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プロミネンス・ストーリー  作者: 秋保 あかさ
5章 失われし煌めき
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41 不思議な人物

 室内の空気を入れ替えようと立ち上がったコーウェンが、町を出て行こうとするディーアの姿に気付いたのは偶然だった。

 窓から顔を出しディーアへと手を振るコーウェンを見て、アーヤは複雑な笑みを浮かべる。


「ディーアさん、いたんだね。挨拶できなかったなぁ」


 いたの知らなかったよ、と言うアーヤの言葉に、窓辺から顔を引っ込めたコーウェンはヒラヒラと手を振ると、アーヤと隣り合うようにベッドへと腰をかけた。

 気にするな、と言いたいのだろう。コーウェンからすれば、ディーアは慣れ親しんだ仲間だと言える。特に問題はないと考えているのかも知れない。

 だがアーヤからすれば、彼女とはコーウェンたちの旅立ち前に何度か話したことがあるだけで、ほとんど知り合いの域を出てはいない。ましてやディーアはコーウェンの魔法の師匠とも言え、それ以上にディーア自身が十二英傑という英雄的な人物であるため、アーヤの心中にはモヤモヤとしたものが残っていた。

 そんな気持ちを察したのか、コーウェンは苦笑いを浮かべた。


「そもそも、黙って出て行くディーアさんが悪い。普通に寂しいし」


 ディーアさんが悪い、という言葉に苦笑いを返しつつ、アーヤは思いやるように口を開いた。


「……ディーアさん、旅ばっかりで大変だね」

「ああ、そうだな。冒険者だから余計なのかも」


 ディーアは祖国であるエルフの国に一軒家を持ってはいるが、彼女曰くあまり使うことはないそうだ。事実、コーウェンが訪れた時も室内には最低限の家具しか置かれておらず、一切の娯楽はなかったように思う。

 普段のディーアがどのような生活を送っているのかは不明だが、そこには冒険者という職業が大きく影響しているのは間違いないだろう。

 そこまで考えてから、コーウェンは“旅”という単語に反応し、あることを思い出した。


「……ああ、そうだった。俺さ、もう少ししたら旅を始めたいなって思ってたんだ」


 それは、終戦後すぐに抱き始めた思いだった。

 以前からこの世界を旅したいという思いはあったし、元々はそのために強くなることを選んだのだが、今回のは当時の考えとは違って明確な理由を伴っての思いだ。

 そんなコーウェンに対し、当然ながらアーヤは怪訝な表情を浮かべた。


「旅って、どうして?」

「……俺さ、一人だけ、俺たちと同じ転生者なんじゃないかって思う人物と出会ったんだ」

「え、それって本当?」

「いや、確かめたわけではないんだけど……」


 そう前置きしつつ、コーウェンは一人の男性を思い浮かべた。

 ――エルフの国で出会った青年。

 それは、コーウェンたちを例の洞窟へと誘った張本人だ。

 あの時に彼に感じた、普通じゃないような雰囲気。あれは、初めてアーヤと出会った時に感じたものと同じだった。それに、彼が所持していた武器は日本刀に酷似していたという事実もある。

 この世界にも刀は存在するが、コーウェンの持つような剣とは両刃か片刃かくらいの違いしかない。しっかりと調査したわけではないので断言はできないそうだが、シルバの部下に尋ねた限りでは、背が反るように湾曲した刀など見たことないらしい。

 コーウェンはそのことをアーヤに説明しつつ、「それだけじゃないぞ」と続ける。


「その青年は、俺に聞いてきたんだ。『キンウギョクト』を知っているか? ってな」

「キンウギョクト? ……それで、お兄ちゃんは何て答えたの?」

「知らないと答えたさ。……だけど実はさ、金の烏に玉の兎と書いて『金烏玉兎(きんうぎょくと)』と読む日本語があるんだ。太陽と月、という意味なんだけど、難しい言葉だから咄嗟にこれとは違うって思って、反射的に知らないと答えたが……」


 偶然出会った青年から『キンウギョクト』という言葉を聞いても、まさか『金烏玉兎』のことを言っているとは思わないだろう。ふとそんな言葉もあったな、と思い出しはしたが、覚えていたのが奇跡的なくらいだ。コーウェンの返答はおかしなものではない。

 だが、様々な情報とを照らし合わせた結果、彼の前世は日本人かも知れないという疑惑が浮上した。そんな今だからこそ、その解釈にも意味は出てきたと言える。

 だがそう考えるコーウェンとは違い、アーヤは期待外れだと言わんばかりに微妙な顔をしていた。


「……ねえ、絶対に考えすぎだと思うよ? もしその人の前世が日本人だとしても、わざわざそんな日本語持ち出してこないでしょ。金烏玉兎なんて難しい言葉、私だって知らないよ?」

「うん……まあ、そうなんだけど」

「日本刀だって、シルバさんの部下の人が知らなかっただけなんじゃないかな。どこかの小国にそんな形の武器があったって不思議じゃないし」

「……まあ、だな」


 アーヤへの反論が思いつかず、コーウェンは思わず黙り込んでしまった。

 確かに、アーヤの言うことは尤もだと言える。もし二人の立場が逆だったのなら、コーウェンも同じことを言っていただろう。

 だが、あの青年に感じた不思議な雰囲気は気のせいなどではなかった。それは実際に出会い、会話を交わしたコーウェンにしか理解できない感覚なのだろう。

 そんな伝わらないもどかしさに悶えているコーウェンに対し、アーヤは続ける。


「それにね、その程度の理由で転生者だって言えるなら、私だって転生者と出会ったことになるよ」

「ん、そうなのか……?」

「うん、偶然リグルドへ立ち寄ったらしい自称占い師の人なんだけどさ。その人、麻袋に溢れんばかりのリンゴを抱えてたんだ」


 アーヤはそのリンゴがいかに大量だったかを表現しようと、「こーんなにだよ!」と両腕で胸の前に円を描いている。

 もしその表現が正しいのなら、その自称占い師とやらは米俵くらいのリンゴ入り麻袋を抱えていたことになるが、さすがに盛っているだろう、とコーウェンは当たりを付けた。


「ああ、凄い量だな。それで?」

「うん、それでね、その人はベンチに座ってたんだ。ほら、私たちもよく使ってたでしょ?」

「ああ……」


 アーヤの言うベンチとやらには、確かに心当たりがある。

 おそらく、以前雨が降った際に、二人で雨宿りをしていた時に使用していたベンチのことを言っているのだろう。それは初めてアーヤがディスタート家を訪れた日の出来事であり、それ以来、確かに二人はそれをよく活用していた。


「それでね、その人は麻袋を抱えてベンチに座ってたんだけど、麻袋からリンゴが一つ転げ落ちたんだ。それを私が拾ってあげたら、その人が『ありがとう。お礼にリンゴを一つあげるよ』みたいなことを言ったんだ」

「……まあ、何て言うか、怪しいな」

「ん……、私の説明が下手なだけで、本当はもっと自然だったよ?」

「そうなのか。まあいいや。それでアーヤはどうしたんだ?」

「うん、まあ、普通に怪しいじゃん。だからすぐには頷けなかったんだ」


 アーヤは当然のようにそう言った。

 自然じゃなかったのかよ、とツッコミかけたコーウェンだったが、対応が面倒だったため言わないことにした。

 自らの発言に何の違和感もないように、アーヤは続ける。


「だけどそうやって渋る私を見て、その人は『毒なんて入ってないから、安心しなよ』って言ったんだ」

「……うん、なるほど。……それで?」

「え?」

「ん? いやだから……それからどうしたんだ?」

「え、それだけだよ? それから少しだけ話したけど、これ以上は特に何もなかったし」


 何を言ってるの? とでも言いたげに、アーヤは首を傾げた。


「もしかしてリンゴのこと? それなら結局貰ったよ?」

「いや、リンゴはどうでもいい」


 コーウェンは半ば投げやりになりながらも、必死に記憶を辿った。

 ――俺たち、いったい何の話をしてたんだっけ……?

 確か、アーヤも転生者と出会ったという話をしていたはずだ。それがなぜか、リンゴを両脇に抱えた人物の話として完結してしまった。

 そうやってコーウェンが首を傾げていると、見かねたアーヤが口を開いた。


「……わからないの? 言いたいこと」

「ああ、わからない」


 即答したコーウェンに、アーヤは呆れたとでも言いたげに息を吐いた。


「だからその人は、毒なんて入ってない、みたいなことを言ったんだよ」

「いや、それは聞いたけどさ、だからどうなんだよ」

「だからさ、そのセリフって白雪姫を知ってる人にしか言えないよね、って話。だからその占い師は転生者なんじゃないかって」


 ――だ、そうだ。

 どうやら本当にそれが言いたかっただけなようで、アーヤは満足したように頷いている。

 確かに白雪姫という童話には、主人公が魔女から渡された毒りんごを食べてしまう、というシーンが存在する。だが、『毒なんて入ってないよ』というセリフくらい、誰が言ったとしても特に違和感はないだろう。白雪姫を知らずとも、茶目っ気のある人ならば、幼い女の子を安心させるためにそれくらい言う人はいるかも知れない。

 呆れたようにコーウェンが溜め息を吐くと、アーヤは気に入らないとばかりに眉を顰めた。


「お兄ちゃん。今さ、そんなの転生者じゃないだろ、って思ったでしょ」

「ああ、思ったよ」

「でも、お兄ちゃんが言ってたのも同じようなものじゃん。私だって、お兄ちゃんの話を聞いて同じことを思ったよ? そんなの転生者じゃないでしょ、ってさ」

「ああ――」


 コーウェンは諦めたように、かぶりを振った。

 アーヤには何を言っても同じだろう。それにそもそもの話、自らの意見に同意してほしいと思っていたわけではない。旅をしたい、ということを伝えた時点でコーウェンの目的は達成されているため、粘る必要などないのだ。


「俺の負けだ。俺が間違ってたよ」


 そんなコーウェンの敗北宣言に、アーヤはしたり顔を浮かべた。

 可愛らしくも、憎たらしい顔だ。そうやってアーヤの顔を眺めていると、彼女は何かを思い出したかのようにコーウェンの顔を見つめ返してきた。


「そうだった。私も言おうと思ってたことがあるんだ。占い師の人にも、言いたいことはしっかりと言おうね的なアドバイス貰ったし」


 その発言に怪訝な顔を浮かべつつ、コーウェンは先を促した。


「あのね、前世でのことなんだけど……」


 そんな前置きと共にアーヤが語り出したのは、『赤いハンモック』という本をアーヤ――宮部葵に渡した人物についてのことだった。

 彼女曰く、前世で好きだった人物――。

 それはコーウェンもいつか聞こうと思っていたことであり、以前、アーヤに同一人物だと間違えられた人物でもある。コーウェン――秋谷隼人が住んでいた町の公園で出会い、隼人と同い年で、そして人差し指でリズムを取るという癖が同じだったためにそのような間違いをしたとのことだ。

 そして今回、アーヤが語った話は、コーウェンにはとても信じ難いものだった。

 その人物の特徴について、アーヤはこう言った。

 ――右耳の付け根あたりにね、ピアスホールのような穴が開いてたんだ。

 全てが同じだった。

 全てが、秋谷隼人の特徴と一致していた。

 右耳の穴とは、先天性(せんてんせい)()瘻孔(ろうこう)という生まれつきの病気だ。病気とは言っても多くの場合は害などはなく、ただただ耳介の前方辺りにピアスホールのような穴が開いているだけである。そして人によっては両耳にできたり、どちらか片方の耳にできたりもする。

 特に珍しくはないが、当然ながら誰にでもあるものではない。

 だが、隼人にはあった。それもその人物と同じで、右耳にだけあった。

 ――特徴が一致しすぎている。

 隼人の住んでいた町で出会い、聞く限りの身体的特徴が一致し、そして彼独特の珍しい癖まで同じ。

 ここまで一致すれば心当たりのないコーウェンと言えど、疑問を持たずにはいられなかった。

 ――いったい、その人物は誰なんだ?

 今まで以上にその人物へと興味を抱いたコーウェンは、懐かしそうに語るアーヤへと疑問を叩きつけた。


「なあアーヤ。その人、他にどんなことを言ってた?」

「ん、そうだね……」


 その質問にアーヤは首を傾げると、とっておきの情報を思いだしたかのように、「あっ……」と顔を輝かせた。


「そうだった。凄く変なこと言ってたんだよ、その人」

「変なこと……?」

「うん、あのね。ある日真面目な顔してね、『俺の前世は、凄く熱そうな名前なんだよ』みたいなこと言ったんだ」

「はぁ? 熱そうな名前?」


 アーヤから語られた想像以上の回答に、コーウェンは思わず身を乗り出した。

 ――何なんだ、それ……。

 葵が片思いしていた男性は、一つ年下の女の子にそんなことを言う人物――そんな新情報に、コーウェンは拍子抜けする気分だった。

 コーウェンの内心を悟ったのか、アーヤは苦笑いを浮かべた。


「あはは、変な人でしょ?」

「ああ、全くだ。お前は変なやつを好きになったんだな」

「うん、まあね。……でも素敵な人だった。大好きだった」


 そう言ったアーヤの顔は、少し寂しい雰囲気を孕んでいた。

 そうだ。どんな人物でも、前世でアーヤが恋をした人物なのだ。変な発言をするとは言え、素敵な男性であることには間違いないのだろう。

 コーウェンはアーヤの頭を撫でると、口を開いた。


「悪い。少し言い過ぎた」

「ううん、事実だしね。それに今はお兄ちゃんがいてくれるし、寂しくないよ」

「そうか……。あ、そうだ。その発言に対して、お前はどう応えたんだ?」


 アーヤの発言に少しばかり気恥ずかしさを覚えたコーウェンが、苦し紛れに放ったそんな疑問。

 アーヤは少し思い出すような仕草を見せると、快く口を開いた。


「……確か私は、『それって、どれくらいの熱さなの?』って問いかけたんだと思う。そしたら彼は――」


 そんな前置きを経てアーヤから語られた男性のセリフに、コーウェンは思わず感心することとなった。

 ――何て具体的な答えなんだ、と。

 どうやら葵が好きになった男性は、本当に変わった人物なようだ。


 ――「『だいたい一万℃くらいかな?』って言ったんだ」


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