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プロミネンス・ストーリー  作者: 秋保 あかさ
7章 二人の綴り人
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65 二人の物語

 終業を知らせる鐘の音が鳴り響き、帰り支度に湧き立つ周囲の喧噪に隼人の心臓が高鳴った。

 ――とうとうこの時が来たか……。

 それはまるで愛の告白を決心した高校生のよう。自ら望んでこの瞬間を迎えたはずなのに、いざ始まるとなると臆病風に吹かれる自分がいるのだ。


「隼人! 帰ろーぜ!」


 そんな隼人の名を呼ぶのは、彼の親友である佐藤正也という青年だ。

 隼人は現在高校二年生になり、前々世と同じ学校に通っていた。彼とはその時に再会――隼人からの一方的な認識だが――し、当時とあまり変わらぬ関係を築けている。

 そんな正也の相変わらずな帰り支度の速さに辟易としつつ、隼人も立ち上がり帰り支度を開始する。


「わかったから、ちょっと待ってろ」

「んだよー、おせーぞ!」

「……お前が早いんだよ」


 などと言いながら、隼人はそう言えばあの時もこんなやり取りがあったな、と思い出す。

 そう、今日は父親の再婚による、相手方との顔合わせの日だ。以前と同じく当事者二人は同時に仕事が入り、しばらくの間は子供二人での会合となる。隼人の緊張もこれが原因だった。コーウェン、アーヤとしての出会いを経験する前ならばこんなにも緊張することはなかったのだろうが、今回は命をかけて葵を救い出し、そして十七年の年月を経てから、満を持しての再会なのである。

 決して心地よいとは言えない緊張からの脱力感に目を背けながら、隼人は教科書や筆記用具をカバンへと詰め込んでいく。

 やがて帰り支度を終えるとカバンを右肩へとかけた。


「――さて、帰るか」

「よーし、今日は久しぶりにゲーセンでも寄ってくか」

「いや、今日は大切な用事があるって言っただろ……」

「んあー、そういやそうだったな」


 正也はそう言いつつ頭の後ろで手を組むと、わざとらしく茶化すような声を出した。


「あーあ、デートか。いいなー、隼人モテるもんなー」

「……違うって。ってか、俺には彼女なんていない」


 やはりどこかで聞いたような会話だった。最後の日の記憶はしっかりと隼人の心に残っているのだ。


「ふーん、隼人みたいな天才君に彼女がいないってのは珍しいよな」

「……」


 正也が何気なく発した『天才』という言葉に、しかし隼人が何かの反応を示すことはなかった。


「……まあ、帰ろうか」


 こうして二人は学校を後にした。




 その後、校門前の交差点で信号待ちをしていると、ずっと黙っていた正也が「それで」と口を開いた。


「彼女絡みじゃなかったら、大切な用事って何なんだ?」


 突然向けられたそんな疑問に、隼人はそっと思考を巡らせる。

 正也は、高校からの同級生で唯一隼人に母親がいないことを知る人物である。だったら本当のことを言ってもいいだろうと考え、口を開いた。


「近く、父さんが再婚することになってな。今日はお互いの連れ子も一緒に集まって夕食を共にするんだよ」

「へー! あの親父さん結婚するのか! それで、相手の連れ子ってどんな感じの人だ!?」

「一つ下の女の子だよ。人見知りでおとなしいって聞いてるな」


 隼人のそんな言葉に、単純な正也は目を輝かせた。


「お、おぉ……まるで少女漫画みたいな展開だな。で、その子可愛いの?」

「さあな。まだ会ってないから。……ただ、訳あって中学入学前の彼女は見たことあるけど、その時はめちゃくちゃ可愛かったよ」

「おおー……」


「羨ましいなー」と続ける正也に、話しの流れで葵のことを可愛いと言ってしまった隼人は人知れず照れ臭くなった。

 そんな隼人の内心など知らずに、正也はここぞとばかりに口を開く。


「なあ、また落ち着いてきたらその子のこと紹介してくれよな」

「ああ、別にいいけど、付き合うとかは期待しない方がいいぞ」

「ん、どうして?」

「俺がさせないから」

「え……」


 隼人が今回の人生でもこの高校を選んだのは、かつての友人たちともう一度友好を築きたいという思いがあったからだ。そしてそれは、当然ながら親友である正也に対しても例外ではない。そんな正也が相手だからこそ照れ臭ささなど無視して開き直ろうと決めた隼人の堂々とした宣言に、正也は一瞬面喰ったような顔をし、やがて小さく笑いだした。


「ははっ、おいおい隼人、なに急に兄貴面してるんだよ。……まあ確かに? いずれ俺とその子が結婚でもしようものなら俺たちも兄弟の仲になって、それが嫌だっていうのもわかるけど」


 はっきり冗談とわかる口調でそんなことを言う正也に、隼人は「違う」と首を横に振った。


「違うって……じゃあ、隼人が既にその子のこと好きだとか? いやでも、今の彼女がどんな感じなのか知らないんだったよな……」

「……関係ないよ、今の彼女がどんなだなんてさ」


 もう恥も外聞もなかった。隼人は自分の正直な気持ちを知り、それを認めたのだから。

 だからこそ、清々しい気持ちでこう紡いだ。


「――だって俺、その子のこと前世からずっと好きなんだから」




 ◆◇




 ――時刻は十五時五十七分。

 隼人は自らの住む町から三駅ほど離れた町で電車を降りた。

 早くこの緊張を解消したい、という思いから早歩きで歩いていたため予定していたものより一つ先の電車に乗ることができ、時間にも少し余裕ができた。

 やがて駅から出てきた隼人は、前回の隼人曰く“半都会”のこの光景に懐かしさを覚え、大きく深呼吸をした。


(もう少しであの子と会えるのか……)


 当然、未だ緊張は強い。だが自分の気持ちを認めたからこその楽しみが隼人の中で膨れ上がり、今では緊張よりも期待が勝っている。

 隼人は手に提げていた通学カバンを肩からかけ直し、歩き始めた。


 ――時刻は十六時。


 やがて閑静な十字路にさしかかったところで、隼人の足が不意に止まった。

 視線を下げ、様々な感情の入り混じった笑みを浮かべる。


「俺は、ここで……」


 そこは、前々回の人生で背中を刺され、命を落とした場所だった。

 隼人はそのままの体勢で静かに目を閉じる。

 ――ここから、全ては始まったんだ。

 ここで殺され、コーウェンとして生まれ変わり、たくさんの人たちと出会った。そしてアーヤを失い、そんな彼女のためにもう一度この場所へと帰って来たのだ。

 そこで、隼人はふと思った。――きっと彼も来ているはずだ、と。

 やがて目を開けた隼人は、そこにいるはずの彼に向って声を響かせた。


「ありがとう、コーウェン」


 何も返答はない。だが間違いなく届いただろう。

 隼人は満足すると、もう一度心の中で別れを告げ、歩みを再開させる。

 そのまま少しの間歩き続けると、隼人の前に比較的大きなホテルが姿を現した。ポケットから取り出したスマートフォンで目的地に違いないことを確認すると、もう一度大きく深呼吸をし、入り口へと歩を進める。

 そして自動ドアの感知床に乗る直前で、腕時計へと目をやった。


 ――十六時五分。


 そして、その時はやってきた。

 ホテルの入り口前で立ち尽くす隼人の視界を見覚えのある『赤』が覆い、一瞬の浮遊感が襲い掛かった。やがてその感覚はすぐに消え失せると、何事もなかったかのように世界は動き出す。

 ――先にホテルで待っていた葵が、あの世界へと転移した。

 そう悟り、隼人は心の中でアーヤとなった彼女へとエールを送る。

 そしてようやく一歩を踏み出した――


 ――その時。


 後ろから小股で近付いて来ていた誰かの手によって、突然隼人の視界が遮られた。背後から目を覆われたのだ。


「だ~れだっ」


 同時にかけられたか細いその声に、隼人の心臓がドクンと飛び跳ねる。

 だが同時に遊び心の感じられるその行為にも、しかし多分な緊張が伴っていることは、転生者としてあらゆる感覚が冴えわたっている隼人には隠し切れていなかった。そんな相手に可愛らしい懐かしさを覚え、様々な思いが隼人の胸中に押し寄せた。

 そしてそれは、まるで走馬灯のように駆け巡る。


「アーヤ……」


 長く悲しくも、決して悪くはない旅だった。やがて導き出したそんな答えを静かに噛み締め、ゆっくりと手の主を振り返った。

 切り替わる視界の中に、ミディアムショートのストレートヘアを可憐に揺らす、一人の少女が入り込んで来る。その漆黒の髪と、見るからに性格の柔らかそうな顔立ちを見て、隼人は小さく微笑んだ。


「残念、私の名前はアーヤではありません! ――えへへ、正解は秋谷葵でしたっ!」


 ふと、感じた。

 彼女と顔を合わせる場面をイメージすると、そこにはいつもコーウェンとアーヤの姿があった。必ず両者の髪は色素が薄く、外見も幼いものが持ち出される。だがこの時を以て、その画がガラガラと音を立てて崩れ落ちる――そんな感覚を。

 もうコーウェンとアーヤではない。二人の高校生。二人の日本人。地球にある日本の街での出会い。――それは、かつての彼らとはまた別の、新たな物語の始まりを予感させるもの。

 親同士が結婚すれば秋谷の籍に入るという未来をカモフラージュに、隼人と同じ姓を堂々と名乗ってみせた一抹の勇気。そんな健気な少女の願いだって、いずれ叶う時が来るのかもしれない。


 これから続くのは、『プロミネンス(コーウェン)()ストーリー(紡ぐ物語)』に限った話ではないのだから。




次話で完結となります。

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