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プロミネンス・ストーリー  作者: 秋保 あかさ
4章 金の烏と玉の兎
38/67

37 大切な予約

 嵐が去った後のような、寂しい空気が部屋を流れていた。

 実際に去ったのはレベルだけなのだが、彼が投下した爆弾はそれなりに大きいものだったので、あながち間違ってはいない。


「十二英傑を二人も雇うなんて、レベルさんは凄いですね」


 そんな中コーウェンは、部屋を去ったレベルを思い浮かべながらそう言った。

 コーウェンの側で立ち尽くしていたディーアは、「そうだな」とコーウェンへ笑いかけると、ベッドの淵へと腰を下ろした。

 ベッド脇の椅子へと腰かけるコーウェンと、ベッドへと座ったディーアは、ちょうど対面する形で向き合っている。


「だが、きっと大して金は使ってないと思うぞ。知り合いだと言っていたし」

「ああ、そうでしたね。でも十二英傑と知り合いって、それだけでも凄くないですか?」

「んー、十二英傑も言ってしまえばただの肩書きだからな。一冒険者であることには変わりないから、意外とそうでもない」

「へぇー、そういうもんなんですね」

「ああ。……だがまあ、彼らがどの程度の知り合いかは知らないが」

「ははっ、確かにそうですよね」

「ああ……、そうだ」

「…………」


 ふと、会話が途絶えた。

 いつもは感じない気まずさが、二人の間を漂う。

 原因はわかっていた。ディーアだ。何故か、彼女は少し気恥ずかしそうに俯いている。罪悪感から目を伏せていた先ほどとは違うために、コーウェンにも気恥ずかしさが乗り移ってしまっているのだ。

 ――どうしたのだろうか。

 コーウェンはそんな心配から、ディーアの顔を下から覗き込んだ。


「……どうしたんですか?」

「んー、どうしたのだろうな」


 そんな、曖昧な言葉をディーアは返した。

 再び二人の間に沈黙が訪れる。外から、警備に当たっている兵士のものであろう声が聞こえる。同時に左目の奥に痛みが走ったような気がした。

 やがてディーアは顔を上げたかと思うと、コーウェンへと優しく微笑んだ。


「なあウェン。お前は私に好かれていると、そう思ってるか?」


 突然の質問に、コーウェンは意味がわからず首を傾げた。


「ん……まあ、思ってます。だって、ディーアさんがいつも言ってることじゃないですか」


 自分で言うのは気恥ずかしさがあるが、事実ディーア本人がそう言うのだから仕方がない。

 だが、ディーアは首を横に振って否定した。


「いや、そうではなくてだな。……確かに私はお前のことが好きだし、冗談で『結婚しよう』などと言ったこともあるが、それは男女の関係として好きなわけではない」

「あ、そうだったんですか」

「ああ、そうだったんだ」


 ディーアは話に区切りを付けるかのように、短く息を吐いた。

 レベルが、ディーアがコーウェンと話したいと言っていた、と言った。今からその話とやらが始まるのだとコーウェンは悟り、意味もなく体勢を整える。

 それを確かめたディーアは、諭すように口を開いた。


「私は以前、お前のような子供が性的な意味で好きだと言った。覚えてるか?」

「はい、はっきりと」


 忘れられるわけがなかった。

 コーウェンが初めて会った、ダークエルフの女性。凛々しくて毅然とした印象を抱かせた彼女は、二人きりになった途端、いきなり本性を現したかのようにそんな告白を始めたのだ。

 他人の性癖に偏見を持つのは良くないと知りながらも、どうしても身構えてしまったあの時の衝撃は、今もコーウェンの心に深く刻み込まれている。


「だったら話が早い。確かに私は子供を異性として見るし、あの時の発言も嘘ではない。……だがな、それでも小さな子に恋心を抱くなんてことはないんだ。今までだって一度もなかった。だから、それはウェンを相手にしても例外ではないんだ」

「そう……だったんですね」


 きっぱりと否定するその言葉が、コーウェンを微妙な気持ちにさせる。

 別に、好かれていると思って舞い上がっていたわけではない。優越感に浸っていたわけでもない。だが、相手がディーアだとかは関係なく、他人から好かれていると思うと単純に嬉しかったのだ。

 恋心を抱いていなかったのはコーウェンも同じなのだが、何故だか振られたような気分に陥り、少し残念に思うのは仕方がないことだった。

 そんなコーウェンの内心など知らないとばかりに、ディーアは続ける。


「少し話は変わるが、ウェンはどうしてハーフエルフの数が少ないか知っているか?」

「いえ……知らないです」


 話の趣旨が変わったことを訝しみながらも、コーウェンは正直に答えた。

 ――確かに、言われてみれば考えたことがなかった。

 日本で培った経験とは違い、この世界では町を歩くだけでたくさんの外国人とすれ違う。それは種族の差も例外ではなく、事実エルフの国にもたくさんの人間が住んでおり、逆も然りだ。出会いなどいくらでもあるだろう。言語の壁ですら、三大国間には存在しない。そして、それを新たな情報として鑑みれば、確かにハーフエルフの数は少ないと言えるだろう。

 コーウェンは、今までに出会った様々な人物を思い浮かべる。

 だが、脳内での検索に引っかかったハーフエルフは、ネイルただ一人だった。


「……その理由は、実は簡単に説明できるんだ。当然色々あるが、主な理由としては一つだけだ」


 ディーアはそう前置きすると、もったいぶるように微笑んだ。


「例えば、私が人間の男性を好きになるとする。そうだな、年齢は二十歳くらいでいいだろう。そしてそのまま二人が結ばれたら、見た目には若いカップルが誕生する。そうだろ?」

「はい、でしょうね。……ですが、それがどうしたんですか?」


 聞き返すコーウェンに対し、ディーアは微笑ましいものを見るように、優しく目を細めた。


「ふふっ、わからないか? よく考えてみろ」

「……?」


 ディーアの言葉に従い、コーウェンは素直に考えてみる。

 先ほどの彼女のセリフにおかしなところはなかった。確かに、ディーアと二十歳の男性が結ばれたのなら、それは見た目には若いカップルが誕生したと言えるだろう。

 ――ん? 見た目には?


「……あ、そっか」


 ふと、コーウェンはディーアの言わんとすることに気付いた。

 そうだ。どうしてこんなに簡単なことに気付かなかったのだろう。


「――“寿命の差”ですね。その主な理由とやらは」

「ああ、そうだ。さすがに察するのが早いな」

「いえ、寧ろどうして今まで気付かなかったのか……」


 長命種――エルフやダークエルフ――の寿命は、おおよそ三百歳から五百歳だと言われている。そして老い方こそ個人差があるが、見た目年齢は二十歳前後から突然緩慢になる。

 対して人間の寿命は、おおよそ五十代後半から八十歳くらいだと言われている。老い方や見た目については言うまでもないだろう。

 圧倒的に、人間側の方が先に死んでしまうことになるだろう。エルフ側は、パートナー不在のまま生きる時間の方が長くなってしまう。

 それだけではない。

 寿命の差を踏まえ、先の例えである、百歳を超えたディーアと二十歳の人間男性が結婚した場合を考える。

 ディーアの見た目年齢は、人間で言うと二十代の半ばくらいだ。それも、凛々しい振る舞いを知っているからこその印象操作込みで、だ。だからこそ最初の内は彼らに違和感などはなく、よく見かけるカップルでしかないはずだ。

 だが月日が経てば、男性はディーアの見た目年齢に追いつき、やがて追い抜き、そして寿命を全うする頃には親子以上の差が開くことになるだろう。


「……それに、それだけではありませんね」

「ああ、子供のこともある」


 そう――まだ、それだけではないのだ。

 長命種と人間との間に生まれた子供――ハーフエルフ(ハーフダークエルフ)の寿命は、おおよそ百二十歳から百六十歳と言われている。

 こればかりは一概には言えないが、先ほどの例で考えると大きな問題が生じることとなる。

 ディーアと人間男性の間に、一人の子供が生まれたと考える。

 そして、男性が七十歳で亡くなった時、その子供が四十五歳として、ディーアが百五十歳とする。子供の見た目は二十代の人間と変わらないだろう。対してディーアの見た目年齢は、人間で言う四十歳くらいだ。

 だからこそ、このまま行けば――


「――いずれは、子供が親のエルフを追い抜いてしまいますね。……そして、何事もなく寿命を迎えた時、先に亡くなるのは子供の方だ」

「……ああ、残酷だろう? ……もし私が人間の男性と結ばれた場合、私の子供は私よりも早く老けて、そして私の目の前で死んでいくのだ。それを嫌うからこそ、長命種と人間が結ばれることは稀だ。もしハーフエルフを見かけたら、その両親は相当な変わり者か、それに気付く前に愛し合ってしまったか、それともレイジェルド卿――シルバのように、エルフ側の者が最初からある程度の年齢だったか、だな」


 ディーアはそう言いながら、少し悲しそうな顔を浮かべた。そして、その表情を変えることなく続ける。


「……だから私は、人間の男性を見る時に限り、子供だけを異性として見てしまうのだ。もし結ばれるなら、最初から年齢差があった方がいいからな」

「……なるほど。でもそれって、ディーアさんが人間自体を恋愛対象として見なければいいんじゃないですか?」


 その疑問に、ディーアは首を横に振った。


「私はな、人間が好きなんだよ。お前や、お前の父親にも言えることなんだが、短い人生にもかかわらず、その短い時間で高い能力と人間性を養おうとする、そんな姿勢に惹かれるんだ。上から目線になってしまって申し訳ないが、やはりどれだけ努力して結果を出しても、それが報われた時の喜びは短いものでしかないだろう? 長命種特有の――いや、所詮は私特有の価値観なのかも知れないが、そんな状況でも努力できる人間は、とても輝いて見える。誰がどうだとかではなく、そんな根本的な部分が私は好きなんだ」


 ディーアのその言葉は、とても子供相手に使うような軽いものなどではなく、もっと重たいもののようにコーウェンは感じた。それほどこの告白は真剣なものであり、なおかつ、知ってもらいたいという気持ちの強いものなんだろう。

 彼女の気持ちはコーウェンにも理解できた。

 この世界で生きているからこそ、感じるものがあった。ディーアが人間を好きな理由も、もっと簡単に説明できるものと同感覚だと思われる。

 例えば、日本の男性が『付き合うなら黒髪の子がいい』だとか、『俺は黒髪より茶髪派だな』だとか言ったりする感覚。周りからすればどうでもいい・理解できないことなのかも知れないが、本人からすれば意外と重要なこだわりだったりするものだ。


 ――などと考え込むコーウェンを見て、少し難し過ぎたと解釈したのか、ディーアは「当然理由はあるぞ」と小さく笑った。


「私が魔法使いとして、冒険者として成功を掴んだのは、人間では遅すぎる年齢だったんだ。十二英傑などという肩書を得たのは、当然それ以上に後の話だ。……私自身がそうなのだから、やはり人間は凄い。二十代前半で私たちと肩を並べて戦ったコールには尊敬の念を抱いたし、ウェンに抱くそれは、私が今まで出会った人間の中で最大だ」


 ディーアは諭すようにそう言うと、コーウェンの頭を撫でた。

 大袈裟に褒められ気恥ずかしさを覚えたコーウェンは、それでも乱れる前髪越しにディーアへと微笑んだ。

 とても嬉しかったのだ。

 才能に恵まれたことを否定しないコーウェンだが、同時に努力の量だって生半可なものではなかったため、才能ではなく“努力する人間”としての部分を褒められたのが堪らなく嬉しかった。


「おぉ……、可愛らしい笑顔だ」


 ――という気恥ずかしいことを言われても、笑顔を引っ込められないほどに。

 だが、疑問もあった。


「ところで、ディーアさんは、どうしてそんな話を僕にしてくれたんですか?」


『お前に勘違いされ続けるのは嫌だから』などと言われたらそれで終わりだが、ディーアがそんな人間ではないことくらいコーウェンにはわかっている。

 だからこそ出た疑問なのだが、当のディーアは少し恥ずかしそうな表情を浮かべた。


「……予約をしようと思ってな」

「予約?」

「ああ、予約だ」

「予約とは……?」

「……さっきも言ったように、私が子供相手に恋心を抱くことはない。だから――」


 ふと、ディーアは立ち上がった。

 そしてコーウェンの頭を再び撫で回すと、扉へと向けて歩を進める。

 意味のわからなかったコーウェンは、ディーアの背中を目で追った。すると、彼女は扉の前で立ち止まり、ゆっくりと振り返った。

 相変わらず全ての動きが凛々しく綺麗だと、コーウェンは思った。


「――だから、予約をする。必ず応えてくれとかは言わない。……ただの予約だ」


 ディーアはそう前置きをした。

 そして、そこから一呼吸置いてディーアが発した言葉は、コーウェンの心を大きく揺らすこととなった。それは彼女の性癖を聞かされた日よりも、ずっと大きな衝撃だ。

 震度七よりも激しく、とても断層などでは済まないほどのその衝撃は、以前とは違いコーウェンの心を大きく高鳴らせた。


 ――『私は、ウェンのことを生涯愛し続ける。好きになるという予約だ。……わかったら、早く大人になれ。そして、早く私に恋をさせてくれ』


 ディーアは部屋を出て行った。

 その時の彼女は、いったいどのような表情を浮かべていたのだろうか。

 それを確かめる余裕が、コーウェンにはなかった。

 だが、声はわかった。凛々しくて迷いのない、いつも通りの声だった。

 ――俺は、彼女の気持ちをどう受け止めたらいいのか。

 それすらも、やはりわからなかった。


「――すまない。一ついいか?」


 少しの間呆けていたコーウェンの耳に、そんな声が届いた。

 声の方向――扉へと目をやると、そこにはディーアがいた。ドアを完全には開けずに、顔だけを覗かせている。

 コーウェンは努めて平静を装うと、口を開いた。


「どうしたんですか?」

「ああ、やはり嘘は良くないと思ってな」

「……嘘?」

「ああ。正確には嘘を吐いたわけではないが、敢えて勘違いするような言い方をした」

「勘違い……ですか」

「ああそうだ。さっき私は、子供相手に恋心を抱くことはないと言った。それ自体は嘘ではないが、一応訂正しておく」


 そう言ったディーアは、決意に満ちた表情を浮かべた。


「恋心こそ抱かないまでも、やはり子供には興味がある。……そう、あれだ。もの凄く性的な意味で」


 ディーアはそれだけを言い残すと、顔を引っ込め、パタンと扉を閉めた。どうやら、それだけを言いに戻ってきたようだ。

 それに対しコーウェンは、文字通り停止していた。ディーアの言葉は以前にも聞いたことがあるものだった。だが何故だか、受けた悪印象はその時とは比べものにならないほどに大きかった。


「ぐっ……」


 やがてコーウェンは、左目を押さえながら蹲った。


 左目と心が、ズキリと痛んだ。


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