52 変化の邂逅
コーウェンが放った魔法はファウリッドの立っていた地面を火の海へと変え、選定魔法導師が存在した形跡を跡形もなく消し去っていた。
夜の帳を晴らすその光景を見ていたディーアは、堪らなくなりその場に膝を突いた。両手で顔面を隠しつつも、師を失った悲しみに涙を流しているのは明らかだ。
コーウェンはそんなディーアを気にも留めずに、ふらふらと足を彷徨えやがて膝を突く。
あまりにも呆気ない幕引きだった。魔導師の名を冠した魔法使いと言えど生身で魔法を受ければ死ぬ。そんなことは当然わかっていたが、同時に復讐の対象であったファウリッドが自分と同じ人間であったと知らされるようで、コーウェンの胸中を新たな絶望が満たして行く。
――アーヤ。勝ったよアーヤ。
そんなふうに呼びかけてみても、彼女からの返答はない。
ファウリッドさえ倒してしまえばアーヤが生き返るとでも思っていたのだろうか? それとも、この行き場のない悲しみがどこかへ消えてなくなるとでも思っていたのだろうか?
初めて人を殺したことに対する気負いはなかった。あまりにも呆気ないというのはもちろん、ファウリッドが死ぬ瞬間を見たわけではないからだ。ファウリッドは、コーウェンの放った火魔法の陰に隠れ、魔法が晴れた時には姿を消していたのだ。むしろ、本当に彼が死んだのかという疑惑の方が大きくもある。コーウェンの魔法とは言え、果たして魔導師たる者が一撃の下に跡形もなく消え去るのか、と。
――本当に、ファウリッドは死んだのか?
だが、考えていても仕方がない。
当初の目的は達成したのだから、喜ばないといけない。
「よろ、こばないと……」
だが、どれだけ頭で意識してみても、その表情に喜色が差すことはなかった。
なぜだが涙が溢れる。頭痛から来る吐き気と、目頭の奥に刺さる痛みが、コーウェンの心を黒く蝕んでいく。
ふと、そんなコーウェンの肩に手が差し伸ばされた。今にも意識を手放してしまいそうなほどに精神が不安定なコーウェンを、肩を抱くように支えている。
その人物の顔を見上げる。――そこにいたのは、シリウスの凶刃からコーウェンを守ってくれた、あの青年だった。
震える唇で、礼を告げる。
「ありがとう……」
――その時。
コーウェンは、何も言わずに頷いてくれたその青年に閃光のような既視感を覚えた。
髪色が大きく変わっているが、この距離で見た時の顔の造りや、その身体能力の高さから連想し、確信を得る。
「お前、未来から俺の特殊魔法で? だけど、いったい何故!?」
その青年の正体は、コーウェンの特殊魔法『転移』でこの時代へやって来たのであろう、半吸血鬼――アイズ・スパーダだった。
そんな問いかけから、コーウェンが自らの正体に気付いたことを悟ったのだろう。アイズは申し訳なさそうに顔を伏せた。
「ごめんね。他でもない君に、あまり余計なことは口走るなと言われてるんだ」
その返答に「そんな……」と呟くコーウェンを見て、アイズは更に申し訳なさそうな顔をし、その場に立ち上がった。
「もうそろそろ行くよ。こっちにも色々と事情があってさ」
そう言い残し立ち去ろうとするアイズをコーウェンは呼び止めた。
「待ってくれアイズ! ちょっとだけでも話を……」
――だが、返って来たのは予想外の言葉だった。
「アイズ……? 今、僕のことをアイズと呼んだのか?」
「え、ああ、当然だろう。だって――」
「――僕の名はアイズじゃない」
コーウェンの言葉を遮りそう言った彼は、信じられないという表情を浮かべこちらを振り返った。
何が起きているのか理解できないコーウェンに対し、アイズという名を否定した青年が続ける。
「僕の名はスパーダだ。『俺の剣となってくれ』と言われ、君に貰った名だよ。……それにずっと不思議だったんだ。君は――君は何故左目を怪我しているんだ? アイズという名には、どういう意味が?」
「は? 何言ってるんだ。この目はあの日洞窟内で戦った時に、お前自身に付けられた傷だ。だから俺は『目となってくれ』という意味を込め、アイズという名を授けたんだ」
そんなコーウェンの説明を受け、スパーダは深刻な表情を浮かべ思考の渦に身を寄せた。やがて「そうか……」と静かに呟くと、苦々しく口を開いた。
「……僕に言えるのは、母親の言うことには従っておくべき、ということだけだよ。……本当にごめん」
それだけを言い残し、スパーダは今度こそこの場を立ち去って行った。
その場に残されたコーウェンにはその後姿を呆然と眺めることしかできなかった。やがて顔を伏せるディーアへと目をやり、コーウェンは自らの置かれた状況を思い出す。
――とても長い一日だった。
そう感じると共に、コーウェンの頬を今日だけで何度目になるかわからない涙が流れ落ちた。
だが、待っていたのは絶望だけではない。
そうだ。未来の自分は、特殊魔法を使ってまで自らの剣をこの時代へと寄越したんだ。理由など決まっている。きっと、アーヤのために何かを成し遂げようとしているのだろう。自らの胸に手を当て考える。
復讐は果たした。そして気付いた。こんなものはただの自己満足に過ぎないのだ、と。
だったら、今度はあの子のために。
今度こそ、俺はアーヤを――。
◆◇
コーウェンを追ってコールたちが駆けつけて来たのは、その後すぐのことだった。
何があったのかと問う彼らへの返答は、少しずつ平静を取り戻し始めたディーアが行ってくれた。コーウェンがファウリッドを殺したと告げられた時は誰もが驚きを隠せていなかったように思う。
ファウリッドの死体は見つからなかったが、ディーアが証言していることと、大きな戦闘跡があることから、コーウェンの魔法を正面から喰らったために死体は残らなかったと結論付けられた。
コーウェンが何かの罪に問われることはなく、今回の事件の後始末は全てシルバが担ってくれた。
そこから何が起きたのか、コーウェンは覚えていない。
一日の間に多くを経験しすぎたのだろう。気が付けば、神妙な顔をしたアメリアと、泣きじゃくるメリファに付き添われ、ベッドの上に横たわっていた。
ただ、自分が人を殺したのだと受け入れた時の居心地の悪さだけは永遠に忘れないだろう。あの家に居辛いのではない。この世界に居辛い、そんな気持ちだ。
だがそんなコーウェンの思いなど、この世界は何一つ考慮してくれることはなかった。
いつもと同じように日が昇り、そして沈む行く。
やがて時は過ぎ、コーウェンの身体も少しずつ成長を遂げて行った――。




