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プロミネンス・ストーリー  作者: 秋保 あかさ
6章 覚醒のアリスブルー
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48 黄昏の報せ

 衛兵からの緊急援助要請を受けてから僅か三十分ほどで、コールがコーウェンを引き連れディスタート家へと帰ってきた。

 何が起きたのかを理解しないままに、アメリアとメリファは二人を出迎える。そんな彼女たちの気を真っ先に引いたのは、気怠そうに項垂れつつ、ぶつぶつと何かを呟くコーウェンの姿だった。その姿に覇気は一切見られず、心なしか腫れぼったいその瞳は何者をも捉えていないように感じられる。

 だがそれ以上に、その小さな全身を染める赤々とした液体がアメリアに大声を上げさせた。


「ちょっと、ウェン!? それって大丈夫なの!?」


 慌てふためくアメリアに続き、おどおどとした仕草でコールとコーウェンの顔をメリファの視線が行ったり来たりする。


「――大丈夫だ」


 と、そんな二人へと帰ってきたのは、コールの素っ気ない一言だけだった。相変わらず、コーウェンの目がこちらを捉えることはない。


「そ、そう……」


 当然ながら安心することはできないが、コールの断言が彼女たちの心をある程度鎮静する。

 そんな中、当のコーウェンは終始表情を変えることなく、出迎えた二人の間をすり抜けて行った。そのまま階段へと続く廊下へと向かう。


「コーウェン、様……?」


 心配そうに振り返ったメリファだが、やはりコーウェンが反応を示すことはない。


「……すまないな。今は少し、一人にしてやってくれないか?」

「は、はい……わかりました。……ですが、いったい何があったのかだけでも説明してください」

「ああ、当然だ。だが――」


 言い難そうに言葉を切ったコールの視線が、首を傾げるメリファへと止まった。


「……? どうかされましたか……?」

「いや、いいんだ。そうだな……。全てを話すよ」


 そう言うと、コールは力なく苦笑いを浮かべた。そして二人を先導するように、食堂へと歩き出す。

 そんなコールの姿に不安を覚えつつ、アメリアとメリファはコールへと続いた。


「ところで、あの子は……?」


 突然思い出したかのように、前を行くコールから問いが投げかけられた。それに対し、メリファはネイルのことを言っているのだろうと当たりを付ける。


「ネイル様でしたら、部屋でお休みになっておられます」

「そうか……」


 その返答を聞くと、コールは安心したように「ふぅ……」と息を吐いた。だがそれはまるで、何かのついでに心配をしていたとでも言わんばかりの、表面上の安堵に見えた。

 ――それ程の何かが起こったのか。

 やはり、不安は増すばかりだった。

 やがて食堂へと辿り着いた三人は、順々に気の向いた席へと腰をかけて向き合う。


「今から話すことは、二人からしても辛いことだろうと思う」


 席へと着いたコールはそう前置きをすると、組んでいた両手を硬く握りしめた。


「だからこそ、心して聞いてほしい――」







 まるで時間が止まったかのように、三人の間に静寂が舞い降りる。


「……うっ……うそ……です、よね……?」


 それを破ったのは、その細い身体と同じように小刻みに震えるメリファの声だった。その隣では、信じられないとばかりにアメリアが絶句している。


「……メリファ」


 嫌だ、とでも言うかのように頻りに首を横に振るメリファへと、コールが手を伸ばす。

 メリファは無造作にその手を払うと、勢いよくその場に立ち上がった。


「嘘です! 信じませんからっ!」


 悲痛な叫び声が、静かな食堂へと響き渡った。

 そんなメリファの両目は、自らの雇い主であるコールの顔を強く睨み付けている。

 とても失礼であり、自分勝手な行動だ。だがそれも仕方ないだろう。コールは、衛兵がコールへと告げた内容、駆けつけた先で見た光景、そしてコーウェンがいったい何を経験したのか、それら全てを話したのだから。

 両手で顔を覆い、とうとう泣き出したメリファをコールは慰める。

 そんな二人へと声をかけたのは、隣で悲しみに顔を歪めるアメリアだった。


「……メリファ。ダメよ、取り乱しちゃ」

「うぅ、ぅ……ですが、し、死ん……」

「――でも、ウェンが無事だった」


 きっぱりと、そうアメリアはメリファの言葉を遮った。

 メリファの、唾を飲み込む音が聞こえる。アーヤの死が衝撃的過ぎて、おそらくメリファは思い至らなかったのだろう。彼女が身を挺して庇わなければ、死んでいたのはコーウェンの方だ、ということに。

 鼻を啜りながら口を結ぼうと必死に奮闘するメリファへと、アメリアは続ける。


「アーヤちゃんのおかげでウェンは死なずに済んだ。そしてウェンだったからこそ、アーヤちゃんは助けてくれた。……そうよね?」

「ああ、目撃者から聞いた話では、俺もそのように感じた」

「だそうよ。わかった、メリファ? 泣くのは構わないけど、取り乱すのはダメ。絶対にウェンの前ではいつものあなたでいてちょうだい」


「さっきの声、あの子に聞こえてるわよ」と続けたアメリアに、メリファは喘ぎながらもコクコクと頷いた。

 そんな物わかりのいいメリファの両肩を、アメリアは思わず身を乗り出し抱きしめた。

 メリファが顔を埋めることによって、アメリアの肩が涙に濡れる。アメリアは嫌がる素振りを見せることなく、メリファの髪を優しく梳いた。




 ◆◇




 グリムガムへの復讐を誓ったコーウェンは、自室に設置されたベッドへとうつ伏せで寝転がり、ぼやける頭を必死に働かせていた。内容は、グリムガムという組織についてだ。

 ――いったい、グリムガムの長とは誰なのか。

 グリムガムを叩き潰すとは言っても、当然ながら構成員を皆殺しにするという訳ではない。コーウェンの目的はあくまでも、グリムガムの長と大華炎の六人を皆殺しにすることだ。だからこそ大前提として、その正体を知る必要があった。

 コーウェンは、今ある情報や疑問を頭の中で整理する。

 ――どうして、大華炎の強さが十二英傑と同等だと知れ渡っているのだろう。

 ――どうして、大華炎が六人で構成された組織だと知れ渡っているのだろう。

 ――どうして、大華炎はエルフの国への道中でネイルを攫い、後に呆気なく解放したのだろう。

 いずれも断言することは不可能だが、推測することならできた。

 まず一つ目の疑問には、誰かが大華炎のその強さについて申告――又は触れ回ったに違いない、という推測が立てられる。

 今回の襲撃のように、人前で派手な戦闘を繰り広げられたのが原因で知れ渡ったという可能性も否めないが、もしそうならば、先ほどアーヤと共にディスタート家を出る前にコーウェンがコールへと問いかけた時、はっきりと「こういう事件があったんだよ」と説明できたはずだ。にもかかわらず、コールはわからないと言った。

 だからこそその仮説は間違っている。そう考えると、やはり誰かがその情報を流したとしか思えないのだ。それにこれは、犯罪者集団の大華炎が王国の英雄的存在である十二英傑と同等の強さを誇っている、などという聞くからに荒唐無稽な主張だ。そのような話が事実として広まっている以上、その主張者はとても信頼の置ける立場の者だったのだろう。

 コーウェンはこう推測する。――その人物はグリムガムの関係者に違いない、と。


 そして二つ目の疑問である、大華炎の構成人数が知れ渡っている理由についても、先ほどの仮説で説明できる。おそらくはこれも、王国内で己の立場を盤石なものとする何者かがそう触れ回ったに違いないだろう。

 それも、やはり第三者がそのような情報を掴んでいるとは考えにくいため、グリムガムの関係者によるものだと考えても差し支えないはずだ。

 おそらくは、大華炎の強さを知らしめる際に、それと一緒になって広まった話なのだろう。


 最後に、三つ目の疑問。

 これについては、コーウェン自身、襲撃前にコールへと打ち明けた自らの推測――これによって悪徳貴族たちが失脚するが、それこそがグリムガムの目的だった、という考えで正解だと確信している。

 おそらくグリムガムにとっても、当初はその貴族たちにも利用価値はあったのだろう。大国の中枢に、自らの息のかかった者たちが存在するのだ。それは当然だと言える。

 だが――グリムガムが故意に失脚させたということは、その存在が邪魔になったという証拠に他ならない。

 ――何故だ? その貴族たちに利用価値がなくなったのか?

 そこまで考えてから、ふと一つの答えに行き着いた。


「ああ、そうか……」


 ――その貴族たちがグリムガムとの繋がりを持っていたということは、グリムガムについての概ねの情報を得ていた(・・・・・・・・・・)とも言えるのではないか。

 貴族たちにとっては、今回がそうだったように、犯罪組織と手を組むという行為はとてもリスクの高いものなのだ。普通ならば、グリムガム側からそのような提案が持ち込まれたとしても手を出すことはないだろう。だからこそ、国の中枢に繋がりを持つために貴族たちを取り入れたかったグリムガムは、一つの妥協策に出た。

 ――グリムガムは、組織についての情報を貴族たちへと流した。

 そうすることでグリムガムは、自らの側に付けばどれだけの利益を上げられるか、ということを貴族たちへと訴えたのだ。さながら就職活動の自己アピールのような売り込みを行ったという訳だ。

 そして結果的に、貴族たちの抱え込みに成功した。

 だがそれがいつしか、グリムガムにとって貴族たちの存在は必要のないものへと成り下がってしまった。それも下手に組織についての情報を持っているため、害悪と成りかねない程の邪魔者として認識された。だからこそ、グリムガムは彼らを表舞台から排除したのだ。

 では、何故貴族たちは、グリムガムにとって必要のない存在へと成り下がったのか。答えは一つだ。

 ――わざわざ悪徳貴族というコネクションを使わずとも、国の中枢へと働きかけるだけの力をグリムガムが手に入れた。

 つまりは――グリムガムの長自身が、その貴族たちに負けない程の権力を手に入れた、ということだ。この仮説ならば、グリムガムにとって貴族たちに利用価値がなくなったのも当然だと言える。


 これはあくまでコーウェンの推測に過ぎないが、一度そう思い込んでしまっては思考を中断することなど叶わなかった。

 悪徳貴族たちに負けない程の権力を持つ者。それも生まれつきの権力者ではなく、後天的に権力を手に入れた人物。――その時、コーウェンの脳裏に一人の男性の名が浮かび上がった。全ての条件を満たす人物に心当たりがあったのだ。


「まさ、か……」


 到底、信じられない。

 だが、そうとしか考えられなかった。

 コーウェンは喘ぎながら驚きに目を見開き、信じられないとでも言うかのようにベッドへと埋めていた顔を持ち上げた。やがて、徐々にその顔が憤怒に支配される。

 ――どうして、お前が……!

 全てを悟ったコーウェンの心中は、閃いた人物への激しい怒りと、腐り切ったこの世界への絶望で満ち満ちて行く。

 その時、思考の終わりを見計らったかのようなタイミングで、部屋の外から悲痛な叫び声が聞こえてきた。


「嘘です! 信じませんからっ!」


 それはメリファの声だった。

 おそらく、コールから事件についてを聞かされたのだろう。取り乱したようなその甲高い声は、アーヤの死を受け入れたくないがために発せられたものに違いない。

 義妹の首が落ちる瞬間でさえ何もできずに眺めていた自分が、それでも復讐のために頭を働かせているにもかかわらず、話を聞かされただけのメリファがそれを「信じない」と叫ぶ。

 それがコーウェンには不快だった。そんなコーウェンは、まるでメリファを攻撃するかのように、苛立ちに息を吐き出した。


「……くそっ、黙れよな」


 それは驚く程、冷たく残酷な呟きだった。

 ハッとしたコーウェンは、その声が自分から発せられたものだと気付くと、自己嫌悪に額をベッドへと叩き付けた。

 メリファのことは大好きだ。大好きな家族だ。間違いない。だが、たった今無意識の内に口から出た言葉は本音そのものだった。一瞬だが、家族へと向けるべきではない程の負の感情をメリファへと抱いた自分に、思わず戦慄する。

 それがコーウェンには堪らず、呵責の念に苛まれる。そして舌打ちと共に吐き捨てた。


「……ああ、最悪だ」

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