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プロミネンス・ストーリー  作者: 秋保 あかさ
6章 覚醒のアリスブルー
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50 最強の二人

 ディスタート家を抜け出したコーウェンは、剣を片手に裸足のままリグルド駆けていた。

 きっと今頃ディスタート家は、コーウェンの脱走に浮足立っていることだろう。もしかしたら止められなかったメリファが叱られているかもしれない。それには申し訳ない気持ちも当然あるが、今のコーウェンにはそんなこと気にしている余裕がないのもまた事実だった。

 この胸を蹂躙する果てのない憎悪と悔恨は、どこかにぶつけない限り晴れることはないのだ。そして晴らさなければ、今後の人生をまとも送って行ける気がしない。

 そんな彼の目的地――それはこの国の都、王都アルトリコだ。

 コーウェンが自室にて導き出した、王国裏組織グリムガムの長――。

 犯罪組織の戦闘集団が王国にとっての英雄である十二英傑と同等などという荒唐無稽な話を、国の重鎮にしても信用してもらえる人間。

 その戦闘集団が六人で構成されたものだと言っても、この国の重鎮に信用してもらえる人間。

 そして、かつては重宝したであろう貴族たちをあっけなく切り捨てたところから、後天的に権力を手に入れたであろう人間。

 そんな人物は――“選定魔法導師”ファウリッド・ミーレスしか存在しない。

 そしてその敵は、現状のコーウェンをも凌ぐであろう最強の魔法使いだ。コーウェンと同じように魔力を視認し、特殊魔法をも操るディーアの師匠。かつて炎龍が王国を襲撃した事件――その炎龍を討ったのが十二英傑なのだが、それ以前に王都を襲撃した炎龍をたった一人で追い払った人物でもある。

 そんな化け物を自らの手で裁くために、コーウェンは走っているのだ。

 必ず勝てるなど思ってはいない。だが、全く勝ち目がないとも思ってはいない。コーウェンは以前に、ファウリッドでさえ使えないであろう切り札を、長老を介し、歴代最強の魔導師ルビウス・ユーニヴァスから引き継いでいるのだから。




 ◆◇




 ――時は、エルフの国防衛戦の開戦前に遡る。


 大華炎に攫われたネイルを救出後、コーウェンは長老――テール・ティークスに魔法についてのアドバイスを授かろうと彼女の家を訪れた。

 そしてテール、ハロルド、ディーアの三人の前で魔力を放って見せると、ルビウスのことを問われた後、彼の魔法を授けると言われた。


「彼の使っていた特殊魔法を知っておるか?」


 そんな長老からの問いかけに、コーウェンは「はい」と頷いた。


「『一閃』だと聞いております。……確か、その場にいる自分以外の全員の視力を一時的に奪うもので、魔力が続く限り何の制限もなく連発でき、戦闘においての有用性は歴史上の特殊魔法と比べても上位に入るのだとか。……当時世間を賑わせていた『国堕としの魔王』との戦いでも、重宝されたのですよね」


 そう語るコーウェンの認識では、一閃とはスタングレネードの視力麻痺にだけ特化したようなものだった。


「魔王を知っておるのか。まあよい。その話も後でじっくり聞かせよう。――確かに、一閃についての認識は間違っておらん」


 そんなコーウェンの知識を認めた長老だったが、続いて語られたのはコーウェンの想像を絶するものだった。


「そこでじゃ、お前さんにその『一閃』を授けようと思う」

「えっ……え? は? そんなことができるんですか? 他人の特殊魔法を他人に渡す……?」


 耳を疑うその発言に思わず素っ頓狂な声を上げるコーウェンに対し、長老は楽しそうに「そうじゃ」と頷いた。


「まあ、正確には違うがの。言うておるじゃろう。特殊魔法を授けるのではなく、一閃を授けるのじゃ、とな」

「ん……すみません、やっぱり意味がわからないです」

「結論から言うとな、一閃は特殊魔法ではないのじゃよ。あ奴は特殊魔法をそれとは別に持っておった。どんなものかはわしも知らぬがな」

「ちょっ、ちょっと待ってください。それでは、歴史書に載っている彼の特殊魔法『一閃』とは、いったい何だったんですか?」

「……わしのように特殊魔法の行使を公にする者がいれば、ディーアのように隠す者もいる。それと同じようにあ奴は、自らの特殊魔法を隠すために別の魔法をダミーとして公表していた。『一閃』とは、あ奴が使っておった普通の魔法(・・・・・)に過ぎないのじゃ」


 そう語るテールの頭を過るのは、もう何百年前になるのかもはっきりとはわからない、日常の一部だった。

 ――『なあテール。私の得意属性は火魔法だ。そして火魔法は熱い。そうだよな?』

 ――『ああ、ボケちまったのか? そんなのは自分が一番よくわかっているだろ』

 ――『いや、もちろんそうなんだが。……火魔法が熱いということは、私は火魔法で『熱』を生み出していることになるわけだ。違うか?』

 ――『違わないだろう』

 ――『そこで考えてみたんだ。火魔法は熱いと同時に明るくもあるよな。だったら火魔法は『熱』だけでなく、『光』までをも生み出していることになるのではないだろうか』


 そして、その数年後に彼が言っていた言葉。


 ――『もし、私に劣らない魔法の才を、魔法の常識に囚われることのない思考が柔軟な子供の内に持ち合わせる人物――もしそんな人間が現れたら、この魔法を授けてやってほしい。――これが、光魔法だ』




 ◆◇




 リグルドは王国にとって重要な都市の一つであるため、王都との往復ルートは街道一本で通されている。

 リグルドの西門を出て少し南下するように延びる街道を、コーウェンはその小さな身体には似つかわしくないほどの速度で駆ける。ここから王都までは片道で三日と数時間程度の距離だ。これは馬車で旅をした場合の時間距離なのだが、コーウェンがその気になれば徒歩でも実現可能なものだろう。

 喉の渇きを感じ、魔法で生み出した水を嚥下する。

 ふと背後を振り返ると、豆粒ほどに小さくなったリグルドの姿が確認できた。今頃あそこでは、誰かがコーウェンの行方を捜索しているのだろう。だが戻る気はない。魔導師を倒せる人間はこの世界で自分だけなのだから。

 再び前方を見据え走り出すコーウェンは、これからの三日間を最低限の休息のみで走破するつもりだった。食料など持参しておらず、何よりも捜索隊に追い付かれるのを嫌うからだ。だが、そこまでやっても王都まで最低でも三日はかかる。アーヤの死に直面したコーウェンの精神は既に大きく疲弊しており、この恨みを晴らせるまでの三日間は、彼にとってあまりにも長い時間だろう。

 息を切らし走り続けるコーウェンの脳裏に浮かぶのは、以前に交わしたアーヤとの会話だった。

 この世界で生まれ変わっても日本人としての自分を見失わずに済んだのは君のおかげだと、そんなことを互いに確認し合ったこと。

 リグルドは私の庭だと言いながら笑っていた姿。

 コーウェンがいない間にメリファに好きなだけ甘えていたことを暴露され、恥ずかしがっていた姿。

 だが、あの子はもういない。

 日本から突然この世界へと連れて来られた何の罪もない義妹(いもうと)は、この国の悪意に晒され理不尽に命を奪われたのだ。

 ――絶対に許さない。

 悔しさから噛み締めた奥歯が欠ける。だが溢れ出る呪詛は止まらない。

 ――殺す。

 ――殺す。必ず殺す。この手で殺す。

 やがて涙が溢れ、視界が滲み出した。


「待ってろよアーヤ。お前の仇は俺が取ってやる」


 そして涙が横に流れ視界が明瞭さを取り戻した時、コーウェンは前方から接近する一台の馬車に気が付いた。

 コーウェンはゆっくりと減速すると、街道の中央に立ちその馬車を眺める。

 遅れるようにコーウェンに気付いた馬車の御者も、街道の中央で馬車を止めた。

 怪訝な表情を浮かべその馬車から出てきたのは、リグルド帰還後に別れたばかりのディーアだった。

 彼女の視線が裸足の足元を捉え、尋常ならざるその雰囲気を悟ったのか、慌ててコーウェンの下へと駆け寄って来た。


「ウェン? いったいどうしたんだ? 何故こんな所に……」


 心配から来る悲壮に満ちた声を出すディーアだったが、当のコーウェンはそんな彼女に見向きもしない。その視線は、未だその場から動こうとしない御者の男に向いていた。

 その男は四十代くらいの男だった。だが彼がハーフエルフだというのは有名な話であり、その実年齢は遥か上なのだろうと推測される。

 そして何よりもコーウェンの目を引き付けたのは、離れていても感じる彼の威圧感にあった。その白髪は年齢によるものだろう。少し黒味がかった長髪はその肩書も相まって神秘的だとさえ感じられる。

 その身を纏うのは、黄金の刺繍が施された紺色のローブだ。これこそが由緒正しき選定魔法導師の正装であり、眼前の男がコーウェンの目的とする人物である証明でもあった。

 決壊寸前の感情の嵐が轟音を立てて吹き荒れる。

 コーウェンは憎悪の籠った右目でその男を睨み付けると、激情に身を任せ腹の底から声を上げた。


「魔導師ファウリッド! 貴様を殺すッ!」


 自らに向けられるその憎悪を感じ取ったファウリッドは、コーウェンを御者台から見下ろしながら不敵に笑った。

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