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プロミネンス・ストーリー  作者: 秋保 あかさ
3章 エルフの国防衛戦(下)
27/67

26 不測の事態

 戦争の火蓋は、連合国軍総司令を務める『特群』の隊長――レイネイ・クラウジックの開戦宣言により切られた。

 低い知能を最大限に発揮したのであろう魔物たちの軍勢は、連合国軍よりも遥かに勝る数で押し切ろうと言うのか、まともな隊列など気にしない横陣を敷いて来た。その群れの中へと飛び込んで行ったのが、敵の正面へと陣取っていた帝国軍と、帝国軍と王国軍に挟まれる形で陣取っていたエルフ軍の一部で、いずれも騎馬隊である。

 今回の戦争において前線に配置された冒険者の遊撃軍と連合国軍に与えられた役割は、魔物側の横陣を突っ切り、強力な個体を狙って撃破するというものだ。この作戦はとても極端なものであり、目に見える雑魚は全て無視しても良い、それを絶対的な方針として予知直後から準備して来た。

 当然その無視の対象となる魔物の方が数は多い。だが、それでもこの作戦が今回の戦いでは最良だと言えた。

 過去を遡っても類を見ない、そう言っても過言ではない程大規模な軍隊を動かしており、なおかつ多国籍の軍隊が力を合わせた連合国軍だと言う事実が全体としての作戦に複雑なものを組み込めないと言う側面は当然あるのだが、それを差し引いてもそう言える根拠は存在する。

 一つは城壁の形にある。

 たった一つだけしか都市を有さないエルフの国だからこそ、魔法という技術が存在するからこそ、創り上げることが叶った異常な規模の二重城壁。向かい合う城壁の間には、まるで仕切りをするかのように等間隔で壁が立ちはだかっている。

 本来ならば頑強に閉じ敵の侵入を阻む役目を担うはずの城壁だが、敢えて一部の外周部分だけを開放することにより、その空間を人工の囲地と化すことが可能になる。そこへ壁上から矢や魔法を浴びせることにより敵を殲滅するという絶対的防衛策あるからだ。

 もう一つは、レイネイ・クラウジックが率いる、エルフ魔法練兵特殊作戦群――通称『特群』に対する畏怖と尊敬の念である。

 特群はその言葉の通り、所属兵の全てが一流の魔法使いだ。所属志願者をテストという厳正な篩にかけ選出するのだが、その後に実施される訓練に彼らの強さはあった。

 ――訓練兵期間“二百年(・・・)”。

 エルフの国最高の魔法使いはディーア・シルエットだと言われているが、当然異論を唱える者だって存在する。その者たちが彼女に代わって挙げる名前こそが、特群を率いるレイネイ・クラウジックであった。特殊魔法の使い手である長老――テール・ティークスを押さえてのその事実から、『特群』という組織の高貴さが伺える。

『エルフの国』という小国が、世界三大国と言われるまでに繁栄し栄華を保ち続けられているには理由があった。

 その城壁の在り方を主な自衛手段として機能させようとしたら、当然ながら多数の人員と労力を必要とすることになる。戦争を長期化させず、確実に敵国の機動力を麻痺させられるならまだしも、これでは他国への侵略と自国の防衛を同時に行えないということになる。その事実から他国への侵略を否定する精神が読み取れるため、他国からの信頼を勝ち取り、これまでにも露骨な侵略を企てた国を最小限に止めることが出来た。

 そして、特群の存在が知れ渡ることによって、『精神云々関係なく、実際に強い』という事実が、侵略意欲の高い者たちへの止めとなる。

 長々と語ったが、エルフの国という小国が大国である理由それこそが、本作戦を最良のものだと言わしめる最大の原因なのだった。




 ◆◇




 開戦から数時間が経ち、冒険者として参戦していた“レント・ニーム”は満身創痍ながらも必死に剣を振るっていた。

 冒険者と言えどこれほど大規模な戦闘は初めてだ。だが、それ以上にその異常なまでの戦闘時間が彼には耐えられなかった。彼ら冒険者の仕事は、連合軍が数の力で無理やりこじ開けたスペースから敵群内部へと侵入し、強力な個体を見つけ速やかに排除して行くというものだ。今回の作戦の肝は言わずとも人工囲地にあり、その城壁を破壊しかねない強力な魔物をそこへと近づけさせないためである。

 だが、敵群内部へと深く入り込むということは、戦闘の合間に小休憩をはさむ余裕がなくなることを意味する。当然レントには全ての体力を根こそぎ使い切っても構わないという思いがあり、祖国のためにならと、死ぬ覚悟だって決めて来た。

 だが――死にたいわけではなかった。


「くそッ!」


 雨に濡れた全身が、酸素を欲しているのを理解する。

 敵を斬り伏せる度に乾いた空気が割れた唇を伝い、同時に口の中を鉄の味が蹂躙する。最早何かを叫びながらでないと身体が動かない。そして、叫ぶたびに喉に鋭い痛みが走り、体力を無駄に消耗しているという矛盾を自覚させる。魔法で生み出した水なら何度も飲んだが、身体が癒えるわけではない。

 特別強力な敵とは遭遇しなかったからか、幸いにも彼の集は全員が無事だ。集同士が束になり堅実に進んでいるということもあるが、それ以上に個々の強さがそうさせているのだろう。

 だが、敵の方が圧倒的に数が多い。全滅するのは時間の問題だった。

 ――後続部隊が攻めあぐねている。

 本来ならばとっくの昔に連合国軍の別部隊が突撃し、先に突撃した彼らの退路を開きつつ、前後の入れ替えが行われているはずだった。だが一向にその気配がなかった。背後を振り返っても、別の冒険者の戦闘が目に入って来るだけだ。辛うじて見えるのは、遥か後方に上がる砂煙だけ。もしもあれが後続部隊のものなのだとすれば、いつになれば無事に剣を収められるのか到底理解出来るようには思えない。

 あまりにも敵の数が多くて予定通りに進軍出来ないのだろう。後続部隊の到着を待たずに引き上げることは容易ではない。こちらも敵ほどではないとは言え、大軍での突撃なのだ。反転するには大きく迂回する必要があり、苦労も多い。機会があったとしても、それはとうの昔に失われてしまっているだろう。残された方法は来た道を逆走することだが、前後を入れ替えるためには相応の指揮が必要不可欠であり、それほどのカリスマ性と指揮能力を持つ人材が後方の冒険者集団に存在するはずもない。

 ――ああ、俺は死ぬのだろうか?

 そんな時だった――

 死を身近に感じつつ、栄誉ある戦死を心のどこかで受け入れながらも、それでも一心不乱に生きようと足掻いていたレントの前に、返り血だらけの子供を先頭にした異様な三人組が現れたのは。




 ◆◇




「直ちに前後を反転しろ! 連合国の兵士は指揮系統を後方に委ねるよう、そう伝えてくれ!」


 ディーアの凛々しく力強い声は、その場にいた冒険者たちの注目を集めるのに十分すぎるほど良く通った。そんな声に気付き彼女を一瞥した彼らの視線は、この中で一際異彩を放つコーウェンへと切り替わる。目元まで垂れて来た返り血をコーウェンが拭ったのを合図に、彼らはその正体に気付いたようだ。

 その中の一人が自らを“レント・ニーム”と名乗り、無理やり喘ぎを押さえながら続ける。


「しかし! そう、簡単には……」

「承知している! 早く決断しろ! 我らが付いていようとあの部隊は間に合わないぞ!」


 言いながらディーアが指差すのは、遥か後方に高々と上がる砂煙のカーテンだ。レントはわざわざそれを目で追ったりはしない。冒険者たちはディーアとの会話をレントへと一任、周囲の魔物へと意識を戻しており、コーウェンの後方では、ゼファーが予備動作なしの無詠唱を用い近付く魔物の頭を最小限の火力で吹き飛ばし続けている。だが、魔物の絶対数に大きな変化はない。それは、コーウェンが全力の広範囲魔法を放とうと焼け石に水程度にしかならない、それほど圧倒的な数だ。『あの部隊は間に合わない』など、改めて言われなくとも皆が理解しているのだろう。


「案ずるな……、ディーア・シルエットの名を出せば上手く行くさ。必要ならば、コーウェン・ディスタートの名を出しても良い。――この国の救世主に、十二英傑が二人も付いているのだぞ……?」


 最後の一押しとばかりに優しく諭すディーアを見て、現状を打開する為の決心が出来たようだ。レントはコーウェンを一瞥すると、小さく頷いた。






 ディーアの名前が次々と戦場に木霊すると共に、絶望の淵にいた部隊が息を吹き返した。

 先ほどとは別人のような彼らの動きに嫌でもディーアへの信頼を感じ、コーウェンは思わず破顔する。

 ――現在、コーウェン、ディーア、ゼファーの三人を先頭に、この部隊が通って来た道を逆走している最中だ。

 三人は元々隣の戦場で戦っていたのだが、後続部隊と入れ替わる際、ディーアがこちらの戦場に僅かな違和感を見出したことで、今のこの現状がある。つまりは、三人だけで戦場から戦場へと魔物の群れを横切って来たということだ。突飛な発想であり、魔物を初めて見たことにより恐怖心で一杯だったコーウェンがその身を返り血だらけにするほどの無茶だったのだが、結果はオーライだったと言える。

 蛾の成虫を彷彿とさせる虫のような上半身、小人のような下半身――本日だけで何体目になるかわからない魔物を剣で斬り伏せると、コーウェンはディーアへと話しかける。


「後続部隊との合流まで、大体どれくらいかかりますか?」

「……上手く行けば二時間半ってとこだ」

「だったら……僕が魔法を使えば一時間ってとこですね」

「それまで持つか?」

「それくらいならなんとか。後ろの彼らと、ゼファーさんを少しでも楽させてあげたいですし」


 ゼファー・トルーク――支援遊撃席(サイレンサー)と言うだけあって、これまではコーウェンが前方の敵にだけ集中できるようにと左右からの攻撃を全て黙らせてくれた(・・・・・・・)。いくら小火力とは言え開戦から数時間も魔力が尽きなかったのは、十二英傑に名を連ねる者だからこその芸当だろう。

 そして、そのおかげで、コーウェンは今まで一度も魔法を使わずに済んだ。不測の事態に備え丸々魔力を温存して来たわけだが、今がその“不測の事態”と見て間違いない。

 コーウェンはそう判断すると、普段よりも多量の魔力を練る。


「拒むのならば装え、装うのならば聞き届けろ――」


 高速の剣技で目前の二体を斬り伏せると、その後方から迫り来る魔物の顔面を鷲掴みにする。そしてその手は――


「――『清音天籟(せいおんてんらい)』」


 ――赤い光に包まれた。




 ◆◇




 全員で六人いる大華炎の内、コーウェン・ディスタート暗殺の任を授かったのは四人である。通常の暗殺ならば一人、戦闘や潜入、その他の雑事を含む暗殺ならば二人一組、または三人一組で行動することが多く、これは発足以来初めてのことである。

 四人での行動ともなれば指揮を執る者が必要であり、これを“雷鳥”イデア・グラントが引き受けることとなった。イデアは最年少であり、唯一、大華炎発足当時からのメンバーではない――つまりは、唯一の途中加入メンバーではあるが、他の三人は良い意味でも悪い意味でも癖を持つ者ばかりであること、イデアの生真面目さと頭脳の明晰さは皆が認めていること、この二点から見てその決定に異議は唱えられなかった。

 だが、イデアには大きな見落としがあった。それは、もしこの場に大華炎のリーダーである“アクアス・ジュール”が存在し、彼が指揮を執っていたとしても変わらなかっただろう。

 その見落としとは、大きく分けて三つ。

 一つ目は、コーウェンとの同行者にゼファーが加わったこと。そしてそれを知る術がなかったこと。

 二つ目は、予知によってコーウェンがこの場に召喚された本当の意味を知らなかったこと。

 以上の二つはどちらも仕方がないことである。それに、このような不測の事態の為の四人行動だ。一つ目も二つ目も、いくら見落としとは言え、任務の失敗はあり得ても致命的な損害は被らなかっただろう。

 だから断言する――最悪なのは、三つ目の見落としだったと……。




 視界に入るのは、疎らに降り注ぐ小雨と大量の魔物の死体、そして異質な雰囲気を放つ一人の青年だった。イデアたち大華炎を通せんぼするかのようなその出で立ちはとても飄々としたものだが、両手は魔物のものだと思われる大量の血で汚されており、不気味に感じる。そして腰には湾曲した刀。

 最初に見た時は白髪だと判断した束ねられた長髪も、見方によっては青っぽくも緑っぽくも黄色っぽくもあり、要領を得ないものだ。歳は十代後半から二十代後半くらいだろうか。年齢すらもはっきりとは絞り込めないが、断言出来ることが一つだけあった。

 ――恐ろしく強い、と。

 イデアは魔力を練りながら、口を開く。


「どうされましたか? 僕たちに何か用でも?」


 青年は答えず、代わりに爽やかな笑顔を向けて来た。

 あくまでも飄々とした態度を隠さない青年に対し、イデアは根拠なく演技の無意味さを悟った。それはイデアだけではなかったらしい。他の三人も各々の構えをとる。


「用がないのなら、通らせてもらうぞ?」


 その問いかけに青年は雨降り空を仰ぎ、考えるような素振りを見せる。そして、再度こちらへと微笑み返し――


「うん、やっぱ通せない」


 ――そう告げる声は、何の圧力も纏わない飄々としたもの。

 こちらは全員が戦闘態勢に入っている。予想出来たとは言え、そんな四人を通さないという発言には驚かずにはいられなかった。


「……どういうことだ?」

「そのままの意味だよ。彼も相当だけど、君たちを見て理解した。上手く分断されたら彼に勝ち目はない。だから通さない」


 そして、武器にすら触れることなく青年は続ける――


「――コーウェン、殺すよね?」


 その瞬間、空気が凍り付いた。

 イデアの頭に浮かんだのは、なぜ知っているのかという疑問、得体の知れない存在への恐怖、そして――無慈悲の決意だった。


「エスペルト、エナトス、ファーレス――あいつを殺すぞ」


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