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プロミネンス・ストーリー  作者: 秋保 あかさ
5章 失われし煌めき
46/67

45 魔法剣士

 メイルリー家を目指し、コーウェンとアーヤは人通りの少ない路地に入り込んだ。

 元々あまり人が通らないのに加え今の絶妙な時間帯が合わさり、その路地からは道行く人たちが綺麗にいなくなっていた。

 治安が悪いというほどではないが、ここは住宅街や商店街とはかけ離れた場所であり、目立つ明かりと言えば寂しげに立つ街灯だけだ。もう少しここを通るのが遅ければ、十分に視界を確保するのは難しかっただろう。

 そんな道を、二人はしばらく歩いていた。

 だがその時だった。二人を通せんぼするような形で、路地の前方へと二人の男性が立ちはだかったのは。


 男性の内一人は、黒髪を肩付近まで伸ばしており、その釣り目が放つ迫力を増幅するかのように、こちらへと鋭い眼光を放っている。身長は百八十センチメートルを超えていると思われる。かなりの長身だ。

 もう一人は、金色の綺麗な髪を後方へと流し、全体の佇まいや顔立ちから知的な印象を抱かせる男性だ。黒髪の男性ほどではないが、こちらも長身。

 二人は揃って腰に剣を差しており、旅人を彷彿とさせる黒いマントを羽織っていた。フードは被っておらず、袖が捲られていることによって曝け出される前腕には、パンプアップしているかのように太い血管が浮き出ていた。一目で筋力の高さを認識する。

 その内の金髪男性――彼には、見覚えがあった。

 当初はディーアの手によって殺されたと思っていたが、後の調査で死体が見つからなかったとシルバから告げられた。結果的に、ディーアへと怪訝な目を向けられることとなった事件だ。

 コーウェンは己の記憶と、後にシルバから聞かされた情報とを照らし合わせる。

 そうだ、こいつは――


 ――グリムガム戦闘部門第一戦闘集団『大華炎』所属、“孤剣”シリウス・ライラ。


 その姿を認識した瞬間、コーウェンは反射的に叫んでいた。


「アーヤ! ここから逃げろっ!」


 突然大声を上げたコーウェンに対し、アーヤは怯えた表情を浮かべた。


「どうして? 何なの?」


 それは何かを心配するかのような、そんなか細い声だった。その弱々しさが、ふとコーウェンを冷静にさせる。

 ――アーヤを不安にさせてはいけない。

 コーウェンは取り乱した自分を戒めるように、ゆっくりとアーヤの前へと歩み出た。


「アーヤ、全力でディスタート家へと引き返せ。――『大華炎』だ」


 有無を言わさぬ落ち着いた声に、アーヤは事態の急転を悟ったのだろう。前方の男性二人へと視線をやると、大きく唾を飲み込んだ。


「でも……お兄ちゃんは……?」

「俺は大丈夫だ。それよりも、お前がいると足手まといになる。急いで父さんを呼んできてくれ」


 足手まとい、という言葉が効いたのだろう。アーヤは覚悟を決めたかのように頷くと、コーウェンを気遣うような仕草を見せ、後方へと走った。

 アーヤは女性であり子供だが、コーウェンと同じ転生者でもあり、前世での身体能力を引き継いでいるのだ。前世では陸上部に所属していたという話を聞いたことがあるし、コーウェンが殿を務めれば逃げ切ることは可能だろう。

 そんな思いから送り出したのだが、同時に発せられた言葉がアーヤの走る足を止めさせた。


「――いいのですか? この町はグリムガムの構成員で溢れ返っていますよ?」


 そう言ったのはシリウスだった。

 なるほど、敵方からするとアーヤを行かせたくはないわけだ。コールを連れてこられるのは避けたいのだろうし、アーヤがいる状況の方がコーウェンとも戦いやすい。

 そのような思惑を瞬時に読み取ったコーウェンは、歯がゆさから大きく舌打ちをした。

 シリウスの言葉は嘘だと思われたが、本当だった場合はみすみすアーヤを危険に晒すことになる。それだけは避けなければならない。

 立ち止まったアーヤが、泣きそうな顔でコーウェンの下へと歩み寄ってきた。


「お兄ちゃん……」

「大丈夫だ。怖がる必要はない。俺は強いからな」


 それはただの強がりだった。

 どれだけ強さに自信があろうと、手練れの暗殺者と対峙して恐怖を感じないわけがないのだ。

 だが、コーウェンは剣を抜いた。どちらにしろコーウェンには逃げるという選択肢などない。

 そんなコーウェンの姿を見て、前方の男性二人も剣を抜いた。

 戦いが始まることを悟ってか、アーヤはコーウェンから距離を取る。


「大華炎所属“十戒”アクアス・ジュールだ」

「同じく、“孤剣”シリウス・ライラと申します」


 コーウェンを見据えながら、二人の男性はそう名乗った。どうやら、二人ともが大華炎だそうだ。

 そんな彼らの行動に、コーウェンの顔が憎々しく歪む。


「はっ、薄汚い暗殺者が律儀に自己紹介か?」

「はい、君の強さを知る必要がありますから、正面から挑まさせていただきます。ところで聞きますが、他の大華炎と遭遇したことはありますか?」


 ――どうして、そんなことを?

 シリウスからの質問に対して、コーウェンの頭に浮かんだのはそんな疑問だった。

 質問に答えるのなら“否”なのだが、答えてやるような義理は当然ながら存在しない。コーウェンは故意にその問いかけを無視すると、その場で魔力を練り始めた。

 そして、街中だということを気にしないとばかりに、大きな炎弾を射出する。

 標的となったシリウスは、真横に飛び退いて攻撃を回避した。背後のレンガ壁が爆ぜ、凄まじい炸裂音と共に破片が飛び散る。


「無視ですか……。まあ、イデアたちは君に殺された訳ではない、という情報は既に得ているので、こちらとしては別に構わないのですが」


 その言葉と同時に、アクアスと名乗った男から同じような炎弾が飛んできた。

 コーウェンはそれを身体を逸らすことにより、回避する。じりじりと空気を焦がす凄まじい熱量が、コーウェンが放ったものと同じように背後のレンガ壁を弾けさせた。


「ひっ……!」


 コーウェンの耳に、怯えたアーヤの言葉が届く。

 ――ごめんな、アーヤ。

 身体能力が上昇しているため、あからさまにアーヤへと狙いを定めた攻撃以外なら、彼女でも十分に回避できるだろう。そう当たりを付けつつ防ぐ攻撃を取捨選択しなければいけない現状に、コーウェンは心の中で謝罪を紡ぐ。

 辺りを焦げた匂いで包み込んだ炎弾の応酬はただの挨拶だと言わんばかりに、両勢力からの攻撃は途絶えた。

 やがて、静寂が舞い降りる。

 そんな中、コーウェンの頭は冷静に機能していた。

 大華炎の目的は不明だ。どうして続けざまに攻撃を――ひいては、さっさとこちらの命を奪い取ろうとしてこないのかがわからない。襲い掛かった側の人間としては、できるだけ仕事には時間をかけたくないであろうにもかかわらず。それに、この町にはコールが住んでいるのだ。時間稼ぎがコーウェンにとってどれだけの利益になるのか、まさかわからない訳ではあるまい。

 ――さて、どうするべきか。

 敵の狙いがわからない以上、コーウェンは動けずにいた。

 アーヤからは極力離れたくないという思いと、このまま父親を待ちたいという思い、そして敵の目的がわからないこその不気味さが、一歩の判断を鈍らせる。

 そんなコーウェンの様子を一歩も動かずに見下ろしていたアクアスが、おもむろに口を開いた。


「……遠慮するな。逃げたりしない限り、お前のお友達には手を出さないさ。それと、時間稼ぎなら諦めろ。我々が攻撃を急がないのは、お前如き殺そうと思えばいつでも殺せるからだ。生きたいのなら、その前に我々を殺してみろ」


 それはとても冷酷で、重く心にのしかかる声だった。

 背筋を嫌な汗が流れ落ちる。

 ――やるしかない。

 そうだ。

 最初から時間稼ぎを目的に戦うなど、逃げているのと同じだ。そういう心の隙が足元をすくわれる原因となる。それに、コールがいつ異変を察知するかも不明であり、察知してからもこの場にやってくるまで五分はかかるだろう。

 確かに、時間稼ぎは諦めた方がいいと言える。

 コーウェンは自分から攻撃を仕掛けることを念頭に置き、再度思考を巡らせる。

 アクアスと名乗った男は、無詠唱でコーウェンと同サイズの炎弾を作り出した。剣を装備してはいるが、かなりの魔法使いだということは間違いないだろう。おそらくだが、この距離で戦って攻撃を当てられるような敵ではない。

 次に、シリウスと名乗った男。彼とは以前にも一度顔を合わせてはいるが、剣を交えたことはない。剣を抜いている以上剣士としての実力は疑いようがないのだろうが、魔法については全くの未知数だ。使えるのかどうかすらもわからない。

 そんな二人に対し、こちらは一人――。

 状況を考えれば、必ずどちらか一人を確実に無力化する必要がある。

 そう考えた時、コーウェンの視線はアクアスよりも前へと陣取っているシリウスに留まった。

 アクアスの魔法援護が予想される中で、十二英傑と同等と言われるシリウスに攻撃を命中させるのは至難の技だろう。だからこそ、危険を承知で近接戦闘を行うべきだ。二人が密着して戦えば、アクアスも強力な魔法は使えないはずだから。

 コーウェンは剣を腰の位置に構えると、ゆっくりと上体を倒し、剣を後ろへと溜めを作るような形で引いていく。

 ――“翠伝流の構え”。

 剣を構えて敵を見据えるコーウェンの目からは、すでに一切の迷いが消え去っていた。力強く、覚悟を決めた目だ。

 それを見て、シリウスの顔が狂喜に歪んだ。


「いい覚悟です! コーウェン・ディスタートォッ!」


 その叫びが合図となり、両者は地面を蹴り上げた。

 速いのはコーウェンだ。中央よりもややシリウス寄りで、二人は接触。

 金属がぶつかり合い、擦れ合う音がリグルドの街中へと響き渡る。上昇した嗅覚が焦げ臭い匂いを感じ取り、その剣戟の凄まじさをコーウェンは感じ取った。

 上段からの斬り下ろしをシリウスが防ぎ、そのまま滑らせるように繰り出される突きをコーウェンが避ける。

 二度三度と剣を交え、シリウスの強さがコーウェンにはある程度感じ取れた。

 ――剣術では、コールの方が強い。

 左目が塞がっている現状でも、その剣を見切るのはそれほど難しいことではなかった。リグルドへと帰還してから片目での戦闘訓練を行ってきたとは言え、父親の剣速ならば認識が追いつかなくなるという現実があったのだ。

 コーウェンはそのことに少し安心する。だがそれは、無意識の内に油断を誘う行為でもあった。

 ――シリウスの吐く息が揺らめいている。

 それに気付いた瞬間、シリウスの口から炎が吐かれた。


「――『紅蓮(ぐれん)』」


 それは視界いっぱいに広がり、頭部を中心にコーウェンの上半身を包み込む。


「ぐっ……!」


 コーウェンは反射的に後方へと飛び退き、その場を離脱する。

 瞬間、盛大な風切音と共に、両者間の視界を遮ることとなった炎がシリウスの剣によって切り裂かれた。消えゆく炎を掻き分けるように姿を現したシリウスが、空振りした自らの剣へと視線を移す。


「やはり魔力を視認できる、というのは間違いないようですね」


 シリウスは予想通りとでも言いたげに、そう呟いた。

 ――なぜそのことを知っている?

 確かに、魔力を視認することによって事前に魔法の発動を察知でき、そのおかげでコーウェンはダメージを受けなかった。強いて言えば、若干顔がヒリヒリする程度か。

 ――いや。

 コーウェンはそこまで考えてから、首を横に振った。

 そうだ、そんなのは今考えるべきことではない。そう思考を切り替えたコーウェンは、再度地面を蹴り上げ、シリウスへと斬りかかる。

 先ほどは片目が塞がっているために慎重になりすぎた。だがシリウスには、洞窟で戦った吸血鬼の少年ほどの身体能力はなく、コールほどの剣速も実現できない。それを知った今、今度こそ全力を以てその命を奪い取ると心に決め、魔力を練る。

 そして、交わりざまにコーウェンは呟いた。


「――『(ほのお)』よ」


 その瞬間、コーウェンの身体から浮き出るかのように、炎で形成された二本の棘が放出された。選ばれし者にしか到達できない領域のその魔法は、サイズこそ小さけれど、まともに喰らえば激痛を伴い皮膚を溶かす。

 シリウスもそれは理解できているのだろう。身体を掠めることすら許容できないとばかりに、身体を大きく捻り回避した。同時に、コーウェンの振り下ろした剣を受け止める。

 だが、当然ながらこの一連の流れはコーウェンにとって予想の範疇だ。すでに次の手は打ってある。

 コーウェンは弾かれた剣を振り戻すと、続けざまに下から振り上げた。――同時に、無詠唱の魔法が放たれる。それは先ほど放った魔法と全く同じもので、そのまま同じようにシリウスへと襲い掛かった。

 グリムガムという組織は、コーウェンの強さについて概ね正確な情報を得ているのだろう。シリウスの顔は苦しげに歪むが、これくらいは予想していたとばかりに踏ん張り、そのまま剣撃を受け止めた体勢から更に身体を捻ったかと思うと、これを回避した。

 驚くほどに戦闘慣れしたその動きは、十二英傑を父に持つコーウェンからしても尊敬ものだ。

 だが――


「――『烈震虎砲(れっしんこほう)』」


 コーウェンはほぼ同時(・・・・)に、新たな魔法を放っていた。

 これにはさすがに対応が間に合わないらしい。今度こそ、シリウスの顔が焦りに歪んだ。


「くそッ――」


 ゴギリッ、という生々しい音が、魔法が直撃した左腕の骨折――粉砕をコーウェンへと報せる。だが、剣が握られているのはもう片方の腕だ。魔法により後方へと飛ばされるシリウスへと剣突の追い討ちをかけるコーウェンだったが、その剣により弾かれた。

 だが、それでも――コーウェン・ディスタートが本気で攻撃を畳みかけている以上、その程度の連撃では終わるわけがなかった。

 上段からの斬り下ろし、下段からの斬り上げ、そして三撃目の剣突――全てが、あらかじめ計画していた動きだ。これらが意味するのは、コールから教わった“剣術を詠唱代わりとする技術”であり、そのプログラミングはすでに完了している。

 そして、後方へと飛ばされつつも、器用に体勢を整え地に横たわることなく踏ん張ったシリウスへと、それは襲い掛かった。


「がぁっぁぁぁぁあああッ――!!」


 ――雷魔法による感電。

 コールほど戦闘センスがあるわけでも、シリウスほど戦闘慣れしているわけでもないため、コーウェンの放った雷魔法には精々動きを止める程度の威力しかない。

 だが、それで十分だった。


「――『清音天籟(せいおんてんらい)』」


 幼きコーウェンの小さな唇が紡ぎだしたのは、あまりにも無慈悲な五つ目の魔法だった。

 動きを止め、胴体を無防備に曝け出すシリウスへと、コーウェンの左手が翳される。その手を包む赤い光は、シリウスの絶命を意味するものだ。

 臆病を自覚するコーウェンと言えど、アーヤの命が危険に晒されている以上その行為に迷いはなかった。

 ――だが。

 コーウェンの視界の端に、とてつもなく大きな空気の揺らめきが映り込んだ。

 それまで傍観を決め込んでいたアクアスが魔法を放った。そう理解したコーウェンは、すぐさまその場を離脱、体勢を整えると、先ほどまで自分が立っていた地点へと視線を移す。

 その瞬間、凄まじい轟音と共に、地面を削るほどの衝撃が風の奔流となり、この場にいる者たちを包み込んだ。右腕で顔面を庇いつつ、コーウェンは辛うじて目を開ける。

 視界へと飛び込んできたのは、コーウェンの放った火魔法がアクアスの魔法により相殺される光景だった。

 その奥では、地面へと這いつくばるシリウスの姿が見て取れた。もしコーウェンの放った魔法に当たったのならば、間違いなく人型を保っていることは不可能だろう。それは、アクアスの手によって魔法が防がれたことを意味する。

 魔法の衝突により発生した土埃――水蒸気――の煙はやがて晴れ、変わらず元の場所へと立ち尽くすアクアスが、シリウスを見下ろしつつ口を開いた。


「……もうわかった。こいつは危険だ」


 その声に反応するかのように、シリウスが身体を震わせながら立ち上がった。


「ええ……わかって、いますよ。殺すっ、べきですね……」


 折れた左腕を力なく垂らしながらも、シリウスは剣を納めようとはしなかった。その精神力と闘争心は見事なものだが、満身創痍な彼よりも、警戒すべきはアクアスの方だ。

 もうわかった、という言葉の意味と、シリウスにのみ戦闘を任せていたその魂胆は不明だが、先ほどの魔法を見て確信したことがあった。

 ――恐ろしく強い。

 コーウェンは油断なく剣を構えると、魔力を練り始めた。

 ――ここからが本番だ、と。

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