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プロミネンス・ストーリー  作者: 秋保 あかさ
4章 金の烏と玉の兎
32/67

31 古代の龍王

 ――エルフの国防衛戦、開戦日の夜。

 広大で荘厳な大自然の中でも一際存在感を主張する、荒々しく切り立った断崖絶壁。雨が降っている現在、その斜面を水が滑らかに流れ落ちている。

 自然の神秘なのか、その断面では巨大な洞窟が大きく口を開いている。その出で立ちは、何者をも拒むまいと主張しているかのようにも思えるほど堂々としたものだ。

 その洞窟の前で、一人の青年が立ち尽くしていた。コーウェンたちの前へと現れたのとは、また別の青年だ。

 その色素の薄いグレーの髪には、長時間雨が降り続いている割にはあまり水気を含んだ様子が見受けられない。

 この付近はあまりに広大であり魔物の数も多いため、人類による探索の手が届いていない場所だ。その青年の存在は誰から見ても不自然だと言えるだろう。

 そんな中、青年は何かの紋様であろう黄金の刺繍が施されたローブで身体を包み込み、躊躇うことなく洞窟内へと入り込んだ。

 外では雨が降っているからか、洞窟内にはポツーン、ポツーンといった水の滴る音がひっきりなしに響いている。

 青年は、あらかじめ拾っておいた丈夫そうな木の枝に無詠唱の魔法で火を灯すと、それを松明代わりに奥へと進む。松明の明かりによって控えめに姿を現した洞窟の内部は、横に広く、奥に遠く、縦に長いとても巨大なものだ。この程度の明かりでは、天井にも突き当りにも光が届くことはない。

 だが、そんなことは気にしないとばかりに青年は無言で歩き続ける。

 よくもこんな巨大な洞窟が出来たものだ、と心の中で感心するのは、彼にとって初めてのことではない。

 少しの間歩き続けた青年は、その自慢の聴力で何かとてつもなく重く低い呻き声のようなものを捉え、一瞬だけ足を止めた。


「…………少し、怖いな」


 巨大な生物――魔物の存在を確信した青年は、無表情のまま誰ともなくそう呟いた。

 それでもすぐに歩みを再開させた青年の手には、いつの間に出したのか、立派な剣が抜き身で握られていた。その剣先は少しだけ震えている。

 そのまましばらく歩き続けた青年は、やがて一つの大きな部屋へと辿り着いた。

 上を見れば、火山口の中にいるような錯覚をするほどに高く吹き抜けている。その頂上は閉じられておらず、そこから差し込む月明かり――雨天のため僅かだが――のおかげでその高さを実感できるのだろう。

 先ほどまでの通路でも十分に広かったこの洞窟内だが、ぽっかりと何かを失ってしまったかのような広がりを見せるこの空間には、二度目の訪問と言えども驚かずにはいられない。


「とりあえずは予想通りだな」


 その発言は、この空間の対面側を両目で見据える青年から放たれたもの。

 視線を追うと、青年が入って来た通路と同じような空間が奥へと伸びている。そこから、大きな身体を豪快に揺らしながら、一体の魔物がこの部屋へと入って来た。

 漆黒の体躯は流線形を描き、妖しく光るその全身は鎧のような鱗で覆われている。

 前身だけで十メートルはあるであろう巨大な身体を支えているのは、筋骨隆々の丸太のような二本足と、引きずられた尾だ。背筋から尾の先端にかけて、逆立った剣のような棘が連なっている。

 たてがみが神々しくもある、獅子を思わせる顔面。大きく裂けた口からは、無数のノコギリ歯と、人間の腕と同程度の長さを誇る二本の牙が己の存在を主張するかのように顔を覗かせている。そこから漏れ出る吐息はどれほどの熱を帯びているのか、白く濁り空気中へと霧散する。

 そして、そんな巨体を持ち上げるための、大きな翼。

 全ての生物を委縮させる、赤黒い眼光を放つ世界最大級の魔物。――ドラゴンだ。


「グルォオオオオオオオオオッッ――!!」


 興奮すると出るのであろう甲高い怒号が、重低音も顔負けなほど激しく空気を揺らす。

 青年は少し気圧されるのを自覚しながらも、引かずに剣を構えた。


「……漆黒の体躯と、二本の長い牙を持つ龍系種。人類が発見した最古のドラゴンであることから呼称される――“古代の龍王”と。……さあ、炎龍と、どちらが強い?」


 青年が言葉を紡ぎ終えると同時に、ドラゴンは巨大な翼を羽ばたかせ宙へと舞う。

 まるで先ほどの問いかけに対し、「自らの目で確かめろ!」と言わんばかりのその威圧感に、青年は思わず口を歪ませた。


「まあ……、炎龍とは戦ったことがないんだがッ!」


 疾駆という言葉が似合う、思わず目を見張るほどの速度で、青年はドラゴンの王を目がけ走り出した。

 胸の内で、自らの帰結を悟りながらも――。




 ◆◇




 高級なローブごと切り裂かれた肩口を押さえながら、青年は自らが入って来た入り口側の、通路の壁へともたれるように座り込んだ。

 肩の裂傷は決して小さいものではないようで、壁には引きずられたように血液が付着する。痛みに耐えているからか、その額には大粒の汗が浮かんでいた。


「なるほど、な……。炎龍相手に、剣士が一人しか呼ばれないわけだ……」


 青年は手に握られている折れた剣を苦々しく眺めると、総資産の約三分の一を占めるそれを何の躊躇いも見せずに投げ捨てた。

 カランカランと音を立て不規則に転がる剣の先には、首から先を失くしたドラゴン――古代の龍王エンシェント・ドラゴンロードの巨体が横たわっている。切断された首の断面は黒く炭化しており、生気を全く感じさせないそれは、全身の色と相まってただの真っ黒な肉塊と化していた。


「……どうして俺は、こんな所へ来てしまったのだろう」


 ドラゴンを殺したという非現実的な事実を確かめれば確かめるほどに、つい過去のことを考えてしまう。

 あの頃は楽しかった。両親や友がいて、仲間もいて、ただただ平和に暮らしていた。戦争こそ経験はしたものの、身近な人物に何かの悪影響が出ることはなかった。

 それなのに――


「ごめんな、みんな……」


 青年は涙を堪えるように顔を膝へと埋め、誰ともなく独り言ちる。

 水の滴る以外の音は存在せず、どこまでも突き抜ける淋しげな雰囲気を纏うこの洞窟内は、青年にとって久しぶりに持てる一人の時間だった。

 人前では決して弱音を見せず、そして実際に誰よりも強くあった。そうした中で積み上がった何かが、音を立てて崩れて行く。

 彼の独り言は、まるで自らの存在を確かめるかのよう。それは次第に弱々しく、苦しそうなものへと変わってきていた。見ると、壁から地面にかけて付着する血溜まりが少しずつ大きくなってきている。


 青年は考える。

 ――自分はいったい、どこで間違えたのか。

 幾度となく考えた。

 ――彼はいったい、どこで間違えたのか。

 それは決められた未来だった。だが、誰かに用意されていた未来ではない。自らが選び、自らの意志で勝ち取ったはずの未来。

 ――『ニワトリが先か卵が先か』

 そんな言葉が頭を過り、青年は自嘲気味に嗤った。


「足り、ないんだ……。圧倒的に、力が」


 顔を上げて虚空へと視線を移した青年の目尻から、一粒の涙が零れ落ちた。青年はそれを拭おうとはせず、静かに目を閉じる――




 ◆◇




 旅を始めてから五日目――人類未踏の地へと踏み込んでから二日目の朝を迎えた。

 この地へと立ち入ってからは魔物の襲撃が増えたが、それでも戦争の影響で数が減っていたからなのか、寝床を確保できないといった事態は免れた。寝床の問題については、冒険者をもっと雇っておけばよかったと思う要因の一つであったため、自然と解決されたことに対する恩恵はとても大きいものだった。

 朝食を食べ終えたコーウェンたち三人は、寝床にしていたキャンプの周辺に張り巡らせておいた――侵入者に対して音を発する仕掛け付きの――絹糸製の囲いを回収すると、順次馬へと乗り込み、早速目的地へと向けて出発する。ちなみに地図の更新は専門外であり目的外なため、大まかな目印程度にだけ記している。


「それにしても、あなたたち二人と旅をしていると本当に心強いですね」


 今回の旅で雇った唯一の冒険者――レベル・ライドという名の、茶髪を短く刈り込み爽やかな印象を受けさせる中年の男性が、旅装束の上に羽織ったマントを翻しながら馬に跨り、道中の戦闘を思い出したように言う。

「三人だけの旅って聞いた時は、正直バカじゃないのかって思いましたけど」という言葉に、コーウェンとディーアは苦笑いを返した。


「まあでも、それなら……レベルさんはいつも何人くらいで旅をしているのですか?」

「んー、いつも雇われで旅の補助をするだけなので、私がどこかへ冒険者として探索に出かけるということはありませんよ。それより、それを聞くに相応しい相手がコーウェンさんの後ろにいるじゃないですか」


 そう言えば、とディーアへと顔を向けるコーウェンに、背後からはムッと拗ねたような、前方からはクスクスと楽しそうな雰囲気を受けた。

 ディーアはレベルに続き馬を発進させると、そのままつま先でコーウェンのかかとをつつく。


「私はレベルよりも冒険者歴は長いんだぞ」

「……はい、完全に忘れてました。どこか、無職の変態ってイメージが出来上がってました」

「おい、おいこら。無職の変態に炎龍が倒せるわけないだろう」


 先ほどまでよりも強くコーウェンのかかとを蹴り続けるディーアと、変わらず肩を震わせているレベルの二人から、冒険者たちの日常について簡単に教えてもらった。


 冒険者の仕事を斡旋・仲介する組合――冒険者ギルドは、個人やパーティで登録することによって様々な依頼を受領できるのだが、当然ながら依頼の有無を問わずに各々が冒険や探索に出ることは可能だ。レベルが仕事をする時は組合を通し、ディーアが仕事をする時は組合を通さないことが多いそうだ。

 レベルはパーティを形成していないため、彼を雇う人物は彼の他にも別の冒険者を同時に雇うのが常だ。

 ディーアも同じようにパーティを形成してはいないが、そもそもディーアを雇う人物は冒険に出るのを目的とはしないため、一人だけだからと言って特に困りはしないのだそうだ。

 ディーアを雇うには相応の金銭や地位を必要とするため、そして彼女自身の抜きん出た戦闘能力の高さのため、その仕事は特殊なものが多く、なおかつ絶対数が少ない。

 だから、ディーアは組合を通さずに個人で仕事を受けるか、組合を通して名指しで仕事を受けるか、自らの判断で冒険に出るかといった、ディーア個人の力が必要だと依頼人が判断した場合の仕事のみを受領することにしている。

 ちなみに、一度依頼を受けたにもかかわらず、後になってその仕事の完遂が難しいと判断した場合はその冒険者が自ら別の冒険者を雇い、依頼主の期待に添わなくてはいけないのが暗黙の了解となっている。


 そんな解説を聞き、コーウェンは二人へと礼を述べた。それに反応するかのようにレベルが口を開く。


「確認ですが……、今回の依頼は『旅路の安全確保・案内、及びそれに基づく生活全般の補助』であり、依頼主はコーウェンさんとディーアさんの両名、そして依頼満了はお二方がそう判断を下した時に認められる、これでよろしかったですか?」

「ええ、間違いないですよ」

「……ディーアさんはあくまでもコーウェンさんの付き添い・仲間という認識であり、決して依頼を受けてコーウェンさんと行動を共にしているわけではない、と」

「……はい、それも間違ってないです」


 なぜそこまで詳細に確認をとるのか、とコーウェンは疑問に思ったが、終戦直後の忙しい時に急ぎで依頼を受けてもらったために、説明や相談をする時間が十分にとれなかったことを思い出し、申し訳なさそうに破顔した。

 戦時中の冒険者たちは組合所属として参戦していたため流れのままにギルド自体は変わらず機能していたのだが、それでもあの場での急な依頼は誰もが予想していなかったことだろう。


「すみません、碌な説明も準備期間もなく依頼を受けてもらって」


 その言葉にレベルは「いいえ」と手を振り、気にするなと言いたげに笑顔を浮かべた。


 その後も様々な会話を交わし合った三人は、今までと同様に特別厄介な魔物などと遭遇することはなく、ある開けた小さな草原へと辿り着いた。朝早くに出発したのだが、時刻は既に正午を過ぎている。

 黄緑の名もなき草がまるで手入れをされているかのように控えめに生い茂っており、葉でその身を着飾った木々がポツポツと不規則に、まとまりなく立っている。

 そのまま視線を奥へとスライドさせると、馬に乗った大人が余裕で通れるほどの巨大な穴が開いた、見事なまでの崖が行く手を阻んでいた。

 レベルは、コーウェンから渡されていた例の地図を取り出す。


「おそらく……目的地はこの辺りです。おそらくですが」


 終戦直後の、エルフの国で出会った不思議な青年から渡された地図。――それは人類未踏の地を記したものであるために、コーウェンやディーアが見ても、旅の日程やプラン、ルートを決めるための資料としてはあまりにも不十分なものだった。

 だが、レベルほど戦闘以外の能力が秀でた冒険者ならば――少なくとも、二人だけで立てる計画よりは何倍も良いものが出来上がった。

 寸法や詳細な地形についてはあまり期待できなかったその地図だが、大まかに書き分けられた山脈や泉、平原などの情報から、目的地についておおよそのルートをレベルは導き出し、二人を先導した。当然ながらそれは本当におおよそのものであり、確証などは全くもってないのだが、そのルートに従う限りはこの辺りが目的地ということになる。


「とりあえずは十分だ。……どちらにしろ、ここが目的地ではないのだとしたら、大きく迂回するか、後戻りをしてからルートを変える必要があるからな」


 ディーアは、巨大な崖が前方に立ち阻む様を見ながらそう言った。


「それに、あまりにも怪しげな洞窟が私たちを歓迎しているようだ」

「ええ、意外なまでにあの地図の精度は良いものでした。……まあ、ここで正解だとしたらですけどね」


 満足そうに息を吐くレベルに、ディーアは礼を言った。だが、その後に続くと思っていたにもかかわらず、コーウェンから感謝の言葉が紡がれないことにディーアは訝しんだ。


「ウェン? どうしたんだ?」


 見ると、コーウェンは前方の洞窟を一心に見つめ続けていた。


「おい、どうしたんだ?」

「……ここで、間違いありません」

「ん……、そうだと助かるな」

「いえ、だから、ここで間違いないんです」

「――あ、おい!」


 確信していると言わんばかりにそう主張するコーウェンは、ディーアの腕の中で、馬から降りようと身じろぎを始めた。

 驚きつつもされるがままにコーウェンを解放したディーアは、コーウェンと共に馬を降り、身近な木へと手綱を固定した。レベルも続く。

 ディーアとレベルの二人から怪訝な視線を受けながら、コーウェンは洞窟の入り口を目がけ一歩を踏み出した。


「用心してください。それと明かりの用意も。――今から、あの穴へ入ります」

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