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プロミネンス・ストーリー  作者: 秋保 あかさ
3章 エルフの国防衛戦(下)
28/67

27 銀竹の戦士

 “天鬼(てんき)”エスペルト・アルファ。

『風の子』という精霊が活躍する童話には、悪者キャラとして『鬼』という架空の存在が登場する。とある精霊が、とある事件をきっかけに鬼へと変貌してしまったという成り行きなのだが、この鬼が残虐非道すぎてこの世界における一種の『おばけ』『ゆうれい』などといった、子供にとっての恐怖の象徴として広く知れ渡っている。元々は心優しい精霊だったという事実が、その存在に拍車をかけるのだろう。

 だが、所詮は架空の存在――常識を身に付け、大きく成長した者達が恐怖するには些か物足りなかった。あの事件が発生するまでは――

 とある教会に孤児として引き取られた少年がいた。少年は孤児という恵まれない生い立ちを悲観することなく、他人思いで天使のような優しさを持つとても良い子に育った。そんな少年が十八歳になり青年と呼ばれ始めた頃、彼は自らを引き取り育ててくれた教会の、成長した子供を違法なルートで奴隷として売り捌くという裏の顔を知ることとなる。

 青年には心当たりがあった。――引き取られた直後のわからないことだらけだった時、優しく接してくれた三つ上の女の子。同時期に引き取られ、つい先月に里親が見つかったと嬉しそうに語っていた親友。とても人懐っこくて、自らを兄弟のように慕ってくれていた五つ下の男の子。三人ともこの教会を去って行った者達だ。他にもたくさんの子供たちがこの教会を去った。

 皆、直ぐに手紙を書いて送ると、泣きながら語っていた。にもかかわらず一通も届かなかった。

 それが何を意味するかを理解した。――そこからは早かった。

 血塗られた、祭壇に祀られていた名ばかりの神剣を手に持った青年の前には、教会を運営する全ての人間と、違法ルートでの奴隷売買を生業とする奴隷商の死体が転がっていた。その数はおおよそ三十体。内の五人は護衛として雇われた腕利きの賊達。その非現実的な光景を作り上げた張本人である青年が、それらの死体を弄ぶかのように行ったのは、目の前に転がる死体の一つとなった神父が、子供達を躾ける為によく口にしていた『鬼の所業』だった。

 そんな青年――エスペルト・アルファは、『神の下に存在するはずの教会が罪を犯した為、その罰として天が鬼を遣わした』との理由付けをされ、恐れられ、同時に、その身に宿る戦闘センスの良さを垣間見せた。

 その後、グリムガムに身を委ねた彼の殺しは全てが残虐非道の過殺であり、到底“暗殺”という言葉から連想させるような静けさは感じられないものだった。

 ――これを以て、“天鬼”。



 “双花(そうか)”エナトス・シエン。

 エナトスは大華炎の紅一点であり、かなりの美貌の持ち主であるが、その正体はグリムガム一の戦闘狂だ。人体を切り裂く感触や骨をへし折る際の力加減、とにかく人が人であることを実感できるような、そんな感触が好きなのだ。

 幼い頃から殺しに手を染めて来た彼女だが、当然被害者も抵抗はする。だがエナトスには天才的な魔法の才能があった。まずは魔法で拘束するか動けなくなるまで痛めつけるかで自由を奪い、その後に拷問染みた苦痛を与えていたのだ。

 だがそんなある日、エナトスは気付いた。――これではただの拷問好きではないか、と。

 初めの内はまだ良かった。いくら才能があるとは言え、相手は倍以上も年上の人間だった為に互角に闘えたから。それがいつからか、才能の開花した彼女の前に成す術もなく敗れる者しかいなくなったのだ。

 だからある日、二十歳を迎えたエナトスは、天才と名高いとある魔法使いへと決闘を申し込んだ。互角以上の相手と闘うことによる当時の感覚、その過程で確実にダメージを与え、苦戦の末に破壊する、そんな快感を思い出したかった。

 だが、彼女はあっさりと敗れた。その魔法使い――イデア・グラントは、当時十二歳、まだまだ発展途上の子供だった。対しエナトスは、己の限界を見るほどに魔法の腕を極めた末の決闘だった。

 エナトス自身かなりの天才なのだが、初めての敗北に対し劣等感を覚えずにはいられなかった。何よりも、以前まで自分自身が立っていた場所を、イデアに横取りされたような気がし、プライドが許さなかった。

 魔法をこれ以上極めることは不可能と悟った彼女は、剣の道を志した。だが、女性であるエナトスには、近接戦闘を行うには些か腕力が足りなかった。そして悩みに悩んだ末、行き着いた所が“鞭”であった。

 鞭を振るうと、「バシィッ」と言ったような鋭い音が響く。先端のスピードが音速を超えた為に発生する、衝撃波の音だ。当然彼女には衝撃波などと言う知識は備わっていないのだが、その鋭さに秘められた高いポテンシャルだけは嫌でも理解出来た。――これはいい。実に単純な発想であった。

 イデアには敗れたが、彼が強かっただけで魔法の腕が悪いわけではない。そして、戦闘センスにも光るものがあった。そんなエナトスが鞭を極めるのに時間はかからなかった。両手に刃の付いた鞭を構え、同時に魔法まで放つ美しい女性は一時期大きな噂となり世間が注目した。

 武器とする鞭の本数、鞭と魔法を使ったその戦闘スタイル、そして花にも例えられるその美貌。

 ――これを以て、“双花”。



 “剛魔(ごうま)”ファーレス・リッター。

 魔物には、人の形をした者も多く存在する(人にしか見えないような者も存在する)。そして、人の形をした魔物の中には、人間のような習性をとる者が多い。そしてその中には、人間の女性を攫って種付けするような者も少数ながら存在する。

 そんな魔物たちの餌食となった女性の中には、これまた少数ながら魔物の子を孕む者がいた。

 孕もうが孕むまいが慰み者とされた女性たちは、殺されるか自然と衰弱するか、最後には命を落とすのが決まった末路とされている。

 だがその中でも、生きて帰って来た者が一人もいないというわけではない。知能の高めな種族ならば無意味な殺しを良しとしない者も存在するし、逆に人間の生死になど微塵も関心がなく捨て置く者も少なくはない。女性が自力で逃げ出すと言う例も確認されている。

 人間の女性が攫われるという例は少なくないが、その女性が生きて帰って来る、またはどこかで人知れず生きているという例は限りなく少ない。そしてその女性が魔物の子を孕むなどと言う例は、当然その何倍も稀だ。

 だがそれ以上に稀なのが、女性がその子を産むという例だ。いや、そもそもそんな者は確認されていない。

 当然だ。生還しつつ魔物の子を宿す、などと言う女性自体が極めて少ないにも関わらず、その中から『魔物の子を産みたい』なんて考える稀有な者など存在するはずもなかった。

 だが、ある集団が考えた。――産ませたらどうなるのだろうか、と。

 そして、非公式、非公認、極めて非人道的な実験は進められた。その結果として産まれた子供が、ファーレスその者であった。

 産まれたばかりのファーレスの外観は人間そのものであった。だが成長するに連れて、人間の子供とは大きく逸れた一面を見せ始めた。

 まず目立ったのはその知能の低さだ。形自体は人間と同様ということもあり様々な発音は可能だったが、それを言葉として紡げなかったのだ。辛抱強く育てようやく人並みに話せるようになったのは、ファーレスが十歳を過ぎてからのことだ。

 だが反対に、人間ではあり得ないほど強靭な肉体を発現させた。

 言葉が話せるようになった頃の彼には、単純な腕力で敵う者など存在しなかったほどだ。組織の人間は確信した。――とんでもない兵器になる、と。

 だがそんな時だった。秘密裏に行われていた実験をどこから嗅ぎ付けたのか、当時既に裏の世界で名を馳せていたグリムガムが組織の人間を根絶やしにし、ファーレスを連れ去ったのは。

 グリムガムの下で戦闘訓練と様々なカリキュラムを与えられたファーレスは、その真価を次々と発揮し出し、遂には世界最強クラスの戦闘力を手に入れることに成功した。

 そして、元々はそんなファーレスの監視役として構成された部門が、当時まだ未加入のイデアを除く、大華炎の始まりだった。

 ――これを以て、“剛魔”。




 ◆◇




 ――あり得ない。

 ――あってはいけない。


 十二英傑とは、戦闘や冒険、探索においての有望な人材を求める際に最も当てになると言われている組合――通称“冒険者ギルド”に所属する多数の腕利きの中から、十二人だけを厳選して集められた者たちのことであり、その成り行きが示す通り、彼らが世界最強クラスの戦士であるという認識は些かも間違ってはいない。そしてそのことは、王国の軍隊が大敗した炎龍を犠牲者を出さずに討ち破ったことからも伺える。

 人数の母数に大きな開きがあるために各国の兵士でも彼らを超える者は確認されておらず、唯一、エルフの国『特群』レイネイ・クラウジックだけが彼らに匹敵する実力者だと言われているのみである。ただ、そんな冒険者ギルドよりも遥かに人数を要する勢力が存在する。

 ――それ以外の、全ての一般人(・・・・・・)

 当然、一概には一般人と呼べない者たちも多いが、この場合は兵士でも冒険者でもない者という意味だ。

 戦闘訓練を積んでいない者が多い彼らは、戦闘力という面では冒険者や兵士に大きく劣ることは仕方がないことである。だが、潜在能力や才能のある者を発掘しようと思えば、労力や時間を気にしないのであれば、この層に勝る勢力は存在しないと断言出来る。

 事実、十二英傑の誰よりも強く、世界中の魔法使いの頂点に立つ英雄的存在である現選定魔法導師“ファウリッド・ミーレス”でさえ、階級や所属だけを考えればただの一般人だ。そして言ってしまえば、事実こそ広まってはいないが、十二英傑の筆頭と言われている存在に認められた“コーウェン・ディスタート”もただの一般人に変わりない。

 そして、大華炎を名乗っている六人もまた、その層から発掘された天才達であった。

 見つけることの困難さ故、人数は十二英傑の半分に留まっているが、裏社会で名を広め十二英傑と同等の力を持つと噂される彼らの実力は疑うことなく本物だと言える。

 だからこそ、イデアは呟かずにはいられなかった。

 ――あり得ない、と。


 イデアの合図によりその臨戦態勢を明確な殺意へと変貌させた大華炎の四人は、イデアを除く三人での同時攻撃により一撃の下に青年を屠ろうとした。それは、世界最強クラスの戦士三人による直線攻撃をイデアがカバーする、文字通り“必死”の攻撃だった。にもかかわらず、青年は腰に差した刀すら抜かなかった。

 ――そして現在、イデアと青年との間には、エスペルト、エナトス、ファーレスの三人の死体が転がっている。


「何が、あり得ないの?」


 イデアの呟きに対し返されたその問いかけは、先ほどまでの飄々としたものではなかった。

 青年の正体や眼前の光景、果ては背筋を流れ落ちた水滴が雨によるものなのか、冷や汗によるものかすらわからない。わからないことだらけだ。だが一つ、自らも直ぐに死ぬということだけが、頑なにイデアの意識を納得させる。

 どう足掻いても死ぬ。――だからか、イデアは幾分か冷静でいられた。


「何がって……、わかるだろう」


 イデアは力なく答えると、再度魔力を練り、両手へと集中させる。


「最後に一つだけ。もしこのままコーウェン・ディスタートを見逃し、グリムガムを去り、人々の為に善を積んで生きると泣きながら約束したら、見逃してくれるか?」

「無理だね。本当なら見逃してもいいけど、本当かどうかわからないから」


 ――やはり、そうだよな。

 イデアは小さく口元を綻ばせながら、身体を低く沈めた。


 “雷鳥(らいちょう)”イデア・グラント。

 この世界では雷魔法を使用出来たら、ただそれだけで『天才魔法使い』と世間から認められる。それは十二英傑の筆頭であるディーア・シルエットでさえ使用不可能であり、十二英傑全体で見ても使用できるのは僅かに四人だけという事実からもその困難さが伺えるだろう。

 その困難さの理由は、複数の魔法属性を同時に発生させる必要がある為に生まれ持った才能が必要不可欠で、人によって得意不得意な属性があることも影響するからというものだ。

 これを、イデアは十二歳で修得した。修得とは言っても、技として戦闘で役立てるには程遠いものだったのだが、当時はイデア・グラントの名前が出身地――帝国国内に広く知れ渡った。

 イデアは魔法使いであり武器も持たないが、高い身体能力と雷魔法を生かした接近戦を得意とする。

 イデアには魔法の持続力が抜群に高いという才能があり、それだけならば世界中の誰にも負けない自信があった。魔力量では劣っても、一つの魔法を安定させ続けるには相応の技術が必要だからである。その自信は、かの選定魔法導師を相手にしても揺るがないだろう。イデアはその長所を生かし、両腕に雷魔法を纏って戦う。

 ただでさえ高い身体能力と戦闘センスを持っているにもかかわらず、その両手は如何なる魔法をも破壊し、武器越しにダメージを与え、肉体を貫く。当然素手での防御など不可能な為、武器を破壊された時点で敗北は必至である。

 そして最も厄介なのは、両腕に纏った雷魔法はいつでも放出可能な状態であるということだろう。一度両腕に纏っているということは、当然ながら魔法を発動済みというわけだ。接近戦の最中にそんなものを突然放たれて、避けられる者など存在しない。

 雷撃音に酷似した鳴き声を持つ鳥が存在する。イデアの戦闘には、その鳥と同じような雷の放つ鋭利な音が常に付きまとうことになる。

 ――これを以て、“雷鳥”。


「降魔の友よ、死に急ぐ我を許せ。報いるならば諦めよう。臨む理由も意義もないが、それが運命(さだめ)と言うならば、歯を食いしばり足掻くまでだッ!」


 イデアの語り掛けるような詠唱の最中、青年は静かにこちらを観察し続けていた。だがその余裕が驕りでないことを、イデアには痛いほど理解出来ている。地面をしっかりと踏みしめ、勢いよく蹴り上げた。

 降雨によりぬかるんだ地面が軽く足をとるが、そんなものは関係ないとばかりに、高速で青年へと迫る。

 同時に発動された雷魔法が両腕を纏い、“雷鳥”の由来となったあの音が戦場に響く。

 青年を己の射程へと捉えたイデアは、右手を突き刺すかのような形で顔面めがけ放つ。

 それを労せず避けた青年に対し、左手での追撃、足払い、肘鉄。全てを完璧に見切られ躱されるが、イデアの戦闘センスだって尋常なものではない。未来を予測するかのようなイメージを抱き、それに乗せて身体を動かす。次第に未来を視ているかのような錯覚に陥り始めたら、それは己の持つ最高の反射速度を体現出来ている証拠だ。少しずつ、タイミングが合って来たことを実感する。

 ――そして、イデアは仕掛ける。

 右腕に纏わせた雷魔法の出力を瞬間的に上げ、顔面へと振るった。青年はそれすらも躱したが、小さく爆ぜた雷が眼前で踊る。一瞬でも視界は遮った――そう判断したイデアは、左腕を青年へと翳し、周りへと留めていた雷魔法を炸裂させる。


「喰らえぇッ!」


 怒号と共に放たれた光線が夜の帳を著しく晴らし、降り続く雨を青白く照らす。耳をつんざく雷鳴の響きと同時にイデアが見たものは、何者にも掠ることなく虚空へと消え逝く此度の雷魔法。

 ――そこにいたはずの青年が、視界から消えていた。

 どこへ消えたのだろうか、無意識に青年の影を探すその瞬間、理解不可能な現象がイデアの思考を遮った。全く理解できなかった。

 唯一最後に見えたのは、目的の青年が足元にしゃがみ込みこちらへと向けている背中と、視認出来ない速度で腹へと添えられたその右脚だけ。

 痛みもなく身体が宙に浮いたかと思うと、視界が激しく回転し、直後にぬかるんだ地面が眼前から延びていた。自らの置かれた状況が理解できなかったが、本能は違うのだろう。無意識に立ち上がろうとするその身体に、イデアはようやく自分が地面に横たわっているということ、伏せることによって攻撃を躱されたということ、そしてそのままあり得ない速度での回し蹴りを喰らわされたということを理解した。

 信じられない思いでいっぱいだったが、イデアはそのままの体勢で敵を見据える。方角の感覚に狂いはなかったようで、向いた先に青年の影を捉えた。だがその距離――遥かに十数メートルは離れている。かなり吹き飛ばされたようだ。そう悟ったが、今更驚くべきことではない。

 ――まだ戦えるぞ!

 イデアはそう意気込むが、その意志に反して身体は一向に起き上がらない。根性のない自らの身体に嫌気が差して来ると同時に、嫌な予感が頭を過った。

 ――いつになれば痛みが昇って来る?

 咄嗟に、横たわった体勢のまま自らの身体へと目をやった。

 まず最初に目についたのは、地面へと流れ出る夥しい量の血液だった。それは遠慮することなく、辺りを真っ赤に染めている。そしてそれの出処。

 ――そこには、あるはずの下半身が存在しなかった。

 断ち切られただとか、引きちぎられたとかではない。へその辺りを中心に、消し飛ばされていた(・・・・・・・・・)

 全力での回し蹴りが、接地面周辺の肉体ごと腹から下を消し飛ばした。

 ――化け物、め……。

 心の中で悪態を付くと、間髪を入れずに視界が静かに暗転した。

 いつの間に近づいて来たのか、頭上にその化け物の気配を感じる。


「うん、やっぱり僕が相手しておいて正解だった」


 満足気に呟くその声の主は、おそらく魔導師と同等かそれ以上の実力を秘めていることだろう。改めてそう判断すると、途端に全身の力が抜けて行くのを感じ取る。元々勝てるとは思っていなかった為、強制的にだが死ぬ覚悟は出来ていた。イデアはそれに抵抗することなく、己の全てを委ねる。


 全身を包み込む泥濘が、酷く温かかった。

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