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プロミネンス・ストーリー  作者: 秋保 あかさ
5章 失われし煌めき
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46 煌めく想い

 空気を震わせた爆風の非常識な凄まじさと、シリウスの放った殺すという言葉が、アーヤの心をキリキリと痛めつける。

 愛する兄が他人から殺意を抱かれていると考えるだけで、言い知れない不快感が全身を這いずり回る。

 ――自分にも何かできることはないか。

 剣を構えるコーウェンの背中を見ていると、どうしてもそのようなことを考えてしまう。アーヤの幼い外見とは裏腹に、その身体能力は一般的な成人男性よりも僅かばかり勝っているのだ。きっと、何かコーウェンの役にだって立てるはずだ。

 そうやって自らの可能性について思考を巡らせるが、一向に妙案と呼べるものは浮かんでこない。

 逃げ出すことは考えた。もし逃走に成功したら、それはコーウェンにとって大きな利と成り得る。足手まといがなくなるというだけではなく、コーウェン自身に“逃げる”という選択肢が生まれるからだ。もしこの場にコーウェンしかいなかったのなら、彼は間違いなく自宅を目指し全力で駆け抜けていたことだろう。コーウェンのスピードに追い付ける者など存在しないだろうし、確実に父親との合流を果たせるはずだ。

 だが、大華炎を名乗った敵はアーヤの逃走を許してはくれない。

 町中にはグリムガムの構成員が潜んでいると脅され、それが嘘だったとしてもアーヤには彼らから逃げ遂せる自信などないからだ。勝手な行動を取ることで窮地に立たされたアーヤを気にかけ、コーウェンに大きな隙が生まれる可能性だって大いにある。

 ――そう、自分は今、この場において全くの無力なのだ。


「お兄ちゃん……」


 そんな状況で、思わず呟いてしまったその言葉。

 同時に、コーウェンの剣先がピクリと動いた。声が届いたのだろう。強大な敵と対峙しながらも、兄は自らの声を拾い逃したりはしない。意図せずそんなことに気付いたアーヤの目尻からは、思わず涙が滲み出してくる。

 ――諦めちゃダメだ。

 今現在は無力でも、状況が変わり次第役に立てる時がやってくるかも知れない。懸命に理不尽な現実と対峙するコーウェンを見て、アーヤはそう改め直した。

 ――愛する兄のためなら、自分だって……。




 ◆◇




 コーウェンは強く敵を見据えながらも、直面する現実に焦りを覚えていた。

 あの時、動きを止めたシリウスと、魔法を放ったコーウェンとの距離は、おおよそ五メートル程でしかなかった。そこへアクアスの魔法が放たれ、コーウェンは後退した。事実だけを述べるとこうだ。とても簡単なことに聞こえる。

 だが、後退したコーウェンに対し、雷魔法の硬直が解けて地面へと倒れたのであろうシリウスは、その場から動けなかったことになる。つまりは、コーウェンとアクアスの魔法が衝突した地点から、数歩分程度しか離れていなかったということだ。

 にもかかわらず、コーウェンを見据えて剣を構えるシリウスには、左腕の骨折以外に大きな怪我は見受けられない。

 ――完璧な相殺。

 その事実から導き出されるのは、アクアスが如何にその衝撃を最小限に抑えたかということだ。

 爆風こそ凄かったが、魔法の余波はなかったように思う。アクアスはコーウェンの魔法を完全に消し去り、なおかつ自分の魔法をも完全に消滅させたのだ。

 全身全霊をかけた訳ではなかったが、あの魔法にはシリウスを確実に絶命させるに足る威力が備わっていた。そんな魔法の相殺をここまで完璧に調整することなど、コーウェンにさえ不可能だ。

 ――こんな二人に、果たして勝てるのだろうか。

 コーウェンは無意識の内に、頭の中で演算を展開する。

 先ほどはシリウスと密着して剣を交えてさえいたら、アクアスは迂闊に手を出せないだろうと考えていた。だが、あそこまで精密な魔法操作を披露されては、その推測に自信を持てなくなる。もし近接戦闘の最中にアクアスによる魔法援護が入ろうものなら、途端にコーウェンの勝ちは遠のくことだろう。

 ――その時。

 背後から、自らを呼ぶ義妹(いもうと)の声が聞こえた。

 その声によって弱気になっている自分に気付かされ、コーウェンはハッとする。やがて、気合を入れるかのように短く息を吐き出した。

 彼女の悲しそうな声を心に刻み込み、自らの弱い心を戒める。

 そうだ、先ほど覚悟を決めたばかりじゃないか。勝てるかどうかではなく、勝つしかないのが現状――ならば勝つ、と。

 コーウェンは魔力を練りつつ、剣を握る両手へと力を込めた。




 ◆◇




 十二英傑“遊撃剣士席(ジェネラル)”コール・ディスタートを父に持つ、天才魔法剣士。その強さは十二英傑と比べても遜色のないものだと思われる。――当初、コーウェン・ディスタートという子供について、グリムガムが握っていた情報はこの程度の精度だった。

 グリムガムが王国貴族からの暗殺依頼を受理した際、その情報を元に、グリムガム最強の戦闘部隊『大華炎』での暗殺が最も適当だとの判断が下された。なお、十二英傑“重火力席(ブラスター)”ディーア・シルエットとの接触を危惧し、任務遂行人員を予定していたものよりも倍の四人にまで引き上げることが決定した。

 そして更に慎重を期すため、別任務で動けないアクアスの代わりに、大華炎で最も魔法の腕が立つイデア・グラントを四人の中に加えることとなった。

 絶対に失敗などはあり得ない。万が一ディーア・シルエットと対峙することとなろうが、力づくで状況を打破できる、そのようなメンバー構成だ。

 ――だが、その四人は一人残らずこの世を去った。

 当然、グリムガムが真っ先に疑ったのは、コーウェン・ディスタートという人間の力量が予想の範疇を大きく超越しているという可能性だった。次点として、行方不明になった四人が、自らの意志で姿を隠しているという可能性。

 その二つの可能性について調査するために、アクアスとシリウスはこの町を訪れた。

 行方不明の四人はコーウェンの手によって殺された訳ではない、という情報は既に掴んでいたが、確実な裏付けが取れていた訳ではない。グリムガムという組織が信用するのは、確実な裏付けが取れた情報だけだ。

 だからこそ、二人はコーウェンの眼前へと姿を現した。アーヤ・メイルリーという少女を攫うか、または彼女と行動を共にしている時ならば彼も戦わざるを得ないはずだ、という予想が見事に的中したという訳だ。

 結果として、コーウェンの強さはグリムガムの予想を上回っていた。戦闘におけるその才能には、たとえ十二英傑であろうと遠く敵わないだろう。

 ――彼は危険だ。

 シリウスとの戦闘を見ていたアクアスには、そう断言できた。

 シリウスと互角に剣術で渡り合い、剣を交えながら魔法を発動する。詠唱から始まり、次に無詠唱、そしてそれらとほぼ同時に、詠唱での魔法――ここでシリウスへと大きなダメージを与え、続けざまに見せたのは、天才剣士であるコール・ディスタートのみが可能とする、剣術を詠唱の代わりとする技術だった。なおかつ、それによって発動されたのは、派生属性から更に派生させる必要がある雷魔法だ。

 そして最後に、シリウスの命を刈り取るに十分な威力を秘めた魔法。

 魔法は、無詠唱はおろか、詠唱で具現化と投影を自動化しようとも、発動する際には小さくない集中力を必要とする。ただただ詠唱を口ずさめば良いという訳ではないのだ。

 頭で発動する魔法を詳細に思い描き、それに見合っただけの魔力を練り、放出し、ようやく唱えるに至る。詠唱魔法でもこうなのだ。にもかかわらず、コーウェンは詠唱と無詠唱、剣術詠唱を多彩に組み合わせ、五つもの魔法をほぼノータイムで放って見せた。それもシリウスと剣を交えながら、だ。

 今現在、こちら側へと鋭い視線を投げかけるその少年は、人類史上で最も魔法の才能を有して生まれてきたと言っても過言ではないだろう。

 ――だが。

 イデアたち四人を葬った者が存在するとすれば、それは彼ではない。

 ――コーウェン程度の実力者では、四人には勝てない。

 先ほどの戦いからそう判断したアクアスは、体内の澱みを排出するかのように大きく息を吐いた。

 コーウェンにはイデアたち四人を同時に相手にできるだけの実力がないということ、そしてそれに伴い、イデアたちを殺したのはコーウェンではないということが判明した。だが、依然としてその脅威は健在だ。たった今敗北を喫したシリウスはもちろん、アクアスでさえ一騎打ちでは勝てないと思われる。それほどの人物が大きく伸びしろを残し、グリムガムと対立しているのだ。

 ――これ以上強くなる前に、確実に殺しておくべきだ。

 アクアスとシリウスには、コーウェンの性格や強さ、受ける印象などを鑑みて、彼への扱いについて独断で判断する権利が与えられている。そしてその結果、シリウスの『殺すべき』という意見にはアクアスも賛成だった。

 そんなアクアスは、右腕一本で剣を構えるシリウスへと声をかけた。


「シリウス、剣を納めろ」


 ――その言葉に、両手で剣を握りしめたった今一歩を踏み出そうとしていたコーウェンの足が、ピタリと止まった。張りつめていた緊張感がふっと消失し、コーウェンの顔に困惑の色が浮かぶ。

 それに対しシリウスは、一瞬だけ怪訝な表情を浮かべはしたが、すぐに納得したとでも言うかのように構えを解いた。

 その行動が、コーウェンの困惑を更に強くする。


「……どういうつもりだ」


 その問いかけに答えたのはシリウスだった。


「簡単なことです。――戦いは終わった」


 シリウスはそれだけを告げると、剣を納めコーウェンへと背を向けた。緊張感の伴わないその行動にコーウェンは混乱する。

 ――本当に、戦いは終わりとでも言うのか?

 依然として剣を構え続けるコーウェンへと背を向けるなど、まともな行動とは思えない。命じた当のアクアスも、何を思ってそのような指示を出したのか、コーウェンには理解できなかった。

 シリウスの無防備な背中へと斬りかかるべきだろうか。それとも、これは何かしらの罠なのだろうか。

 もし本当に敵が退いてくれると言うのなら、コーウェンにとっては願ったり叶ったりの展開だ。勝ち目の薄い現状にもかかわらず、それは自らの身だけでなく、アーヤの身の安全を確保できることになる。

 そんな思いから一歩を踏み出せずにいたコーウェンへと、アクアスが口を開いた。


「十二人存在する十二英傑に二人だ。ならば、六人存在する大華炎にも一人。――そう考えるのが筋じゃないのか?」


 突然の発言に、コーウェンは剣を構えたまま首を傾げた。

 ――何の話だ?

 コーウェンはそう問いかけようと、反射的に口を開けた。だが言葉が紡がれるその瞬間、それよりも早くアクアスの全身からとてつもない量の魔力が放出された。

 それは一瞬にして周りの建物ほどに膨張し、この空間を飲み込んだ。その巨大さは、今まで目の当たりにしたどんな魔力をも凌ぐ。

 コーウェンは突然放たれた巨大な魔力を見上げ、思わず息を飲んだ。


「どれだけ……巨大な……」


 それはあり得ない光景に呆然とする、力のない呟きだった。

 だが、驚きに目を開きつつも、コーウェンは急いで防御魔法へと意識を移す。いつまでも呆気に取られている訳にはいかない。

 そうやって思考を切り替えるコーウェンの鼓膜へと、アクアスの声が届いた。


「――言っただろう? 我々が攻撃を急がないのは、お前如き殺そうと思えばいつでも殺せるからだ、と」


 相変わらず、冷酷で非情な声だ。

 そしてその言葉が、コーウェンに全てを悟らせた。コーウェンを誤りに気付かせた。

 ――『十二英傑に二人、ならば大華炎には一人』

 そうだ。どれだけの魔法使いであろうと、これだけ巨大な魔法を無詠唱では発動できない。詠唱の力を借りない限り、具現化や投影を滞りなく遂行することなど不可能な規模だからだ。

 ――詠唱をしていないため、これは普通の魔法ではない。

 だがそれに気付いた時には、全てが手遅れだった。


「ああ……、俺は死ぬのか……」


 もっと早くに気が付いていれば?

 それとも、もっと警戒さえしていれば?

 違う。そんな後悔には全く意味などないのだ。


 ――アクアス・ジュールの特殊魔法。


 その力の前では、コーウェンでさえ成す術がなかった。

 あまりにも呆気なかったからか、あまりにも一瞬の内だったからか、コーウェンは心のどこかで自らの死を受け入れていた。

 詳細については不明だが、おそらくは動きを制限する系統の魔法だろう。気が付けば、まるで石にでもなったかのようにコーウェンの身体は固まっていた。五感や思考は滞りなく機能しているにもかかわらず、身動きだけが取れないのだ。

 そんなコーウェンの視界に映るのは、続けざまに魔力を放出するアクアスの姿だった。身動きの取れないコーウェンを殺すための魔法が、その身体から放たれる。

 だが――それだけではなかった。

 アクアスの姿を隠すかのように、小さな影が絶妙なタイミングで視界へと割り込んできたのだ。

 ――どうして?

 それはとても小さく、細く、お世辞にも頼りになるとは思えない、そんな背中だった。覆い被さるように伸ばされた銀色の髪が、沈みゆく夕日を反射してキラキラと煌めいている。

 その煌めきの主は、背後のコーウェンを護るかのように、大きく両手を広げた。

 ――お願いだ、やめてくれ。

 コーウェンは思わず叫んでいた。

 だがそれは声にはならない。口が動いていないのだ。




 何もできないままに、コーウェンはその一部始終を目の当たりにした。

 時間にして三秒ほどだろうか。やがてコーウェンの身体は自由を取り戻した。

 だが、コーウェンはもう叫ばなかった。

 足元に崩れ落ちる小さな身体へと歩み寄る途中、こちらを冷たく見据えるアクアスの姿が視界に映った。

 彼らにとってこの結末はどのようなものだったのだろうか。――予想外? 予想内? それとも致命的な失敗?

 アクアスの表情を確認するが、そこに感情の変化は見られなかった。彼らはこちらを一瞥しただけで、途端に興味を失くしたかのように背中を向ける。

 コーウェンはその背中を見送った。

 彼らが去ると、緩慢な動きで、もう一度足元へと視線を移した。














 全ての音が消えていることに気が付いた。

 全ての匂いが消えていることに気が付いた。

 いつの間にか剣を落としていることにも、気が付いた。


「……なあ、嘘だよな?」


 まるで呟きのような、自分に言い聞かせるかのようなその問いかけには、しかし答えが返ってくることはなかった――。

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