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プロミネンス・ストーリー  作者: 秋保 あかさ
6章 覚醒のアリスブルー
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51 決戦・決着

 沈黙を破ったコーウェンの叫びと共に突然放たれた無詠唱の炎弾を、ファウリッドが御者台から飛び降りることで躱した。流れ弾で馬車が弾け飛び、手綱から逃れた馬が狂ったように走り去って行く。

 その様子を見ていたディーアは慌てたように両者の間に立つと、コーウェンの肩を正面から揺らした。


「おい! いったい何があったと聞いている! 何故急に攻撃なんかしたんだ!」


 そう問う彼女の表情は、まるで変わり果てた友でも見ているかのような悲哀に満ちたものだった。

 そんな反応に少し面喰いながらも、コーウェンはファウリッドを指差し叫んだ。


「さっき、アーヤが死んだんだ! 大華炎に! 殺された! あいつが、あいつが殺したんだよ!」

「はあ? 何を言って――」

「――退いていなさい、ディーア」


 コーウェンらしくない要領を得ない説明に戸惑うディーアを、ファウリッドの一言が黙らした。きっと自らの部下が行ったことを理解したのだろう。それとも命令としてアーヤを殺させたのか。どちらにしろ、今のコーウェンにとって大切なのはファウリッドを殺すことだけだ。ディーアの存在は邪魔とも言えた。

 改めてディーアを押し退けたコーウェンは、二十メートルほどの距離を置きファウリッドと対峙した。

 この距離は魔力を視認できる二人にとって、相手の魔法を高確率で避けられる最低ラインのようなものだ。ファウリッドもこれ以上近づこうとはせず、反対にコーウェンが近づこうものなら即座にその小さな命を刈り取りにかかるだろう。ファウリッド程の魔法使いが相手ならば、コーウェンの上昇した動体視力はあまり回避の手助けにはならない。銃弾を避けるには発射されてから反応しているようでは遅いからだ。

 コーウェンは全身の魔力を練り上げ、魔法のイメージを作り出す。


「焼き尽くせ、『炎弾』!」


 そんな詠唱の後に放たれたのは、人の頭部サイズのオーソドックスな火球だった。それが三つ。だがそれは他ならぬコーウェン・ディスタートが放った魔法であり、その威力は見た目からは想像できないほどに凶悪なものだ。

 そして――それだけではなかった。

 詠唱で発動されたものと全く同じ火球が無詠唱でさらに三つ。かなりの実力を持った魔法使いにしか行えない、詠唱と無詠唱それぞれで魔法を同時に発動する技術だ。

 計六つの火球が空気を切り裂きファウリッドへと襲い掛かる。

 対し、ファウリッドは既に練り上げていた魔力へと魔法を投影した。


「なっ……!」


 だが、防御に使うというコーウェンの予想に反し、その魔法は敵を攻撃するためのものだった。火球を身をよじることによって回避したファウリッドの土魔法は、その身を槍へと変えコーウェンへと飛来した。

 思わぬ反撃に後ろへと倒れ込んだコーウェンの頭上を、土でできた槍が通過する。

 コーウェンの額を汗が流れ落ちた。


 ――転ばなければ死んでいた。


 そんな事実に急かされ、コーウェンは慌てて立ち上がると再度魔力を練り上げる。

 火球を躱したファウリッドの動きは、決して無理をしたものではなかった。その事実に初めて痛感する。

 ――対魔法使い戦の経験が段違いだ、と。

 視認した魔力から弾道や威力を読み回避するという戦い方において、彼我の経験値の差は著しい。そして二人は今、魔力の読み合い戦を行っている最中である。コーウェンとファウリッドの魔法使いとしての力量に大差はないだろう。二人の勝敗を分けるのは戦士としての差だ。

 火魔法の派生属性――光魔法である『一閃』を使うにしても、訓練を始めてからまだ日が浅いコーウェンのものでは、何らかの隙を作らなければ大した効果は望めないと確信する。

 ――その時、コーウェンの上昇した聴覚が、今にも泣き出しそうなディーアの叫びを捉えた。


「二人とも、頼むからもう止めてくれ……!」


 ディーアにとっては、コーウェンとファウリッド両者が共に身内みたいなものだ。だからこその発言なのだが、二人の眼光からは戦意の喪失が見受けられない。

 一人だけ状況に取り残されているディーアへと、幾分か冷静さを取り戻したのだろうコーウェンから声がかけられた。


「こいつはな、グリムガムを率いる長なんだよ! そしてそのグリムガムにアーヤは殺された! ついさっきの出来事だ!」

「なっ、アーヤが死んだ!? それに、師匠がグリムガムって、そんなわけが……!」


 そう反論しつつ、ディーアは少し納得する自分に気が付いた。

 以前にディーアが大華炎を名乗るシリウス・ライラと対峙した際、突然現れたファウリッドがシリウスの相手を引き継いだことがあったが、後にシリウスの死体が消えているという報せがあった。その時に抱いた疑惑――。

 それでも認めたくないと抗うディーアの願いを、ファウリッドが打ち砕いた。


「本当だ。コーウェン・ディスタートが言う通り、私がグリムガムを創設した」


 その宣言に、ディーアは頭を抱え膝を突いた。

 最早何も言えなくなったディーアに代わり、コーウェンが口を開く。


「やはりお前がッ! 何故アーヤを殺した!?」

「私はアーヤなどという人間を知らないし、当然死んだ経緯もわからない。だからこそ部下に直接問うとするよ。わかったらそこを退きたまえ」


 身を引き裂くようなこの怒りを気にも留めないそんな言葉に、コーウェンは憤怒から顔を赤く染める。


「ふざ、けるな……。今! ここで償わせてやるッ!!」

「ふっ、それは死んだアーヤとやらのためにか? さっきは死んだ経緯はわからないと言ったが、所詮は弱者が身の程をわきまえず余計な行動を起こした挙句、無駄死にでもしたのだろう? 確かに同情したくなる無様さだよなぁ」 

「……はぁ?」


 ――何を言っているんだ?

 ――こいつは今、何て言った?

 常軌を逸したその挑発に、コーウェンの頭の中で何かが切れる音がした。

 何か軽いものが軽い音を立てて跳ねた。その程度の音だ。だが、その全身からは大量の魔力が溢れ出し、まるで撃鉄を弾いたかのような瞬発的な力の上昇を感じ取った。

 世界でも類を見ないその魔力量。あまりに多すぎるそれを、特殊魔法を習得したことにより一度で大量に消費する感覚を頭で理解したコーウェンは、無意識の内に、全身全霊で魔力を練り上げていた。

 それは九年近く生きてきて初めて行った――否、初めて行えた行為だった。

 不思議と冴え行く頭が、時間の感覚を置き去りにして魔法のイメージを作り上げて行く。火属性、水属性、土属性、風属性、そして氷属性や雷属性すらも行使し作り上げたそれを片っ端から具現化し、投影する。

 鬼神のようなその姿を前に、驚愕するファウリッドの姿が見えた。

 それを見て、ようやくファウリッドの発言を頭が理解する。そうだ、こいつはアーヤを侮辱した。殺すだけでは飽き足らず侮辱したんだ!


「ファウリッドォォォッ!!!!!」


 発動されたそれらは全てが無詠唱。

 決まった形など持たぬ魔力の奔流が投影された魔法を写し出し、全てを破壊する暴風となってファウリッドへと殺到する。雷を纏った複数の巨大竜巻が意志を持って襲い掛かるようなその光景は、見ている者全てを愕然とさせる圧倒的才能の塊だ。

 あらかじめ魔力を練っていたファウリッドは慌てて防ぎにかかる。

 避けられるものは全て避け、対応せざるを得ない攻撃を最小限に止めるが、それでも完全に防ぎきることは叶わなかった。世界最高の魔法使いは最後の一つを眼前で相殺すると、その衝撃に後方へと吹き飛んだ。


「ぐっ……」


 そして苦しみに喘ぐファウリッドへと、コーウェンの手が翳される。

 慌てて立とうとするが、両足に力が入らない。そこでファウリッドの頭を過ったのは、到底信じがたい可能性だった。

 ――コーウェン・ディスタートに敵う者なし。

 決して油断していたわけではなかった。

 あらかじめディーアから聞いておいた情報から、十二英傑を遥かに凌ぐ実力者だということはわかっていた。だが、最後に見せたあの強さは、どれだけの備えをしていても防げるものではない。未だ九歳にも満たぬこの幼子は、正面からまともにやり合って勝てるような相手ではなかった。唯一の油断があったとすれば、正々堂々と対峙したことだろう。

 それは、この光景を見ていた全ての者が理解したはずだ。

 だからこそ――彼らは動く。




 ◆◇




 あらかじめリグルド内に確保しておいた隠れ家で怪我の応急処置を済ませたアクアスとシリウスは、グリムガムの長であるファウリッドに合流するため、王都への街道を歩き出した。

 予定ではファウリッドもリグルドへと到着する頃合いだが、怪我人を抱えたままコールやコーウェンのいるリグルド内にいつまでも留まっているわけにはいかない。敢えて逃走が可能なように開けっ放しにされていた西門も、アクアスたちを捕まえるだけの戦力が準備され次第閉じられるだろう。向こうの狙い通りであろうと、それまでに出ておきたいというのもあった。

 そんな理由からファウリッドとの合流を優先した彼らだったが、三十分ほど歩いた先で思わぬ光景を目の当たりにする。

 ――そこでは、ファウリッドとコーウェンが向かい合って対峙していた。

 すぐ傍には座り込んだディーアが必死に何かを伝えようとしているが、それが彼らに届くことはない。歯痒い思いをしながらも圧倒的な強さを誇る二人を前に、自らの無力さを痛感しているのが遠くからでも感じられた。

 アクアスとシリウスの二人は、コーウェンとディーアの死角から静かに接近する。そんな二人の存在にファウリッドは気付いたようだが、冷静さを失っているように見えるコーウェンとディーアが感付く様子はない。

 ――その時。

 ファウリッドの挑発を合図に、コーウェンの全身からとてつもない量の魔力が溢れ出した。一瞬にして解き放たれたそれは、まるでコーウェンを中心に爆発するかのような圧力を感じさせたのだ。魔力を視認できない二人だが、これが如何に常識外れな代物かはわかる。


「ファウリッドォォォッ!!!!!」


 そしてそんな叫びと共に魔法が発動される。

 近付くことさえ許さない圧倒的な魔力の奔流を前に、二人は動いた。視界の先ではファウリッドが魔法の対処に追われ、やがて吹き飛ばされた。そんな彼へと手を翳すコーウェン。

 早かったのはシリウスだ。幼き天才の首へと迷うことなく振り払われたその剣は――


「おとなしく見てなよ!」


 ――新たな乱入者によって防がれ、コーウェンの首を捉えることはなかった。




 ◆◇




 ファウリッドへと止めを刺そうと魔力を練るコーウェンは、背後から近付く何者かに気が付いた。それはファウリッドの命以外眼中になかったために生じた決定的な隙であり、決死の攻撃だった。

 間に合わないと悟りながらも、弾かれたように背後を振りかえる。

 自らの首へと走らされるその剣へと本能が手を翳した時、別角度から現れた一人の男がその剣を弾き飛ばした。


「おとなしく見てなよ!」

「ぐぁッ……!」


 そんな言葉と共に剣を弾き飛ばした男が、剣を振るった男の身体を続けざまに蹴り飛ばした。

 短い呻き声を発しながら飛ばされた男は、空中にてまるでボロ雑巾のようにねじ切れると、大量の血をまき散らしながら地面に転がった。――そこで気付く。たった今殺蹴り飛ばされた男が大華炎のシリウスで、蹴り飛ばした男がエルフの国で出会ったあの不思議な青年だ、と。

 信じられないほどの膂力の高さを披露した青年は、流れるような動きで腰の刀に手をかけると、シリウスの背後を駈けていたアクアスへと方向を変えた。

 それに対し、シリウスとは違い乱入する青年の姿を捉えていたアクアスは、一足早く魔力を練っていた。その魔力の大きさは、アクアスの特殊魔法『拘束』の発動を意味する。

 アクアスはそのまま乱入者の青年へと魔法を放とうとして――


 ――こちらを見やるコーウェンの眼光が視界に入り、自らの過ちを悟った。


 リグルドにてアーヤ・メイルリーを殺害後、コーウェンの殺害をアクアスは見送ったのだが、それには『確かにコーウェンは危険だが、その気になればいつでも殺害は可能だと知った。それならば今は敢えて泳がせておこう。イデアたちを殺した真犯人という、コーウェン以上に危険な人物をあぶりだせるかもしれないから』という理由があった。

 だが、それこそが間違いだったのだ。

 先ほどの畳みかけるような魔法と、その眼光――イデアたちを殺した者の正体など関係ない。コーウェン・ディスタートこそが、この世界で最も危険な敵だ。

 咄嗟にそう判断したアクアスは青年に首を飛ばされることを悟りながらも、拘束の対象をコーウェンへと切り替えた。


「これで、お前を……!」


 そう何かを叫ぶアクアスの首が、青年の振るった刀により胴体から永遠の別れを遂げた。

 だが絶命と同時に発動される、アクアスの特殊魔法――。

 コーウェンは視認した魔力でその発動に気付いたが、既に手遅れだった。

 ――くそっ!

 そして、この日だけで二回目となる『拘束』を受け身動きが取れなくなったコーウェンの視界の端で、苦しそうに立ち上がりその身に魔力を纏うファウリッドの姿を捉えた。やがて魔導師らしいスムーズな発動速度で放たれたのは人間など簡単に絶命するに足る巨大な火魔法だった。

 加速する思考回路が自らの死を強烈に警告する。

 だがその時、コーウェンをかばうように、ディーアがその魔法の前に立ちはだかった。ふと脳裏を駈けるアーヤの死に際に、コーウェンの胸中を絶望が満たしていく。

 だが、そんなディーアの前にも、別の新たな影が割り込んだ。

 真紅の全身に巨大な大翼。全ての生物を凌駕する圧倒的な戦闘能力を持つそれは、かつてこの国を恐怖のどん底に陥れた最強の生物。それは、自らの手で止めを刺した魔物を魔力で形作り使役するという――ディーアの特殊魔法『使役』によって召喚された炎龍だった。


「グゥォオオオオオオオオ――!!」


 炎龍は全てを恐縮させる咆哮を放ちながら、ファウリッドの放った魔法をその身で受け止める。

 何かが弾け、引きちぎれたような音と共に、やがて焦げ臭い硝煙が辺りに広がった。ディーアの魔力量では例え特殊魔法であろうと炎龍の強さを完全には再現できなかったのだろう。その巨体の左半身を失った炎龍がその場に倒れ込み、魔力の消失と共に霧散していく。

 そしてその奥――魔法が消え去ると共に姿を見せたファウリッドが、静かにその場に膝を突いた。


「ぐぁッぁぁぁ――!」


 思い出したかのように顔面を両手で多い、苦しそうに喘ぎ声を上げる。


「な、なんだ、いったい何が……?」


 そんなファウリッドの様子に怪訝な声を上げるディーアを尻目に、コーウェンは自らの勝利を確信していた。

 ――光魔法『一閃』。

 拘束から逃れたコーウェンが、炎龍が絶命するのとほぼ同時に放っていた魔法だ。

 コーウェンは魔力を練りつつ、一時的に光を失ったファウリッドへと手を翳した。

 ――これで終わりだ。

 ――アーヤ、お前の敵、討ったぞ。

 そして、生物の命を奪うことに特化した火魔法の名を唱えた。


「――『清音天籟(せいおんてんらい)』」

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