44 玉響の平和
ネイルを連れ立ちディスタート家へと帰宅したコールは、偶然居合わせたアーヤも含め、家族全員にシルバとの会話についてを打ち明けた。これから訪れるかも知れない危険について、皆と共有する必要があるからだ。
アメリアとメリファは戦いとは無縁だと言えるが、ディスタート家に住んでいる以上、危険については知っておいてもらう必要がある。
アーヤに至っては全くの無関係なのだが、暇を見つけてはディスタート家を訪れるほどにコーウェンたちと馴染んでいるため、仲間外れにするわけにはいかなかった。彼女がコーウェンに負けず劣らずな賢明さを持ち合わせているのは薄々感付いているため、敢えて事情を話すことが、安全確保に繋がると踏んだのだ。
そうやってコールの話を聞いた彼らは、神妙な顔をして了解の意を示していた。
だが、コーウェンだけが煮えきらない表情で、何かを考えるように顔を伏せた。
「何か引っかかるのか?」
そんなコーウェンへとコールが尋ねると、コーウェンは難しそうに顔を上げた。
「んー……、父さんもシルバさんも、少し考えすぎなんじゃないかな? 裏社会の大組織とは言っても、動いているのは同じ人間なんでしょ?」
コーウェンは納得したように頷くと、「何だか、必要以上に謎を深めてるような気がするよ」と続けた。
これには、さすがのコールも怪訝さを見せずにはいられなかった。身を乗り出し、口を開く。
「どういうことだ? 何か、思い当たる節でもあるのか?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど。……シルバさんって凄く頭が良くて、やり手の貴族なんだよね? だからかな、敢えて難しく考えすぎてるように思えるんだ。少なくとも、そんなシルバさんの考えが全く及ばないほどの計画をグリムガムが立てたとは思えないんだ。例えば――」
コーウェンは言いたいことを探すかのように顎へと手を添えると、やがて解説を始める教師のように、人差し指を一本立てた。
「……グリムガムは、独断行動でネイルを攫った。だけど、それによってグリムガムは大量の顧客――シルバさんに敵対する貴族たち――をまとめて失脚させてしまっただけで、何もメリットを得られなかった。だからこそ目的は不明。……父さんはそう言ったよね?」
「ああ、その通りだ」
コールは文字通り、シルバとの会話について全てを打ち明けていた。グリムガムや大華炎を知らないアメリアとメリファ、アーヤに、わざわざその組織についての解説を交えるほどの徹底ぶりだ。
コーウェンが言っていることも、確かに話していた。
「だけど、それがどうしたんだ?」
「うん、それなんだけどさ。それ自体が、考えすぎだったんじゃないかなって。やっぱり、シルバさんが考えに考え抜いても目的がわからないくらいなら、そもそもグリムガムにそれ以上の思惑はなかったんだと思う。……シルバさんの手腕を信じることが前提なんだけどさ、さすがの彼でも、存在しない目的はどれだけ考えても浮上しないだろうから」
コーウェンはそう言うと、根拠が存在するわけではないからか、自信なさげに苦笑いを浮かべた。
だがそんなコーウェンとは違い、コールにはその考えがあながち間違っていないように思えた。
シルバとのかかわりの薄いコーウェンでも悟っているくらいだ。シルバの手腕がどれ程のものか、コールには十分に理解できている。だからこそ――言われてみて初めて思い至ったわけだが――シルバの考えが及ばないほどの思惑がグリムガムにあったとは考えにくい。
そうやって考え込むコールに、コーウェンの言いたいことがわからないのであろうアメリアが、首をかしげながら口を開いた。
「えーと、要は、どういうこと?」
「……ウェンはこう言いたいんだ。『悪徳貴族たちの失脚こそが、グリムガムの目的だったのではないか?』とな」
シルバとコールの考えではこうだった。
――グリムガムの独断行動によって、貴族たちが失脚。
――その結果、グリムガムにはデメリットしか残らない。
――だからこそ、彼らの目的・思惑は不明。
それに対し、コーウェンの考えはこうだ。
――グリムガムの独断行動により、貴族たちが失脚。
――その結果、グリムガムにはデメリットしか残らない。
――というのはただの思い込みで、本当はメリットが隠されていた。
コールの発言に対し、コーウェンは頷いた。
「うん、デメリットしかないと思われる“貴族たちの失脚”という結果に、実は隠されたメリットがあったっていう可能性だよ。例えば、彼らの存在がグリムガムにとって邪魔になったとか。……少なくとも、シルバさんでも思い至らないような思惑がその先にあるという可能性よりは、幾分かあり得る話だと思ったんだ」
その解説に、アメリアは納得したように「なるほど……」と頷いた。
「ウェンったら、本当に凄いわね」
「いや、本当に単純に考えただけだよ。悪く言えば、途中で考えを放棄したとも言えるし」
コーウェンはそう言いつつ、照れ臭そうに微笑んだ。
確かに、単純に考えただけというのは間違っていないだろう。だが、コーウェンは本当に鋭いと言える。少なくとも彼の考えは、コールには思いつかなかったことだ。
だが、コーウェンの話はそれで終わりではなかった。
「……それとね、父さん」
「ん? まだ何かあるのか?」
「うん、実はずっと疑問に思ってたことがあるんだ」
その言葉に怪訝な表情を浮かべながらも、コールは先を促した。
コーウェンは頷くと、先を続ける。
「父さんやシルバさんにとって、グリムガムや大華炎は知っていて当たり前の存在だから、今更疑問なんて感じないんだろうけどさ……。僕は、エルフの国でシルバさんに聞かされるまではそんな組織のこと知らなかったし、大人の母さんやメリファだってそうだった。だからこそ、不思議なんだよね」
コーウェンは一旦そこで言葉を切ると、指を二本立てた。
「まず、どうして父さんたちは、大華炎が六人で構成された組織だって知ってるの? 調査が進んでるとかなら、まあ納得するつもりだけどさ。……それでも、十二英傑と同等の強さを誇ると言われているほどの彼らが、構成員すら不明な大組織の下で活動してるんだよね? 調査なんてできるものなの? 本当に、大華炎は六人も、または六人しか存在しないの?」
コーウェンはそこまで言うと、二本立てた指の一本を引っ込める。
「それとさ、そもそもの話、どうして大華炎が十二英傑と同等の強さを持つなんて言えるの? 話を聞く限りでは、彼らは暗殺を生業としてるようだった。そんな彼らの強さをどうやって測るのか、僕にはわからない。誰かが無知な一般人に広めたことが始まりとかなら百歩譲って納得できるけど、知っているのは国の中枢にかかわる人や、それなりの地位に立つ人たちばかりだよね。そんな人たちが出鱈目な情報を信じるとは思えない。にもかかわらず、その界隈では大華炎の強さについて、まるで常識だと言わんばかりに広まっている。……変だよね?」
コーウェンが最後の指を引っ込めると、満足したように息を吐いた。どうやら、疑問とやらはそれで終わりらしい。
コールは神妙な表情で顔を伏せると、口を開く。
「……すまない。俺にはわからない」
まただ。
またコーウェンの考えは、コールでは思い至らないような部分――おそらく核心に迫るのであろう場所を的確に突いてきた。それには、自らの息子がどれだけの才能を有しているのかが垣間見え、その大きさに畏怖の念すら抱く。
そんな鋭いコーウェンに対し、コールの返答はこれ以上ないほどに情けないものだった。
――考えたこともなかった。
確かに、言われてみれば違和感は否めない。
コーウェンの言う通り、コールにはそれが常識だったのだ。
かつて身寄りのいなかったコールを育て、剣術と特殊魔法についてを教えてくれた師父がいたのだが、グリムガムについてはその人物に教えてもらったと記憶している。十二英傑などと呼ばれ始めた頃にはその人物は亡くなっており、そして、そのような知識を授かったのはそれ以上に昔のことだ。おそらく、コーウェンが生まれる十年近く前だろう。
だがやはり、それに対して疑問などは抱かなかった。
知識に貪欲だった自覚がある。おそらく、自らの考えを挟む余地などないとばかりに、当時の自分は様々なものを吸収しようとしていたのだろう。
だが、一つだけ思い出したこともあった。
(そうだ……、グリムガムについては師父に教わったが、大華炎については彼から聞かされたわけではない)
当時はまだ、大華炎の存在自体が知られていなかったと記憶している。おそらく、まだ発足していなかったのだろう。師父が知らなかったとは思えない。
だが、やはりこうやって考え込まないと思い出せないほどに、コーウェンが指摘してきたことは常識として認識されている。確かに不思議だ。何がどうなれば、一見身も蓋もないようなその話が、こんな風に広まるのだろうか。
そうやって考え込むコールに、コーウェンは心配そうに声をかけてきた。
「えっと……、今のは僕が勝手に不思議に思ってただけで、別に神妙になるようなことでもないと思う……。って言うか、変なことばかり言ってごめん」
見ると、コーウェンは苦笑いをしながら申し訳なさそうに頭を掻いていた。
そんな息子に、コールは思わず微笑んだ。
「いいんだよ。お前の意見は頼りになる。……ありがとうな」
そこで、この場は解散となった。
父親が心配であまり元気がなかったネイルも、少しずつ普段通りの表情を取り戻しつつあった。そんな彼女にメリファが付き添い、二人は客室へと去って行った。
アーヤは、コーウェンの付き添いの下、自宅へと帰ることになった。しばらくディスタート家へは立ち寄らないことを約束させると、思っていた通り、事情を知る彼女は素直に納得してくれた。
そんな中、コールはコーウェンが指摘してきたことについて、一人考える。
その腰には、変わらず一本の剣が差されたままだ。
◆◇
闇に飲まれ始めたリグルドの町は、まるでランプを点灯する機会を伺っているかのようだった。ポツポツと明かりが灯され始め、少しずつその様相を夜仕様へと変えていく。
空を見上げれば、太陽がその姿を隠そうとしているところだった。玉響の夕暮れは、ここ最近旅続きだったコーウェンからすれば見慣れたものだった。
「こうやって二人で歩くの、久しぶりだね」
そう言ったのは、コーウェンの前を歩くアーヤだ。
二人は現在、アーヤの自宅を目指してリグルド内を歩いている最中で、アーヤの家には一度だけ立ち寄ったことがありつつも道順を覚えていないコーウェンを、アーヤが先導していた。
「そうだな。俺が学校へ通っていた時は、いつも一緒に歩いてたもんな」
コーウェンは現在、左目の療養という名目で学校へは通っていない。
もう通い始めても問題ないのだが、実際のところ通う必要もないため、それについては保留している。ちなみに、アーヤは現在も学校へ通っているそうだ。
「うん、あの時は一緒にネイルちゃんの家に行ったり、意味もなく町散策とかしてたよね」
アーヤは、平和な過去を懐かしむかのようにそう言った。
「あー、楽しかったよな。あの時は海外旅行気分だった」
「うん、私もそうだったよ。……今じゃリグルドは私の庭みたいなものだけど」
コーウェンを振り返り、アーヤは悪戯っぽく微笑んだ。
両頬にできたえくぼが、アーヤの子供っぽさを際立たせる。そんな義妹が可愛らしく思え、コーウェンはおもむろにアーヤの頭を撫でた。
立ち止まったアーヤは、驚きつつも気丈に口を開いた
「……お兄ちゃん? 突然どうしたの?」
「いや……」
コーウェンは何事もなかったかのように手を退ける。
「何か、急に可愛らしく見えた。……最近のアーヤ、以前よりも子供らしくなってないか? メリファから聞いたんだけど、俺がいない間に相当甘えてたみたいだし」
「うっ……」
その言葉に、アーヤは恥ずかしそうに顔を伏せた。
メリファに裏切られたとばかりに、口を尖らせている。
「……メリファさん、どんなこと言ってた?」
「アーヤが可愛いってさ」
「他には?」
「他? ……そうだな、たまに泊まりにきては、一緒に寝てほしいって頼んでたみたいだな」
「うっ……、メリファさん、意地悪だ」
顔を伏せたままのアーヤは、頬だけでは足りないとばかりに耳まで羞恥に赤く染めた。
――そんなに恥ずかしがることか?
そんな思いから、コーウェンはアーヤの顔を覗き込む。だが、そんな動きから逃れるように、アーヤは顔を逸らし続けた。
「おーい、そんなに恥ずかしいのか?」
「……そりゃ恥ずかしいよ。お兄ちゃんは、私の中身が大人だって知ってるじゃん」
「知ってるけど、別に違和感はないだろ? 見た目は子供なんだから」
「……じゃあ、最初にそれ聞いた時どう思った?」
「いやー、子供をエンジョイしてるなーって」
「…………お兄ちゃんも、意地悪だ」
その声は少しだけ震えていた。
どうやら、本当に恥ずかしくて堪らないらしい。
男であるコーウェンがその立場になれば確かに恥ずかしいと思うが、アーヤは女の子だ。少し気にし過ぎな気もするが、可愛そうなためこれ以上は言わないことにした。
おもむろに歩き出したアーヤに従い、コーウェンも後に続く。
それから五分ほど歩いただろうか。やがて、前方に学校が見えてきた。
そろそろ、ディスタート家とメイルリー家との中間辺りだろう。道順こそ覚えてはいないが、その距離についてはおおよその感覚が残っている。
「二人で学校に通ってた頃が懐かしいな」
「うん、あの時はまだ平和だった」
そう応えたアーヤは、いつも通りの表情に戻っていた。
コーウェンは微笑むと、会話を再開する。
「今だって平和だよ。シルバさんが念のため慎重になってるだけで、この町で敵を見かけただとか、そういうのじゃない」
「うん……そうだよね」
「ああ、だからすぐに、またネイルと三人で遊べるさ。久しぶりに町散策をしよう」
「えー、私にとっては既に庭だよー?」
コーウェンの言葉に安心したのか、アーヤは茶化すように笑って見せた。
そんな彼女の笑顔を見ていると、コーウェンの心は癒される。見慣れた夕暮れ以上に、その効果は顕著なものだ。
――ああ、ずっとこうして暮らしていたいな。
今も平和だという考えは、ただアーヤを励ますために口から出たものではなかった。本当に、コーウェン自身そのように思っている。
周囲を見渡しても、視界に広がるのはいつも通りの光景だ。時間帯的にも人通りが少ない路地に早めの店仕舞いを始める露店、すっかりとランプで彩られた温かい町並みは、この世界に生まれ落ちた時から何も変わらない。
コーウェンは楽観的になるのを自覚しながらも、先導するアーヤの背中を追いかける。
――もし平和ではないとしても、この小さな背中だけは必ず護り抜いてやる。
コーウェンはそう誓う。自分にはそのための力があるのだから。
――だが。
音もなく、気配もなく、もちろん報せなどもなく、やつらは二人の前へと姿を現した。
――ああ、どうしてだ。
――こんなにも穏やかだったのに。
「アーヤ、全力でディスタート家へと引き返せ。――『大華炎』だ」




