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プロミネンス・ストーリー  作者: 秋保 あかさ
5章 失われし煌めき
43/67

42 選定魔法導師

 途絶えることのない訪問者の列を、その巨大な門は次々と飲み込んでいた。

 ひとたびそこを潜ると、彼らの眼前には完全なる別世界が広がっていることだろう。

 密集するようにそびえ立つレンガ造りの民家や、様々な商店が軒を連ねるその町並みの高貴さは、世界中のどこを探してもこの都市以外には見つからない。

 夜闇を橙色に照らすのは、街灯と呼ばれるランプ群の連なりである。世界でも類を見ないほど広範囲に敷かれた石畳に人影を映すその温かい輝きは、最早芸術と言っても過言ではないほどに人々の心を魅了する。

 昼間ほどに明るく、昼間とは違った趣を提供するこの大都市こそ、世界三大国で最も広大な領土を有し、最も軍事力に優れ、最も発展していると言われているアルトリコ王国――王都アルトリコだ。

 そんな大都市を前にして、ディーア・シルエットは旅の疲れをほぐすかのように、大きく伸びをした。

 気持ちの良い筋肉の弛緩がディーアに艶っぽい声を出させ、町行く人々の視線を集める。そんな彼女へと、背後から小太りで気前の良さそうな男性が声をかけた。


「へへへっ、それにしても、一般冒険者と同等の金額であなたを雇えるとは、私も運がいい」


 そう言う男性の背後には、成功者にしか手にできないような立派な馬車が停められている。

 男性は王都で商売をする商人で、つい先日までリグルドへと商いに出かけていたのだが、帰りの護衛を冒険者ギルドで探していたところ、同じ目的地――王都へと向かいたいというディーアを見つけたため、彼女を雇うことにしたのだ。

 そんなディーアは男性の馬車に乗せてもらうことを条件に、一般冒険者と同じ金額で仕事を請けることを提案して、男性がそれを承諾したという成り行きがあった。

 男性を振り返ったディーアは、「気にするな」と手を振った。


「私も道中は楽ができた。これほど大きな馬車を持つ依頼人はあまり多くないからな」

「いえいえ、やはりこちらの利益は計り知れないです。ではでは、またのご機会に」


 男性はディーアへと報酬――組合外契約のため組合は通さない――を支払うと、そそくさと馬車の中へと戻って行った。

 王都の治安はリグルド以上にいい、そんな事実から護衛はここまでで十分と判断したディーアは、興味を失くしたかのように馬車から視線を外し、歩き始めた。

 夕食時だからか、あちこちに立ち並ぶ飲食店から、香ばしい匂いが漂ってくる。帰りはどこかに寄ろうか、と先ほど収入を得たばかりのディーアは、少しご機嫌そうに歩を進めていた。

 それから、どれくらい歩いただろうか。

 やがてそんな彼女の眼前に、立派な城が姿を現した。

 幾重の層が重なり合っているかのような、高層建築物だ。一番下の層は、宮殿を彷彿とさせる神秘的な高貴さを纏っている。それを取り囲む形で流れる水廊から町明かりが反射し、その神々しさには拍車がかかるばかりだ。

 そんな建築物ですら引き立て役でしかないとばかりに、そこから延びる一面真っ白な壁は、エルフの国の城壁よりもずっと高く設計されており、初めて目にした者はその巨大さに心を奪われることだろう。

 ――アルトリコ王国、王城。

 帝国のものとは違い、王国の城は要塞の役割を兼ねていない。跳ね橋こそあるものの、それほど大がかりなものでもなく、機能だけを取り繕ったようなものだ。

 要塞としては機能しないという意味で、狭間窓や外殻塔、側塔ですら存在しない。外観の高貴さや神々しさ、権威の大きさのみを主張するかのように設計されている。

 世界三大国の一つである王国の王が住むとは考えられないようなセキュリティの甘さだが、ここが落ちることは絶対にないと言われている。最強の軍事力を誇るこの国を落とすくらいなら、少人数で潜入し王を暗殺・誘拐する方が簡単だからだ。もし誘拐に成功さえすれば、多額の身代金を請求し、それだけで国を滅ぼすことだって可能かも知れない。

 だが、今までそうならなかったのにも当然理由がある。

 その理由の一角を担う人物こそ、この日、ディーアが訪ねようとしている人物だ。

 ディーアは現実離れした王城に気圧されることなく、入り口を目指し歩を進める。

 巨大な跳ね橋を越えると、長く延びた廊下に、燦々と輝く色付きガラスでの装飾が視界いっぱいに広がった。文字通り、壁や天井一面に装飾が施されている。神話か何かだろうか、ディーアにはガラスで描かれた絵が何を意味するのかはわからない。

 チカチカする目を擦りながら、ディーア曰く悪趣味の廊下を進む。

 やがて、城内に常駐する楽団の演奏が聞こえてきた。耳に心地良い穏やかな調べは、目的地が近づいてきたことを意味する。

 すれ違う人物たちへと適当な挨拶を返しつつ、ディーアは目的地へと辿り着いた。

 そこは数少ない、王城内で個室を与えられた人物の住処だ。

 ディーアは軽く息を吐くと、目の前の扉をノックした。

 返事を待つことなく重々しい扉を開けると、そこは完全なるプライベートルームだ。赤い絨毯が貴族風の生活を彷彿とさせるが、広々とした室内には住居者の私物が散らかっている。自らの裁量のみで訪問者の受け入れを決定することができるからこその気の抜けようなのだが、事実、王城内でそれが可能なのも世界で彼唯一人だろう。

 目的の人物は、奥間に設けられた豪奢なソファへと腰かけていた。

 その人物は大柄で体格が良く、物怖じしなさそうな精悍な顔立ちが対面者を縮み上がらせるであろう、屈強な男性だ。年齢はディーアと同じで、百歳を少し超えたくらいだ。だが彼はハーフエルフのため、見た目は彼女よりも年老い、人間で言うところの四十歳くらいか。

 彼は紺色の下地に黄金の刺繍が施されたローブのフードを目深に被っており、今はその表情を伺うことは叶わない。


「ディーアか、そろそろ来る頃だと思っていたよ」

「突然すまないな。――師匠(せんせい)


 ディーアに師匠と呼ばれた男性は、彼女の姿を確認するとフードを取った。綺麗に伸ばされた白髪が曝け出され、ディーアの良く知る顔が姿を現した。

 彼こそが十二英傑筆頭ディーア・シルエットの師匠と呼ばれる人物であり、ディーアが知る限り、コーウェン以外に魔力を視認できる唯一の魔法使い。そして世界三大国から庇護を受ける、世界最高の魔法使い――


 ――“選定魔法導師”ファウリッド・ミーレスその人だ。


 ディーアはファウリッドの座る向かいのソファへと腰かけると、口を開いた。


「今日は頼みがあって来たんだ」


 ディーアのその発言に、ファウリッドは目線で先を促した。


「……以前話した、コーウェン・ディスタートという子供が片目を失った。単刀直入に言うが、それを治してやってほしい」

「わかった。それくらい構わない」


 そう即答したファウリッドに、ディーアは拍子抜けする気分だった。

 治してほしい、というのは、ファウリッドの特殊魔法『再生』に頼った考えから出た発言だった。ディーアは知らされていないが、当然特殊魔法なので何かの制約や制限があることだろう。そこを無理にお願いするつもりで来たのだが、即答で許しが出るとは思ってもいなかった。


「いい……のか?」

「ああ、構わないさ。……彼の名なら既に世界へと轟いている。コーウェン・ディスタートがエルフの国からの論功行賞の授与を断っている時点で、彼を所有する国家が王国で間違いないとの認識は世界共通だ。今や彼は、この国の大切な財産だからな」


 財産、という言葉にディーアは不快さを抱くが、ファウリッドの言っていることは認識の話だと理解しているために、寸でのところで口を噤んだ。

 ファウリッドは威厳ある声で続ける。


「それで……用はそれだけか?」

「ああ……そうだな。いつでもいいから、できるだけ近い内に治してやってくれ」

「ああ、そのつもりだ。ではこちらからも聞きたいことがある」

「何だ……?」

「お前が経験したことと、コーウェン・ディスタートについてだ」


 何だそんなことか、とディーアは説明を始めた。

 ディーアの用とは別に、色々な報告をするのは二人の間で暗黙の了解のようになっていた。今回も元々はそのつもりだったし、そもそもコーウェンが怪我をしなくとも、報告に訪れるのは戦争前から決めていたことだ。

 ディーアが、戦争について、その後の旅について、吸血鬼やコーウェンの怪我についての説明をしていると、ファウリッドは片手は翳し、話を中断させた。

 ディーアは怪訝そうに、眉を顰める。


「ん? どうしたんだ?」

「いや……。私の読み違いかも知れないが……、お前たちの前へと暗殺者は現れなかったか? グリムガムの遣いたちだ」

「いや? レイジェルド卿に示唆され私たちも警戒はしていたが、結局現れることはなかった」


 ディーアの回答に、ファウリッドは難しい顔をして眉を顰めた。

 そんなファウリッドの顔を見て、ディーアは「そうだった」と口を開いた。


「そう言えば、私も聞こうと思っていたことがあるんだった」

「……いいぞ、言え」

「レイジェルドの令嬢が攫われた時のことだ。あの時、私は『大華炎』を名乗る人物と対峙したが――」


 ネイルが攫われた事件で、ディーアはコーウェンと共に彼女の捜索隊に加わった。

 その後、ネイルを発見したディーアは、コーウェンとネイルをその場から逃がすと、自らを“孤剣”シリウス・ライラと名乗った人物と対峙した。

 シリウスと一戦交えようとしたディーアだったが、そこへファウリッドが現れた(・・・・・・・・・・)ため、彼へとその場を託したのだった。だがその後、コーウェンを挟んで聞いたシルバの話では、ネイルの言う敵の人数と死体の数が一致しなかったと言うではないか。そしてその後、ネイルを伴っての調査で判明したのが、シリウスの死体がない(・・・・・・・・・・)ということだ。

 様々な出来事があったせいで記憶の中に埋没していた疑念だが、思い出した今となっては、詰問する必要があった。


「……師匠は、シリウスとやらをどうしたんだ? ちゃんと殺したのか?」

「ああ、当然だ。死体が残らないのも無理はないな。想像以上に強かったために、あまり手加減ができなかった」


 ディーアの問いに、ファウリッドはしれっとそう答えた。

 その姿に動揺した様子はない。

 しばらくファウリッドを見つめ続けていたディーアだったが、諦めたというようにかぶりを振った。


「そうか。だが、そうならそうと言ってくれないと困る。もしシリウスの始末に失敗したとすれば、それは大きな損失だ。……もう一度問うが、先ほどの答えに偽りはないだろうな?」

「ああ、私が賊一人の始末に失敗すると思うか?」

「……いや、それはないな」


 ファウリッドの言葉に嘘は感じられなかった。

 ならば、死体を残すだけの余裕がなかったというのは本当なのだろう。いくら魔導師と言えど、敵は大華炎なのだからあり得ない話ではない。

 ディーアは、話は終わりとばかりに立ち上がった。


「もう行くのか?」

「ああ、お腹が空いたからな」

「ふっ、それくらいここで済ませたらどうだ?」

「いや……、そうしたいのはやまやまなのだが、ここは量が食べられない」

「ははっ、そうか。……旅立つ時は声をかけろ。準備が整い次第、私も共に行く」

「わかった」


 短く挨拶を交わすと、ディーアは手を振りながら部屋を出て行った。

 ディーアの去った部屋に、沈黙が訪れる。

 やがて、出入り口とは逆方向に備えられた扉が少しだけ開かれた。ファウリッドの個室の奥へと繋がるドアである。窓を閉め切っているのか、その先は真っ暗で何も見えない。


「……あれが、ディーア・シルエット」


 姿を現すことなく聞こえてきた声は、低く妖しい、冷たい空気を孕んだものだった。

 ファウリッドはそちらを見やることはなく、扉の隙間へと声を投げかける。


「ふふっ、意外と普通と言うか、可愛らしいやつだろう?」

「ああ……」


 愉快そうに小さく笑ったファウリッドは、突然その顔を神妙なものへと変化させた。


「――仕事だ。内容は……わかるな?」


 その言葉に肯定の意が帰ってくると同時に、扉の隙間は閉じられた。

 ファウリッドは変わらずそちらへと視線を向けることなく、ソファの肘掛へと腕を乗せる。


「……暗殺者は現れなかった、か……」


 その呟きは、神妙な冷たさを孕んでいた。

 何かを確かめるかのように立ち上がった彼の背中には、選定魔法導師の証である“万物”の紋様が、堂々と己の存在を主張していた。


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