ」
危なかった。
この中で既に彼女が衣服を脱いでいると言う点を、僕は完全に失念していた。
こうして僕はこの数分の間で二回目の反省を余儀なくされる。
すると浴室の扉が閉められる音と共に、得も言われぬ開放感が込み上げて来た。
「ふぅ~」
たまらずに大きな溜息をひとつ吐く。
別に僕は女性の扱いに不慣れと言う訳ではない。
ただ、自分の家に年下の女性がいる事には慣れていなかった。
しかもその女性が美少女であり、不吉な黒髪をしているのだから、僕の日常とは大きくかけ離れていると言ったっていい。
普段であれば焦るような事じゃなくても、予想外に自身が焦っている事を自覚するとどんどんそれに拍車がかかるものだ。
とにかく、アンズが風呂に入っている間に心を落ち着かせておこう。
そう思い直し、もう何杯目になるか分からない紅茶を淹れる事にした。