表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
プロミネンス・ストーリー  作者: 秋保 あかさ
6章 覚醒のアリスブルー
50/67

49 卑劣な約束

 大華炎の襲撃によって一人の少女が命を落としたという出来事が、シルバの焦燥を大いに煽っていた。


「私のことは構わない。今はとにかく町中の警備に尽力してくれ」

「し、しかし……」

「構わないと言っているだろう……!」


 若干ながら怒気を孕んだ声色に、シルバへと詰め寄っていた衛兵長の顔が小さく歪んだ。

 罪のない一兵士を怒鳴り付ける自らに嫌な感情を抱きつつも、シルバは衛兵長の脇をすり抜け、領主邸である大きな屋敷を後にした。その背後にはゼファーが付き従う。

 向かう先はディスタート家だ。大華炎が直々に動いている以上、数の力――衛兵たち――に身を委ねるよりも、コールと行動を共にした方が安全性は高いだろう。そしてそれ以上に、シルバはコールと言葉を交わす必要性を感じていた。

 突然の襲撃。それもコーウェンの命を狙ってのものだったと推測できる。だが何故このタイミングで、なおかつ何故彼を狙ったのかがわからないのだ。何もかもわからない現状は、裏を返せば次の行動が予測できないということにも繋がる。実際に一人の命が奪われている以上、この現状はとても許容できるものではなかった。早急に何か行動を起こさなければ、次々と犠牲者が増える可能性だって大いにあるとシルバは考えていた。


「……当初の予定以上に、手探り状態のまま動く羽目になりそうだ」


 その呟きに、背後のゼファーが反応を示した。


「それは攻撃、という意味ですか?」


 その問いに、シルバは神妙に頷いた。

 シルバが言った『何かの行動』とは、能動的・積極的にグリムガムと敵対する意思を示すということに起因する。ゼファーによる『攻撃』という表現も間違っていない。

 シルバは今まで、危険こそあるものの同様に時間的余裕もあるものだと考えていた。

 だからこそ、グリムガムという王国の闇を暴き、浄化する。そのために昨日までは、グリムガムについての調査を進めていたのだ。

 だがこのような現状が訪れた以上、そのような悠長なことを言っている暇はない。どこかで一歩引いているかのような現状を打破し、たとえ少し強引であろうと、たとえ一時的な危険度が跳ね上がろうと、こちらからグリムガムへと働きかける必要があるのだ。

 そして――グリムガムの正体を暴き、短期での決着を付ける。


「そのための足掛かりならいくらでもある。国を挙げて戦えば、敵は何かしらの選択を迫られるはずだ」


 いくらグリムガムと言えど、全てが全て闇に包まれている訳でも、完全に姿を隠して活動できている訳でもない。規模が規模なため、当然ながら、麻薬の栽培地や資金源として経営されている違法なサービス店など、数々の疑わしい事例は挙がっている。

 今までにこれらを潰せなかった理由として、王国貴族――国の中枢に携わる者――たちへの根回しや、恐怖・欲求などを刺激することによる、俗に言う“脅し”などが挙げられる。そうやって正義の介入から逃れ続けてきたのだ。

 だが、強引に――それもかなりの力づくにならざるを得ない――それらを攻撃することは可能なのだ。

 根回しされた貴族たちがどれだけ反対意見を述べようと、賛成する者たちだけで結束して、強引に攻め込むことだってできる。究極的に言えば、シルバ個人で強力な冒険者を複数雇い、彼らに襲撃を任せることだって不可能ではない。同士を募れば雇える冒険者の質や数も向上することだろう。

 それに――その思惑こそわからないが――グリムガム自身の行動によって大勢の悪徳貴族が表社会から姿を消したばかりだ。本気でその気になれば、実際に行動だって起こせるはずなのだ。


「確かに……、そうなればグリムガムに成す術はなくなりますね。それを防ぐために数々の手を施してきた彼らですが、それら全てを強引になかったことにする、という意味になりますから」

「ああ、とにかくグリムガムを潰す。これだけは絶対だ」


 アーヤ・メイルリー。

 今回の襲撃で亡くなった女の子の名だ。シルバにとっては娘の友達――少し大袈裟に言えば、娘の心を支えてくれる恩人とも言える人物だった。

 彼女はきっと、ただ巻き込まれて殺されただけだろう。それが許せない。今まで平気でいられた自分が不思議に思えるくらい、シルバはグリムガムという組織に怒りを覚えていた。


「そのためには力が必要だ。コーウェン君には酷だろうが、頭を下げてでもあの親子には手を貸してもらうぞ」


 だが、この事件が思いもよらない形で終息することを彼はまだ知らない――。




 ◆◇




 ディスタート家を訪れたシルバの頼みで、メリファはコーウェンを呼びに彼の自室前へと来ていた。

 だが、コーウェンが先ほど何を経験し何を目の当たりにしたのかを知っているメリファには、その扉をノックするという行為がとても難しいものに思えた。

 右手を上げ――そして下げる。

 この扉の向こうにいる愛し子のことを考えると、自然と下唇を噛む歯に力が入ってしまう。やがて口内に血の味が広がり始めた時、ずっと静かだった扉の向こうから何かを倒すような小さな音が聞こえて来た。

 その音に既視感を覚えたメリファは、咄嗟にノックもせず扉を開け放った。


「……メリファ」


 そこでは、剣を持った幼い子供が開け放った窓から身を乗り出していた。

 飛び降りようとでも言うのか。彼は窓枠へと踏み出していた右脚を引っ込めることなく、こちらへと冷たい眼差しを向けている。


「コーウェン様……いったい、どちらへお行きに?」


 そんなメリファの問いかけにコーウェンからの返答はない。

 いつまでも変わることのないその眼差しにチクリと心が痛み、思わず泣き出しそうになるのをメリファは自覚する。だが――いや、だからこそ、メリファは懸命に毅然とした態度を取り続けた。


「お答えください。どちらへお行きになられるのですか?」

「……ちょっと、散歩にね」

「そんな嘘が通じるとお思いですか?」


 コーウェンの嘘に対し思わず語気が強くなるメリファ。

 そんな彼女の声に驚きの表情を浮かべるコーウェンだったが、それでもその冷たい眼差しにかつての温かさが戻ることはない。


「言うほど嘘じゃないよメリファ。ちょっと、外に用事があるんだ」

「……それは、アーヤ様の仇を取りに行くということでしょうか」


 その問いは核心を突いていたのだろう。コーウェンは静かに目を閉じると、覚悟を決めたかのように再びメリファを見据えた。


「だとしたら、なに?」

「何って、それは復讐と――」

「――復讐だったら何!?」


 言葉を遮られたメリファは驚愕に目を見開いた。やがて我慢の限界が訪れたのか、その目尻には大粒の涙が滲み出る。それでも肩を震わせながら必死に堪える彼女の姿に、コーウェンの表情にも悲壮感が差していく。


「……ごめん」

「いえ……復讐したくなる気持ちも、わかります。ですが、復讐、ひとっ、人殺しなどは――」


 ――人を殺したりはしないでほしい。

 そんなことを伝えようとしたが、とうとう嗚咽を堪え切れなくなり上手く言葉にならなかった。

 実際メリファ自身、復讐という行為も考えようによってはそれほど悪いことだとは思っていない。今回のことは完全に相手に非があり、その行いは残虐非道なものだったからだ。シルバと共に正義の名の下に下す裁きならば文句はない。だが今コーウェンが行おうとしているのは、きっと、彼の心をも犠牲にしてしまう良くない方の復讐なのだろう。良い復讐と良くない復讐の違いを上手く説明するのは困難だが、このまま彼の思い通りに殺人に手を染めさせてしまったら、それこそ取り返しが付かないような事態を招くことは、彼のその冷たい眼差しが雄弁に語っているのだ。

 そんな思いを感じ取ったのか、コーウェンはもう一度小さな声で謝罪の言葉を紡いだ。


「だけど、それでもわかってほしい。必要なことなんだ」


 だが、その言葉には強烈な拒絶が含まれていた。

 それを鋭敏に感じ取ったメリファはとうとう膝を突き、頭を垂れた。その頭を過るのは、自らの良く知るコーウェンと、死んでいったアーヤの笑顔だった。

 もう、何をどうしたらいいのかがわからない。

 この世を去ったアーヤなんかより、コーウェンのためとなる行為を。私情を捨て、より良い未来を歩むには。

 やがてメリファが選んだ道は――


「お願いです。約束してください。――決して、激情に駆られただけの行為には手を染めない、と」


 ――最後まで、コーウェンのことを信じ続けるものだった。

 それに対しコーウェンは――


「……約束するよ」


 ――彼の人生において最も卑劣な嘘を吐いた。

 思わず力が入るその左手が掴んでいた窓枠を握り潰す。やがてコーウェンは黙ったままメリファを一瞥すると、その小さな体を外へと投げ出した。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ