表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
プロミネンス・ストーリー  作者: 秋保 あかさ
4章 金の烏と玉の兎
33/67

32 運命の対峙

 ――何だ、あれは。

 前方に立ちはだかる巨大な崖の断面から顔を覗かせる、これまた巨大な洞窟の入り口。そこから漏れ出るように漂う空気の揺らめきが、コーウェンの意識を集中させる。

 ――魔力なのか?

 最初に浮かんだ可能性がそれだった。

 ディーアとレベルの会話が聞こえて来る。どうやら、洞窟の入り口にある違和感には気付いていないらしい。

 ――ここを調べてみるべきだ。

 コーウェンの胸中にはそんな考えと共に、この洞窟の中に何かがあるという確信があった。

 コーウェンは馬を降り、口を開いた。


「用心してください。それと明かりの用意も。――今から、あの穴へ入ります」




 ◆◇




 レベルが準備していた松明へと火を灯し、それを明かりとして三人は洞窟内を進んでいる。

 三人が並んで歩いても未だ余裕を残す通路の広さに感心しながらも、コーウェンの頭には別の疑念が渦巻いていた。


(……絶対に魔力だと思ったのに)


 この場所が目的地で間違いないというコーウェンの発言には、当然ながら理由があった。

 それは洞窟の入り口から、陽炎のような、不完全な空間のような、そんな形容し難い空気の揺らめきが放たれているのを目撃したところから始まる。

 コーウェンには見覚えがあった――と言うよりも、普段から見慣れているものと同じだった。

 それは、世界でも視認できる人物は極めて少数であり、魔法使いならば誰でもその身に宿すもの――“魔力”だ。そう判断したコーウェンは、何故このような場所に魔力が漂っているのかと疑問に感じると同時に、その不思議さ故、この洞窟内にこそ求めている何かがあるのだと確信したというわけだ。

 だが実際には、それは魔力などではなかった。

 魔力というのは視ることこそ可能な人物は限られているのだが、触れてみて、その身に感じるだけならば多数の人間が可能とすることだ。魔法使いなら誰でも出来るというほどに。

 にもかかわらず、全身を浸している今――身体で魔力を感じることが出来ない。


「それにしても、さっきは何故この場が目的地で間違いないと、そう断言出来たんだ?」


 そんな事情を知らないディーアは、辺りを警戒しながらそう問いかけて来た。その発言からもわかる通り、魔力を感じていないというのはディーアも例外ではないようだ。

 コーウェンは「ただの勘です」と回答を濁しながら、空気中に漂う魔力のようなものを知らない気体か何かだと結論付けることにした。ここは地球ではないため、聞いたことのないような物質が存在する可能性も低くはないだろう。


 そのまましばらく洞窟内を進んでいると、少し前方にこの通路よりも遥かに開けた空間があることに気が付いた。それはまるで一つの大部屋のようであり、これまでの通路とは全く異なる構えをしている。

 太陽光が入って来ているのだろうか、屋外ほど明瞭ではないが、松明の明かりが届いていないにもかかわらずその存在を確認することができた。

 それでも、三人は気を抜かず慎重に歩を進める。

 やがて大部屋のような空間の入り口付近へと差し掛かり、コーウェンが自然の力の強大さに感嘆していた時――


「なっ、これを見てください!」


 ――レベルが驚いたような声を上げ、二人の注意を集めた。

 見ると、レベルは持っていた松明で足元と、そこから延びる壁へと光を当てていた。それによって姿を現しているのは、夥しい量の“液体だった”ものだ。それは壁から引きずられたように付着しており、真下の地面にできた溜まり場へと流れ込むような形で凝固している。ところどころ赤黒く変色しているが、それでもそれがいったい何なのか、判断はそう難しくなかった。


「血液……、人間のものでしょうか?」

「……さあ、な」


 コーウェンが冷静に問いかけると、ディーアは顔を顰めながら答えた。

 レベルが口を開く。


「もし人間のもので、全てが一人の身体から流れ出たものだとしたら……そうですね、余程の巨漢だとしてもかなり危険な量です」


 出血量だけでも生きていることは難しいと推測できる。そして出血しているということは、相応の傷を負っているということに他ならない。誰のものであり死体がその後どうなったのかは不明だが、この血液の主はもうこの世にはいないだろう。

 コーウェンは大きく深呼吸をし、気持ちを入れ替える。


「……これが、人間のものでないことを祈りましょう」

「ああ、そうだな。それにここは人類未踏の地だ。その可能性は低いだろう」


 納得のできる判断を下し、改めて大きな空間へと向き直った三人。

 足を踏み入れると、天井がなく吹き抜けのように開けた頭上の空間が真っ先に目についた。その頂上には外界と繋がる穴が開いており、予想通り太陽光が洞窟内へと入り込んで来ていた。余程角度が良かったのか太陽本体の姿は確認できないまでも、この空間内は松明なしでも、あまり暗さに視界を遮られるということにはならなそうだ。

 そんな些細なことだけでも、コーウェンは小さくない安心感を抱いた。先ほどの血溜まりが無意識の内に不安を煽っていたのだと自覚する。

 その時、上ばかりを気にしながら歩いていたからか、コーウェンは地面に落ちていた硬い何かを躓くような形で蹴りつけた。

 カランカラン、という金属質な音が辺りへ響き、ディーアとレベルもそれに気付く。


「すみません、何か当たりました」


 そう言いながら、コーウェンは自らの足元へと視線を落とす。そこで初めて落下物の正体に気付いたコーウェンは、背筋を駆け抜ける悪寒と共に先ほどまでの不安・恐怖といった負の感情が蘇り、思わず息を飲んだ。


「これ、は……!?」


 そこには、細身でありながらも強かさを感じさせる剣が、中ほどで折れ、転がっていた。

 コーウェンに続きそれを見たディーアとレベルは、大きく目を見開いた。


「まさか……、人間がいた? やはりさっきの血は……」

「そのまさか……ですかね。それに――」


 レベルが剣を眼前へと拾い上げ、唸るように口を開いた。


「――これ、かなり高級なものです。……所有できる者などなかなかいないと思います。少なくとも……、これの主は、小国の王家程度の財力を持ち合わせていたのではないでしょうか」


 冒険者としての戦闘能力は決して高くないレベルだが、それでも彼は組合から一目置かれているほどの存在だ。その主な理由として、様々な才能を持ち合わせた人材の宝庫とも言えるギルド内でも、戦闘以外の能力が抜きん出て高いということが挙げられる。そしてそれは、目利きや鑑定といった業務も例外ではない。

 そんな彼が高級だと言い切ったのだ。財力については大まかな憶測なのだろうが、この折れた剣が非常に価値のあるものだということは間違いなさそうだ。

 だが、そんな能力など一切持ち合わせないコーウェンにでも、一つだけ断言できることがあった。

 ――これは、つい最近のものだ。

 その剣身は非常に綺麗で、まるで磨き上げられた水晶のように光沢を放っている。汚れらしい汚れも一切見当たらず、確認できるのは、折れた先から続いて付着していたのであろう少量の血液だけだ。

 錆や劣化など以ての外、製造に使用された素材さえ理解できないほどに慎ましやかな雰囲気を放っているそれは、たった今打ったばかりだと言われても信じてしまえそうなほどに輝いている。

 当然のように同じ考えに至ったのであろうディーアは、先ほどの血痕を一度振り返ると、腰に差した剣へと手をかけた。


「念のためだ。二人とも、剣を抜け」

「……はい」


 ディーアの言葉に追随するように、洞窟内に金属の擦れ合う硬質な音が響く。エルフの国防衛戦にて部隊ごとに連なって響いた、否応なく緊張感を煽るあの音だ。

 捉えようのないような、足元がおぼつかないような、そんな悪い意味で身体が軽くなるのをコーウェンは感じる。


「これも念のためだが……、引き返すという選択肢はあるのか?」


 洞窟のさらに奥を見据えながら、ディーアがそう問いかけてきた。


「いえ、進むべきだと思っています。……ディーアさんはどうですか?」

「……何かあった時の責任を押し付けるわけではないのだが、それでも意志決定の権はお前にあるさ。私はそれに従いたい」

「私も同じです。依頼が続く限りは」


 否定意見の立ち入る余地などないとばかりに、三人の意志は合致していた。

 ここを訪れる原因となったあの青年と出会った時のことは、その時コーウェンと共にいたディーアはもちろん、レベルにもある程度のことは説明しているため、事情を知らぬ者はいない。

 ――そんなことがふと再確認でき、コーウェンは奇妙な連帯感を抱いた。


「ありがとうございます。では、行きましょう――」


 行動方針が決まり、三人が一歩を踏み出そうとしたその時だった。

 突如、洞窟内に一人分の足音が響き始めた。ペタペタといった、地面に吸い付くような音から裸足なんだと推測できるその音の規則性は、人型の生物を彷彿とさせるものだ。

 その発信源は、この空間の向かい――コーウェンたちが入ってきたのとは対面する形で延びる通路だ。それは徐々に、近づいてきている。

 コーウェンに続きその音に気付いたディーアとレベルは、揃って足を止めた。

 音のする方向へと注意を向けている三人の間に、言い知れない緊張が漂う。

 やがてコーウェンが唾を飲み込むと同時に、それはゆっくりと、こちらを強く見据えながら姿を現した。この空間への入り口付近で歩みを止めると、三人を品定めするかのように見渡す。


「お前たち……何しに来た」


 現れざまにそう問いかけてきたのは、予想通り人型――と言うよりも、人間そのものだった。それもコーウェンと同じくらいの子供だ。

 全身は薄汚く、スラムなどで細々と生きる子供を連想させる。伸び放題の赤髪が性別の判断を鈍らせるが、距離と薄暗さのせいで辛うじて見える程度のその顔つきが、コーウェンに“男”だと判断させた。


「いや、少し探し物を……」


 その子供――少年(魔物かもしれないが)の登場に面喰いながらも、コーウェンは震える声で答えた。

 このような場所に姿を現したということにさえ目を瞑れば、少年は貧民街などで生きる孤児たちと何ら変わらない、悲しい生い立ちを感じさせる普通の子供でしかなかった。だがそれは容姿の話だ。コーウェンの声を震わせた原因は、彼の右手にあった。

 ――魔物の生首。

 それは少年の胴体ほどの大きさを誇り、遠目に見ただけでも数十キログラムはありそうなものだ。全体が真っ黒な鱗のようなもので覆われ、後部には真っ白なたてがみのようなものを蓄えている。その真っ赤な双眼は、間違いなく絶命しているであろう現状にもかかわらず、力強い光を放っていた。

 そして巨大な口から顔を覗かせる二本の牙――少年はその内の一本を握り、当たり前のように保持していた。

 そんな奇妙な光景に、冒険者として経験の長いディーアとレベルでさえも、思わず言葉を失い佇んでいる。


「探し物……これか?」


 鋭く細められた眼光を緩めることなく、少年は右手に持った生首をこちらへと翳した。

 コーウェンが黙ったままそれを否定すると、レベルが思い出したかのように口を開いた。


「あれ、おそらく……ドラゴンのもの、です。……古代の龍王エンシェント・ドラゴンロード。炎龍と同域の、最強クラスの魔物です」


 レベルのそんな発言に、十二英傑として炎龍と死闘を繰り広げた張本人であるディーアが、納得いかないように声を荒げる。


「はぁ!? ドラゴンって、どうしてそんなやつが――!」


 ――こんなところにいるんだ。――そして殺されているんだ。

 と、続く言葉は容易に想像できる。だが、ディーアは最後まで言い放たずに口を噤んだ。

 コーウェンは炎龍の強さを知らない。王国の軍隊が大敗しただとか、十二英傑という人類最強クラスの戦士を以てしてようやく撃退に成功しただとか、事実を事実として簡単に頭へと詰め込んでいるだけだ。

 だが、それも当然だった。コーウェンは直接炎龍の姿を目にしたわけではなく、そもそも、その事件が発生した頃はまだ生まれてすらいなかったからだ。

 それでも、コーウェンは生首だけとなったドラゴンの強さを感じていた。

 隼人が地球での生活で培った、ドラゴンのイメージ。死して尚、その眼光の鋭さには足が竦み、無遠慮に見つめているだけで何か良くないエネルギーを全身に浴びているようにさえ思える。

 ――こいつには勝てない。

 本能がそう判断するのと同時に、そんな魔物の生首を平然と掴む眼前の少年が、とても恐ろしい存在のように思えて仕方がなかった。


「話は、終わったか……?」


 そんな少年は興味なさそうにそう呟くと、右手に持った生首を放り捨てた。そしてゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。

 やがてその距離が十メートルほどまで縮まった時、油断なく剣を構えるコーウェンたちの元へと、静かな声が届いた。


「――だったら、もう殺す」




 ◆◇




 ――殺す。

 そう告げると同時に、少年は地面を蹴り上げた。

 標的は眼前の三人――大人の男女に、子供が一人だ。

 少年は自らが強いということを理解している。だが、油断したりはしない。

 最初の一撃で最も強い者を屠れるのならばそうするべきだと判断すると、迷うことなく向かって右側――レベルを目がけ身体を弾けさせた。


 少年の全身の筋力は、常人の何倍もの強度を誇っている。

 時に、“走る”という行為において人間は全身の筋肉を総動員するわけなのだが、その全ての筋力がずば抜けていたら――?

 走りに重要と聞くと真っ先に我々の頭に思い浮かび、人体で最も大きな筋肉が存在する下半身。そして最大の筋肉そのものであり、地面を押し出す際に使用される大腿四頭筋、地面を蹴り上げた際に身体を前方へと引っ張り上げるハムストリングス、それらを補助し思い描いた方向へと身体を導くヒラメ筋や、その一歩を支える前脛骨筋。走り出す際に生じた僅かな身体の捻りを爆発的な推進力へと変換する大臀筋など。

 そして、あまり想像には出てこないかもしれないが、上半身の筋肉も重要な働きをする。

 体幹部を後屈させ、上半身を縦に駆け抜ける脊柱起立筋。身体の捻りに直接関係する外・内腹斜筋や、身体を前屈させる腹直筋。腕を引く際に肩甲骨の動きと共に収縮する広背筋など、他にも、力を生み出すために無意識に使用する首や顎周りの筋肉や、足裏の筋肉でさえ使用される。


 そんな、それら全ての筋肉が体重はそのままに、強度だけずば抜けて高かったら――


 ――薄暗いこの空間で、小さな体をさらに低く沈めて迫り来る少年の姿を、レベルは捉えきることができなかった。


「消え――」


 少年は一瞬でレベルの視界の外へと移動し、眼球運動を遥かに凌ぐ速度で移動する。


「――た!?」


 そしてレベルの放ったセリフを真横(・・)で聞き届けると、そのままがら空きの首をめがけ右腕を振るう。

 心苦しさがないと言えば嘘になるが、そんなものはとうの昔に慣れている。

 だが、そうやって無感情にレベルの命を刈り取ろうとする少年の視界の端に、一閃の剣筋が映り込んだ。それは確実に少年の首を狙ったもので、当然ながらそのまま命中すれば絶命は必至だとわかる。少年は慌てて攻撃を中断し、全力で身体を捻る。

 だが、あまりにも無警戒な方向――唯一の子供から放たれたものであったために、完全に避けきるだけの余裕がなかった。

 少年は慌ててその場を離脱すると、頬に生じた切り傷をそっと指でなぞる。


「二人は逃げてください! こいつは普通じゃない!」


 少年の耳に、そんな子供の声が届いた。

 顔を上げると、呆ける大人二人の前へと躍り出て剣を構える子供と目が合った。


 ――初撃で殺す?

 ――僕の速度に付いてこれる者はいない?


 否、違った。存在した。そして、最も警戒すべきはこの子供だ。

 そう改め直した少年はその鋭い眼光をさらに細め、コーウェンへと意識を集中させる。


「僕は……吸血鬼(ヴァンパイア)だ!」


 コーウェンに与えられた傷が恐るべきスピードで再生・治癒すると同時に、少年はそう叫んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ